ガイノス帝国 2
士官学校の職員室は馬鹿でかく、その規模はバスケットコートの約二倍以上はある。
それ故に一回入って目的の先生を探し出すのに少々の時間が掛かるのだが、今回の場合教職員を探し出す必要は無い。
何故ならその教職員に連れてこられたからだ。
テラ・ノームとの一連の戦闘という名の武術訓練後、まるでタイミングを計ったかのようなタイミングで現れた教師あいてに俺とレクターはお互いに罪をなすりつけようと試みた。
無論そんな目論みはあっけなく敗れ去り、俺達は引きずられるように職員室へと連れていかれたという訳だ。
「全く! お前達は高等部に進学しても変わらんな!」
そんなことを言われても俺は困る話だし、俺としてはもっと安全な方法を選ぶ予定だったのだが、この右隣で一緒に怒られているレクターが喧嘩を吹っ掛けるから悪い。
なんて言っても目の前にいるゴリラのような教師には理解もできないだろう。
「まあまあ……良いではありませんか。今回は相手の生徒が後輩を虐めていたという話も聞いていますし。彼らはあくまでもそれから守ったという話です」
「甘いんですよ! こいつら海外研修の時も、学校の授業の時もトラブルばかり!」
俺としては海外研修との時も学校の授業の時もレクターがトラブルを持ってくるからだと記憶しているはずだ。
「待ってください! 俺の場合レクターがトラブルを持ってくるのが原因じゃないですか! まるで俺がトラブルを持ってきたみたいに……!」
「待ってよ! ここで俺を売らないでよ! 一緒にトラブルに向かって行った仲間じゃん! 友達でしょ!?」
「フザケンナ! お前がトラブルを俺の元まで持ってくるんだろうが!! 何回俺がお前のトラブルを解決してきたと思うんだ!?」
「五月蠅いぞ! 職員室で大人しくしている気はないのか!?」
「先生の方が一番五月蠅いと思います!」
俺が心の奥に抱えた想いをレクターがこそっと伝えてくれたので良しとするとして、教師は顔を真っ赤にしてレクターに怒りをぶつけようとしてくる。
この場合レクターが怒られるが俺は怒られないだろうからあえてフォローもしない。
しかし、実際の所で怒りが降りかかることは無かったし、むしろ校長がやってきて場を収束してくれた。
何とかという想いで現場を抜け出し、俺達はジュリが居るはずの保健室へと向けて移動することにした。
と言ってもここは本校の左端で保健室は右端なので校舎の端から端までを歩くだけなのだが。
一階ロビーまで出ていき、そこから歩いて横断する際の事である。
三人の女子生徒に話しかけられた。
ワッペンのデザインで中等部だという事はハッキリわかった時、どこかで見た顔だなという感想を得た。
「あの……ありがとうございました!」
「ああ、あの時の。大丈夫だった? その様子だと大丈夫そうだけど。お礼ならジュリに言ってくれた。ジュリエッタな、君達の前で殴られた女子生徒」
「ジュリエッタ先輩はもうお礼を言ったのですが、実際に事態を収めてくれたのはソラ先輩とレクター先輩だからそっちにお礼を言ってと言われまして」
確かにジュリが言いそうなことではある。
「それこそ気にしないでくれ。レクターが勝手に喧嘩を売りに行って、俺がその喧嘩を受け持っただけだ。それに今日はピリピリしている生徒が多いだろうから用事が済んだから早めに帰った方が良い」
ちなみに女子生徒と話をしている間に俺は気持ち悪い顔をしているレクターを両手で押さえている事を記述しておく。
女子生徒はレクターが気持ち悪かったのか、俺にお礼を述べたのち帰っていった。
俺はレクターが馬鹿な事をしないうちにそのまま保健室前の廊下までやってきた。
すると、保健室のドアが開き中からジュリが出てくるタイミングで俺は遠目に声を掛けた。
ジュリも俺の存在に気が付いたのか駆け足で近づいて来たタイミングでレクターを見て顔を青ざめる。
「ソラ君! レクター君息が出来てない!」
そう言われて俺はレクターの方を見ると確かにレクターは息が出来ていないようだった。
あらま………!
