竜の欠片 1
真っ暗な闇の底へと落ちていく感覚というのは説明しがたいもので、まるで底の無い大穴に体を突っ込んでいくというのだろうか。
それこそまるで感じたことの無い感覚で証明しようがないが、落ちていく際に感じる恐怖は過去一かもしれない。
こんな事もう二度とやりたくないので心の中でもう起きませんようにと願いながら、片隅で安全装置的な何かがありますようにとお願いしておく。
眩い光が前方に見えてくると俺の体はまっすぐにその光の方向へと向かって突き進んでいき、俺の体は眩い光に包まれていく。
眩い光が終わると白黒の世界の砂利道の上に落下したが、その際に予想以上に落下の衝撃が無い事に安堵しつつ俺は取り敢えずこの状況に文句の一つや二つほど言いたい気持ちが俺の心の奥からやってきた。
しかし、そんな相手がいるわけがなく、俺はこの白黒の世界からどうやって脱出すればいいのかどうかと悩んでしまっていた。
取り敢えずやって来ただろう空を見上げてもそこには白黒のお昼時の空と雲、左右を見回しても帝都の旧市街地に見える建物が並んでいる。
地面は砂利道が続いており、なんとなく歴史を感じさせてくれる場所だな……というのが率直な感想だったりする。
文句を言っても仕方がないのでなんとか立ち上がり、ゆっくりと適当に歩き始める。
取り敢えず視界の先に見える大きな通りに出てみるかと左右を確かめて歩き、建物には日本語というかガイノス語で書かれている物が殆どで、一部は俺でも解読できないものも多い。
ガイノス帝国は日本と同じ言葉や文字を持つが、その反面文化や建物や歴史はまるで違う歴史を持つ国だ。
言葉や文字も些細な差こそあれど、基本は同じ言葉を持つので時折よく分からない言葉も存在している。
なのでここが帝国を模しているというのは分かるのだが、肝心のこの場所がどこかなんてことはよく分からない。
またどこか異世界にでも手にしたのならもういい加減泣いてもいいレベルだとおもう。
取り敢えず大きな通りにでも出てみるかという想いで通りに出てみてから左右に顔を向けて固まる。
右側を見た時俺の視界に見たことのある城が見えたからだ。
俺は急いでそっちに走っていき、城の橋にまでたどり着きその姿に確信する。
城のあちらこちらから火の手が上っているし、周囲の建物からも火の手が上っているという点以外は見間違いようもない。
帝城だ。
「ここは八百年前の貴族内紛時を模した帝都だ。袴着空。君はノーム家の記憶の中にいる。ここはノームの遺伝子の中に残る当時の記録だ」
透き通るようで落ち着いた声質、それでいてずっしり重い声色をしている方向へと向く、そこには俺と同じく色付きでそこにいる聖竜レグナードが据わった状態で座り込んでいる。
俺は怪しんだような視線を送り、聖竜レグナードはそれをどういう態度と受け取ったのかは分からないが、聖竜は俺に触れようと大きな右手を伸ばす。
「お前と違い私は概念だけの存在と言ってもいいだろう。こうして触れることもできん」
実際聖竜の右手は俺の体を貫通しているし、薄っすらとだが体が透けて見える気がする。
「ここは八百年前の貴族内紛時の記録だ。当時は帝都内で丸一日戦いが続いていてな、当時の聖竜は地下で大人しくしていたが帝城内は激戦区の1つだった。ガイノス帝国の歴史でも帝都が戦場になったのはこの一回だけだ。それ故に貴族派のリーダーだったノーム家は今でも忌み嫌われる」
多くの人の罵倒を思い出し表情を歪ませてしまう。
あの罵倒の言葉には八百年前の行動からくる思いだったのかもしれないが、俺からすれば八百年も前の事をそんなに恨むものなのかという気持ちが強い。
「帝都民からすれば八百年前の紛争はある意味「全て貴族派が悪い」という考え方が根強く残っていて、その上殆どの貴族派は後に共和国を造った。そういう意味では帝国の民が共和国の人間を嫌うのも分かるだろう?」
