南区攻防戦 2
一台の中型サイズのトラックの中では複数の少年たちがアサルトライフルを装備した状態で座り込んでおり、服装も防弾ジョッキなどの如何にもこれから戦争をしに行きますといった装備だった。
運転席には黒い帽子を被ったあの時の少女が運転席のハンドルに上半身を載せながら鼻歌を歌っていた。
トラックは大通りから少し離れた所の路地で待機しており、それに一人の煙草を吸った男性が乗り込んでくる。
「パレードが少し遅れているそうだ」
「予定変更?」
「ああ、南区中央駅前広場で演説を行う。その場で襲撃だ」
少女は腕時計を確認しながら心の中で「じゃああと一時間以上は暇ってわけだ」と思いながら背もたれに体重を乗せる。
今日の襲撃に際し昨日の薬剤のデータを反映されたものを既に使用済みの兵士を約五百体確保済みで、一台のトラックに十人が乗っており、それが帝都中に五十台が準備している。
合図1つで全てのトラックが作戦を開始する予定で、特に重要なのはこの南区の戦力と東区の戦力。
この二か所の作戦次第で今後の作戦が変わるといっても過言ではない。
隣の男はまるで落ち着いた素振りで煙草を吸っているように見えるが、少女にはよく分かっていた。
怖いから、落ち着かせるためにも煙草を吸ってごまかしている。
煙草を吸う大人の気持ちが本当はよく分からない少女、しかし気持ちを落ち着かせたいという気持ちは嫌でもよく分かる。
今から死地に向かう兵士の気持ちとはこういう状況なのだろうと錯覚させてくれ、今から帝都で起きる事を知ればだれもが彼女たちを襲うだろう。
そういう意味ではこういう状況ですら油断できない。
路地を歩く人間が一人でもこのトラックを通報すれば作戦全体に影響が出かねないが、今更引くこともできない。
隣で煙草を吸っている男性の両手にも嫌な汗がにじみ出ており、帽子で隠れて良く見えないが目も恐怖でおかしなことになっていることだろう。
一刻、一刻と近づく作戦時刻。
二人が持つ携帯に鳴り響く音が二人の意識を覚醒させ、少女はハンドルを握り閉めてトラックのアクセルを踏む。
一通り食事が終わっても公園では演説が始まる気配が無く、予定時刻を過ぎているところを見ると恐らく軍が意図的に時間をずらしているのだと推測で来た。
昨日の今日である。
軍がパレードの時刻を意図してずらしているか、防衛体制を切り替えているために生じていると考えながら俺はジュースを一口だけ飲み込む。
「遅いね。本来ならパレードが見えて皇帝陛下の演説が起きている予定だけど」
「意図的にずらしているんじゃないか? 昨日の襲撃事件で警戒しているんだともうけどな。それよりレクターは何をしているんだ?」
「携帯でパレードの中継映像見てる。もうすぐ見えると思うよ……ほら!」
レクターが指さした先に帝城方面から複数の車や行進する兵士たちの姿、女性たちが車の上で踊り練り歩く姿が旧市街地から新市街地へと移動して行く。
そんな中ちょうど真ん中を移動していた皇帝陛下の黒い車が公園の中へと入っていき、演説台の近くで停まると白い軍服を着た親衛隊が皇帝陛下を守る形で現れた。
親衛隊に守られる形で皇帝陛下が車から降りてくるのがここからでもわかる。
四十台後半の優しそうな表情の男性、白と青の綺麗で豪華な服を着ており、髭こそないがどことなく高貴な人間なのだと理解させてくれる。
俺は一度だけこの人に会って話をしたことがある。
『竜の欠片』の継承の際に俺はこの人の案内で聖竜に会っていた。
優しくとてもではないが一国の顔を務めているような人間には見えず、常に国民の事を考えているような人だ。
俺が不安な気持ちで聖竜の所に向かう時でもそれとなく気に掛けてくれていた。
なんとなく分かる。