その後、結局十二時前までかかり俺達は前期分の授業のカリキュラムを入力してから食堂へと移動した。
それこそ体育館の倍以上はある食堂、二階建てで二階のバルコニーにも席が設けられていて、店も十個以上が陳列している。
俺達はフィッシュバーガーとフィッシュアンドチップスを人数分注文してから一番奥の席に移動した。
「初日早々問題に直面するとは………もういい加減レクターのと友人関係を解消しようかな」
最後の部分だけは小声でつぶやいた言葉をはっきり聞いていたらしく、口の中にフィッシュバーガーを入れてモゴモゴさせていた。
俺は大きなため息をつきながらフィッシュバーガーを一口だけ食べる。
「そういえばエリーちゃんとレイハイム君は?」
「明日にするって、なんでも家柄でトラブルが起きたらしくて、学校にも先に言ってあるらしい」
「ソラ君はあらかじめ聞いていたの? それともさっき聞いたの?」
「さっき職員室でそれっぽい話を聞いたから職員室を去る前に聞いただけ。何の用事かまでは聞けなかったけど、職員の態度から考えると学校がらみじゃないだけは分かったけど」
エリーとレイハイムはこの学校の生徒では『旧貴族』と呼ばれる金持ちの一かであり、特に両方とも商会関連では有名な方、家柄でトラブルは起きやすい。
大概の場合は俺達ではどうしようもない問題だし、あまり俺達庶民が口を挟みこんだら面倒ごとになる。
「しかし、ジュリも災難だったな。怪我こそ痕が残らないように保健室の先生が治してくれたけど、あんなことで殴られるなんて」
俺も一気に沸点が最大値まで上昇したけど、まさかあんなことで殴るとは思わなかったな。
まあ、それこそ勝手にしろというレベルだけどさ。
俺達が関わらない所でという条件付きで。
「そうだね。でも私自身の意思で起きたことだから後悔はしていないけどね」
「………俺は困るな。今度は体に残る傷かもしれないんだぞ。親御さんだって心配するだろ?いくら両方とも出稼ぎに出かけているとは言っても」
「あれ? ジュリの家ってそこまで貧乏だったけ? 俺よりマシだって聞いていたけど?」
「ううん。普通だよ。ただ………仕事柄外に出かけているから基本家には一人なの。良くアベルさんが家に招いてくれるから最近は寂しくないけど。ていうかレクター君の家ってそこまで貧乏じゃないよね?」
「ウチ兄弟多いからさ。肉屋じゃ生計が難しいんだよね。だから俺士官学校を卒業して軍方面に行きたいんだもん。軍方面は才能さえあれば結構上まで登れるから!」
それを理由にするというのもどうかと思うが。
実際父さんは才能があるからこそあの歳(確か今年で四十二)で中将を務めているというのもあるわけだし。
勿論上に登る上で政府や皇帝陛下からの信用というのもある。
最もレクターの場合はその人柄の方だろうが、基本誰にでも隔てなく接する癖に妙にトラブルを集めてくる。
そんな人間に軍人が務まるとは思えないし、思いたくもない。
俺はフィッシュアンドチップスに手を伸ばすとそこには何も無かった。
その代りに口を最大まで膨らませているレクターの姿、俺は怒りのボルテージを再び上昇させる。
「おい………これは俺達で三等分だったよな? お前一人で食ったのか?」
「モガ!? モガモガ!!」
どうやらもう喋る必要はなさそうだ。
俺は緑星剣を召喚し剣先をレクターの喉元に突き付けるのだが、レクターは素早く席から飛び降りて逃げ出していく。
絶対殺す!
学校を結局は四時まで残る事になったのはレクターの反省文(俺の分は無かった)を手伝っていた為時間がかかってしまった。
帰り道に旧市街の商店街で夕食の準備をしようと思っていたと思い出し、俺は細道に入ったところで後ろから殺気立ったのか、怪しい風が流れた時に俺はとっさに大きく距離を取った。
後ろから大きな破片が周囲に飛び散り、体が百八十度回転させた先には怒りで表情がおかしい事になっているテラが存在していた。
「ぶっ殺す!」
それこそ数時間前の俺がレクターに抱いていた気持ちにそっくりで、全く違うレベルのように感じた。