「分かるだけ……理解は出来そうにない。いや、したくないのかもな。辛いだけだよ……嫌う方も、嫌われる方も。意地を張る方も、それをさせる方だって」
「そうかもしれないな。そういう意味ではガーランド家は貴族の中でも変わった立ち位置にいた。彼らは武門名家と言われている四代名門の一角で在り、貴族内紛では『平民派』の味方を続けた一族だ。だから今でも武門で名家や旧貴族で一番名前が挙がるのはガーランド家だ」
それは初めて聞いた。
というか、俺がガーランドを毛嫌いしているだけだと思うけれど。
いつも興味の無い振りをしているし、そもそもガイノス帝国の歴史は下手をすると日本史の倍ぐらいあるので真面目に困る。
二千年前から密度の濃いい歴史を築き上げ、その歴史の全てがきっちりと後世まで残っているのだから真面目に困る話。
これに世界史をいれるともう頭はパンク状態。
「『世の為成れ、人の為成れ』はガーランド家の当時の当主が口にしていた言葉だ。貴族は自分達の事しか考えず、人の為にも、世の中の為にもならない。なら我々だけでも世の中の為、人の為に戦おう。それがガーランド家が平民にといた戦う心だ」
「ふ~ん。立派な事で。今のガーランド家当主がその心があるとは思えないけどね」
「お前がどう思うのかは知らんが、あまりあの男をバカにするなよ。あれでも立派なガーランド家の当主だ」
俺は心の中で「はいはい」と適当に相槌をうつのだが、肝心のこの場所からどうやって出ればいいんだという話の結論になっていない。
「で? 俺はどうやってここから出ればいいだ? どうすれば現実世界での問題を解決できる?」
「簡単だ。この橋の向こう側にある帝城にいる呪術が憑りついている記憶の住民を倒せばいい。最もこの時代でかつ、呪術が憑りつきそうな存在に私は一人しか想像できんがな」
「誰?」
「当時のノーム家当主にして、お前の『竜の欠片』の前任の継承者だ。私はその継承者から『竜の欠片』を回収する為にガーランド家に力を貸した」
今聖竜は俺の力が竜の欠片だと言った?
「竜の欠片って?」
「そんな時間があるのか?」
「隠し事をしていたのに、今更黙るつもり? 意味深な事だけ言って黙るのは良くないと思うけれど?」
「『竜の欠片』とは『竜の焔』の上位互換魔導だ。『竜の焔』が武器だけを錬成するのに対し、『竜の欠片』は防具も錬成し、魔導そのものに強力な耐異能を持っており、その上強力な技を大量に存在する魔導。詳細は自分で調べた方が良いな」
「この鎧がそうだと?」
「その通り」
「ならどうしてこんな力を俺に託したんだ?魔導を扱う本人を殺さないと回収できないんならどうして簡単に与えたんだ?」
「いずれ分かる。君は二つの世界に選ばれた『竜達の旅団』だというのが私の理由でもある。今はそれしか言えない。『竜達の旅団』が何なのかはいずれ分かるし、この事で君と議論するつもりも無い」
はっきりと告げる聖竜の言葉からは本当にそれ以上は言わないという意思を感じる。
「いずれ分かると?」
「その通り。そのことについては私はあまり関わらない話だ。他人の話をまるで自分の話のように語る趣味は無いのだ。この事態を解決するだけなら呪術の中心を破壊するだけで事足りる」
俺は言われた通り橋を渡っていき、帝城の大きな門にある隙間を通り過ぎ、場内を迷わないように歩いていく。
と言っても人のいない場所を聖竜の案内で歩いていくと大広間と言ってもいい場所に出た。
三階までの突き抜けの大広間、そこはまるでオペラでも開けるのではと思えるほど広く、その中心に俺の鎧とはデザインの違う鎧がいた。
右手は大型の突撃用ランス、左手は丸形の大型シールド、全身の鎧は華奢で白と青を基本としながらも優雅さを醸し出している。
俺の鎧との大きな差異は相手は背中にはマントがあるのに対し、俺の鎧には背中にマントは存在しない点だけだ。
俺がノーム家の当時の当主にして、俺の前任の『竜の欠片』の継承者。
ヘーラ・ノーム。