貴方を取り戻す 8
儀式の準備が完了したという話が俺達の元へとやって来て、父さんと一緒に儀式場になっている聖竜が先代の聖竜が根城にしていた帝城地下深くへと足を踏み込んでみると、ブライトが感慨深そうに部屋中をウロウロしていた。
それを皇帝陛下が同じように感慨深そうにしていたが、俺達に気がついたのは歩いて接近してくる。
「ソラ君。いよいよだね。私が出来る事は無いが見守らせて貰うよ。私にとってはガーランドは大切な友人だ。私が若かった頃彼に何度も支えて貰った。彼を救ってあげて欲しい」
「皇帝陛下。実は北の近郊都市の件でお話があるのですが」
父さんはいよいよだと言わんばかりに話題を切り出し皇帝陛下も覚悟をした目を見て「分かった」と言いつつ父さんと一緒に脇へと移動して行く。
最後に父さんは「頑張れ」と言いつつ皇帝陛下と共に儀式場の端っこの方へと向って歩き出す。
俺は儀式場の中心へと向かい師匠の奥さんと合流すると、儀式場の中心で大人しくしている死竜へと話し掛けた。
「準備は整ったようだな。では詳細を説明する。今生と死の境の領域は生まれ変われない者達の魂でひしめき合っている。その中からアックス・ガーランドの魂を見つける必要があるわけだが、こればかりはそこの女性の役目だ。で、問題はそんな生き返ろうとしている者が現れれば必ず不死者達の魂はそれに便乗し自らの生き返ろうとするだろう。それを阻止して無の領域へと押し込んで永遠の罰を与えないといけない。ソラ・ウルベクトの役目はそれの排除だ。どのタイミングで襲ってくるのかまるで分からないが、念の為にブライトを同宇高させる。聖竜はお前と同種の強い力を持っている。守護竜アカシは駄目だ。そこで指を咥えて「行きたいな」という目で見ても駄目だ。大人しくしているんだ」
アカシはジッと上目遣いで死竜を見て居るが無論そんな事で死竜の意見が変わるわけが無く死竜はまるで相手をしようとしない。
その内諦めたのか樹里の腕の中で「ブー」と可愛らしい反抗を見せるが、そんなアカシに対して今度はブライトが勝ち誇ったような顔をしてみせる。
こんな所で幼い争いを魅せないで欲しいので俺は死竜に「早く儀式を始めよう」と提案。
死竜もこれ以上無駄な会話をするつもりはないようで俺に返事をしないまま呪文の唱え始めるのだが、まさか今時呪文を聞く機会を受けるとは。
そうしていくと足下に描かれていた魔方陣と呼ぶべき幾何学模様が眩い光と共に下降を始め、俺と師匠の奥さんとブライトを連れて生と死の境の領域へと降りていく。
俺達の視界から皆の姿が消えていくと会話が全くストップしてしまう。
気まずくなっていく中俺は意を決して奥さんに話を聞いてみることにした。
「そう言えば師匠は昔泣き虫で寂しがり屋だって聞いたんですけど…そうだったんですか? 聞いた今となってもあまりイメージがわかないから」
「え? そうね。私と出会った時は泣く時は何時でも人に見つからない場所に隠れて泣くような子でね。アベル君は良く見つけていたな。羨ましくて…アベル君に「どうやったら見つけられる?」って聞いた事があるの」
「父さんが? 人捜しが得意なんですか? あまりイメージありませんけど」
「僕も。でもあの格好いい人って意外と泣き虫なんだね」
「そうね。でもアベル君の場合は付き合いが長いからだと思うけど、アベル君も何故分かるのかは説明できないようなの。良く分からなかったし」
多分それは説明が死ぬほど下手だっただけだと思うけど、あの人説明の全てに擬音での説明をしてしまうから話にならないんだよな。
それで俺も何度も苦しむ羽目になった事が分かる。
「それは父さんの説明が悪いんだと思いますけど…あの人説明死ぬほど下手だったし」