この人を守ろうと思う人の気持ちが、この人を尊敬する人間の気持ちが、この人を慕う人間の気持ちが本当によく分かる。
皇帝陛下が演説台に立つと同時にレクターが別方向に指先を向けた。
「あそこ! アベルさんとガーランドさんがいる!」
俺はガーランドという言葉に身震いを覚え、指さす方向をそっと見つめると確かにそこにガーランドと父さんが軍服を着た状態で警戒モードで立っていた。
周囲ににらみを利かせ、周囲にいる人間達の中にも父さん達を尊敬の目で見ている者達もいる。
まあ、家ではだらしない人だが、あれでも軍ではかなり偉い人だし、戦争ではかなり戦果を挙げた人らしい。
家ではだらなしないけど。
「そういえばさ。ガーランドさん子供から嫌われているってほんとかな?」
「俺は嫌いだ」
「ソラ君。そういう意味じゃないと思うよ。息子や娘さんから嫌われているか? って話でしょ? うん。結構約束を破るって聞いたよ」
「そういえば父さんから聞いたな。娘さんの誕生日を祝うって約束したのにそのまま約束を破って戦場に向かったらしいよ。なんでも戦場で民間人が取り残されている聞いたら本能的に動いたって」
俺の話を聞いてジュリが「ガーランドさんらしいね」や、レクターも「あの人らしい」何て言うが、谷底に落とされそうになった人間からすれば血も涙もない冷血男ぐらいにしか思えないが。
なんというか、テル坊たちの気持ちがよく分かる。
「その辺で言うとアベルさんは違うね。ソラの誕生日には早上がりをして必ず誕生日プレゼントを買ってくるもんね!」
「一番楽しそうなのは本人なんだけどな。一か月以上前から本人は「プレゼントは何にする?」とか「パーティーは多くの人を呼んで盛大に」とか言っているんだもん。一か月以上先だっての」
「今年のお誕生日も祝うんでしょ? ソラ君のお誕生日もうすぐだよね? ていうか明日?」
「えっと………今日が八日だから三日後だな」
「じゃあ今アベルさんの頭の中ではお誕生日会の事で一杯だね。あの人顔は真面目でも心の中は全く別の話を考えているから」
その通りで困る。
今も如何にも厳つい表情で周囲への警戒を最大まで高めているが、頭の中ではお誕生日会の事で一杯なのだ。
絶対関係の無い事を考えているに違いない。
こういう状況ぐらいは真面目に仕事をしてほしいと思うし、警備中ぐらい心を引き締めて仕事しろと言いたい。
「それもアベルさんの良い所だよ」
「悪い所でもあるな。一緒に生活したらあの人の何に尊敬するのか分からんぞ」
「ええ! アベルさんめっちゃ強いんだよ!」
「レクターのその話耳にタコが出来るぐらい聞いた」
「タコって何?」
説明がメンドクサイ。
なんというか、この世界に無くて西暦世界にある情報をどうやって説明すればいいのだろうか?
代わりになる生き物がいればいいのだが、こういう時にパッと思いつかないのはちょっとしたストレスだ。
「赤くて、足が八本あって、吸盤がついてて、墨を吐くの」
レクターとジュリがドン引きしている。
まるで「何? その化け物」と言わんばかりの表情で俺の方を見ており、俺はそんな二人に「美味しいよ」というと二人の表情が更に渋めを増していく。
「食べられるの?」
「食べられるぞ。茹でて刺身にしてもいいし、お寿司や洋風にもできるから」
「バケモノじゃないの?」
「レクターの中でタコがどんな姿をしているか分からんが、向こうでは食材としては結構幅広いんだぞ。和風から洋風まで幅広く使える」
「だって足が八本あって、赤くて墨吐くんでしょ?」
「敵から逃げるためにな、それにタコは骨が無いんだぞ」
レクターの表情が恐怖の色に変わっていき、俺はドンドン面白くなっていく。
ジュリの方はむしろ興味がわいたようで、俺の話を聞いている最中帝城方面から悲鳴が上がった。