南区攻防戦 8
士官学校への行きたいのなら取り敢えずこの区画間列車が走っている旧壁の上から降りなくてはいけないわけで、こんな所を歩いたことの無い異世界人である俺はともかく、帝都生まれの帝都育ちであるジュリやレクターですら知らない場所である。
というよりこういう場所は大概管理用の階段があるはずなので其処を探せばいいだろう。
というよりデリアさんは間違いなくその場所から登ってきたはずだし、まさかとは思うが壁をよじ登ってきたわけじゃないだろう。
「どこから登って来たんですか?」
「? そこから?」
不思議だな………そこには階段があるようには見えない。
まさかとは思うが本当に壁をよじ登ってきたわけじゃないだろうな?
「冗談よ。本当はあそこにある階段を上って来たの」
心臓に悪い冗談を言わないで欲しいし、それでなくても冗談か本当の事か分かりにくい人なのだから。
俺達が並んで階段を下りている間、俺はどうしても気になった話を聞いておくことにした。
それでなくても黙っておりていると気が滅入りそう出し。
「何で帝都に来たんですか? 砂賊として生きてきて父さん達に救われたというのは分かるし、父さん達がピンチなら駆け付けるのだろうけど。正直あなたがそこまでして他人の為に尽くす姿が想像できないんだけど」
砂漠の街サールナートでは一年前まで闇市が開かれており、人身売買が頻繁に行われていた。
それを阻止しようとデリアの父親はたった一人で立ち向かった。
砂賊として長年街を守り続けてきた長として、でも勝つことは出来なかった。
後になって知ったことだが、この事件の背後にいた俺が三年間戦い続けてきた『ジャック・アールグレイ』には物事の経緯が分かってしまうという異能があったらしく、どうやっても勝てなかったのだそうだ。
父の死を偶然知ってしまった彼女は砂賊に戻る事もせず、困り果てていた所に父さん達に拾われてガイノス帝国立士官学院に入学した。
「正直父さん達のように軍方面に進学しないで、自由にしている身だしなんかこう……他人の為に動くっていう姿が想像できないんだよね。一年前だってあなたはお父さんの敵討ちや故郷を想っての事だったんだろうけどさ」
「大したことじゃないわよ。頼まれたことだし、お金も支払われているからね。大人としてそこまでされたらちゃんと仕事位するわよ。それに………私が軍に行かなかったのはアベルさん達に止められたからよ」
初耳の話。
父さん達が止めていたなんて。
「こういわれたらあなたは意外に思うかもしれないけれど、私だって救われた恩人の為にと思ったこともあったわ。でも、私は誰かを真剣に守りたいと思ったこと無い。そういう気持ちになれない私に軍は合わないと思うって言われたのよ」
父さん達なら確かに言いそうな話だと思うし、下手に軍にいれたら間違いなく引っ掻き回しそうだ。
各地で女絡みで問題を起こしそうな姿がありありと想像できた。
「それに私がこの道に進んだのは私の故郷が砂漠だらけなのを思い出したからなのよ。あそこも元々は多少形は木々があった場所、でも枯れ果ててしまった。だからこそそれを元に戻せるのも私達人間だと思ったの。私は私の形で故郷の為に尽くしたいと思った。それが私を救ってくれたこの国の為にもなると思うし」
この人なりに考えている事なのかもしれない。
俺は今までのこの人の評価を改め、反省した。
「それに………この街を救うという建前さえあればこの街の女達を抱きまわっても問題ないでしょ?」
前言撤回。
この人自分の事しか考えていなかった。
取り敢えず先ほどの関心を返して欲しいという気持ちがやってきた。
「あなた達が勝手に感心したのでしょ? それに嘘は言っていないわよ。私は本心を言ったのよ」
「それはそうだけど………、最後にオチを付けられたら突っ込みたくなるでしょ?」
「シンミリするよりましでしょ?」
そういう問題なのだろうか?
でもこの人の境遇を知っている身としては下手にツッコミを入れて深追いをするわけにもいかないし、かといって無視をするわけにもいかない。
でもこの人の問題は一年前にあらかた片付いている問題。
「優しいわね。ソラ君は………ジュリちゃんもそんなところにときめいたのかしら?」
「え!? そ………それは………!? どこに手を入れているんですか!?」
「勿論ジュリちゃんの豊満な場所よ………まあ! 本当に大きくなったわね」
「止めてください! レクター君が鼻血で大変なことになっているじゃないですか!」
レクターが鼻血で大変なことになっており、その目の前でこれ見よがしにエロイことをしているデリアをどう止めたらいいかを思考してみる。
「でも、当の本人は鈍感みたいだけどね………」
ジュリは俯きながら俺の方を見ようともしない。
どうしたのだろうか?
デリアさんから何か言われたのだろうか?
「それにしても………ソラ君は本当に強くなったわね。軍には進まないの?」
「そのつもりはありませんよ。前に言いませんでした? 俺は環境保安官になりたいんです」
「でも、副業で出来る仕事よ。正直私は本業は女漁りをしつつ、副業で環境保安官をしているわ」
なんていう事を言うんだろうか。
「う~ん。俺は肌に合いそうに無いというか………」
「………私の意見と全く噛み合わないわね。あなたは軍の仕事に合っていそうな気がするんだけど」
また俺には聞こえない様な小声で何かを呟いている。
「アベルさんとかガーランドさんとかからお勧めされなかった? あの二人……アベルさんはともかくガーランドさんはしつこく勧誘しそうだけど。あの人を見る目はあるのよ」
「何回か………多分」
デリアさんが俺の言葉を受けて「多分? 煮え切らない言い方ね」と言ってくる。
「いや、あの人苦手だから会うたびに逃げるというか……」
「ソラ君ガーランドさんに崖下に突き落とされそうになったから苦手意識が生まれているんです」
「度胸試しでしょ? 本気でやるつもりならとっくに落とされていたはずよ。あの人、人付き合いが苦手だからそういうのは難しいのよね」
そういうイメージなのだろうか?
ジュリやレクターですら「うんうん」と頷いているのでそうなのだろう。
「私が言うのもなんだけど、あなたは軍がふさわしいと思うわ。勿論その上で本業として選びたいのなら勝手にすればいいけれど、正直軍人をしながら環境保安官をしている人間はいるわよ。少し考えてみたら?」
「ええ~? 似合うかな?」
「戦時下における度胸の付け方。戦いの中で素早く考えをまとめて反映できる力。どれをとってもあなたは十分軍人レベルよ」
「でもそれだけじゃダメでしょ?」
「その点を除いてもあなたは十分なレベルよ。今直ぐどうにかしろって言っているわけじゃないわ。考えてみて頂戴というだけよ」
「なんでそこまでして……」
俺はその辺がどうしても気になってしまった。
どうしてこの人はそんなに俺の将来に絡んでくるのだろうか?
「私は諦めたからね。軍人になりたかったし、あの人たちの隣で支えてみたかったから。こういっては何だけど、私は高2に進学する直前まで悩んでいたわ。でも、合わないや似合っていないといわれて諦めた。私に軍人は合わなかった。でも、あなたは届きそうな場所にいる。もし軍人になるつもりなら私の分まで頑張って欲しいだけ」
そう言ってデリアさんは俺を追い越していき階段をスタスタと降りていく。
その背中はどこか哀愁を感じさせてくれた。
「デリアさんは多分悔しかったんじゃないかな? 救われた恩人の為にもならない自分が、だからこそこういう状況で助けに来るんだと思うよ」
「分かってるよ。でも、今は俺は軍人になりたいとは思わないんだ」
俺も階段を降り始めた。