「そうなんだけど。でもどうにも本人も良く分からないみたいな言い方だったし。多分長年の勘なんじゃ無いかなって思うの。でもその内何となく分かるようになって。誰よりもリーダーシップがあるように見えて、実は誰よりも人付き合いが苦手な人で、人を愛する分だけ人から愛されるのを嫌がり、誰よりも優しいのに優しくすることを恐れ、胸を張って堂々としているように見えて実は誰よりも寂しがり屋なんだって。いつも虚勢を張って…周りの人達に迷惑をかけたくないって思って居る人なんだって。誰でも他人と自分との間に壁を作るって言うけれど、あの人の場合その壁が非常に分厚いのよね」
それは分かる気がする。
俺との関係だって俺が歩み寄るまではあの人はそれこそしつこく勧誘すらしなかったんだ。
本当に俺を弟子に取りたいと思うのならしつこく勧誘するべきだし、それこそ弟子ができない事に焦りが在ってもいい。
実際師匠の師匠である師父からはしつこく「いい加減弟子を取れ」と言われていたはず。
あれは「ソラを弟子にしたい」という願いがある一方で「断られるのが怖い」という想いがあるのだと思う。
断られ続けるのが怖くてその内俺から距離を取るようになったのだろうと思うと話としては理解出来る。
「あの人が…? 何かしら…この音?」
「ソラ! あそこから何か来るよ!」
黒いモヤのような集まりが俺達目指して一斉にやってくるのが見えた俺達、俺は奥さんを庇うようにブライトと一緒に黒いモヤに浚われてしまった。
アックス・ガーランドの奥さんはたった一人になってしまった。
ソラとブライトは黒いモヤが連れ去ってしまったのだが、奥さんは寂しそうにソラとブライトを心配しつつも辿り着いた場所で一旦足を止めてしまった。
沢山の明るい光がチカチカしながらも存在感を放っており、それは一つ一つが星の形をしているように見える。
一つ一つが魂であり、これから生まれ変わろうとしている人達でありそれ以外の沢山の生き物の魂である。
生き返ると言うことは必ず同じ生物に生まれ変わるわけじゃ無い。
中には想像すら出来ないような生き物へと転成することだってある。
それぞれが不安を抱き、そして何時までも行なわれない状況の中で疲弊しているのだろう。
(この中にあの人が…)
不安な足取りで歩き出すのだがその足取りだけは全く迷いが無く、奥さんは一人奥の方へと向って駆け足になりそうな気持ちをグッと抑えて左右を見定める。
(分かるわ。だって…ずっと見てきたのだから。寂しそうにする貴方を。子供達とどう接したら良いのかまるで分からないまま苦しんでいることも分かっている)
アックス・ガーランドと付き合ってきた沢山の人達は本当は知っている。
英雄と言われている者の裏事情、強さと共に兼ね揃えている弱さは決して悪い事では無い。
罪では無い。
それは人であるという証拠でもあるのだから。
奥さんは歩き出して十分ほどで足を一旦止め優しく微笑んでから端っこの方で寂しそうに孤独に震えている光を見つけ出した。
そして、奥さんはそっとその光に触れた瞬間光は強い発光と共にその姿を現す。
一人寂しく泣いているアックス・ガーランドが姿を現したら。
「みーつけた」
「…ど、どうして此所に?」
「貴方を生き返って欲しいからよ。さあ行きましょう…」
アックス・ガーランドが竜として活動していたときの記憶はまるで無い。
だからこそ何故此所に自分の妻が居るのかまるで理解出来ないままでいるが、奥さんと共に現実世界へと向って帰還する最中黒いモヤはアックス・ガーランドと奥さんを取り込もうと襲い掛ってきた。
アックス・ガーランドの足を掴み一緒に生き返ろうと試みるが、奥さんはそんなアックス・ガーランドを決して離そうとはしないまま平行線を辿っていく。