北の近郊都市 7
犠牲は時に必要になることがあると言う事は世界を維持するのに必要な事だが、だからと言って全ての人間がその意見に納得できるわけでは無い。
だが、そんな中で犠牲になった人達の中にはそれを納得している人も多くおり、納得されている以上は俺は発言することなんて出来るわけが無いが、それを俺は受け入れる覚悟だけはしてきたつもりだった。
俺は生まれた時からその犠牲の先に生きている存在であり、そういう意味で俺が犠牲のある世界を受け入れる事は当然のことだったのかも知れない。
ジェイドはそんな犠牲を受け入れる事を長く生きてきたからこそ全ての人類の犠牲を受け入れるべきだと考えたのかも知れないが、俺はそれが出来なかったのだと今更思い知った。
俺は俺達が犠牲を背負って生きていき、その代わり一般的な人達の犠牲が少なくなるのならと思っている。
きっと犠牲を背負うと言うことがジェイドは耐えられなかったのかも知れない。
でも、俺は三十九人が犠牲を背負っている犠牲を知ってしまったからこそ、俺達のような真実を知る人間が犠牲を背負えば良いんだ。
それこそが俺達が選んだ道のはずなんだ。
『それは誤魔化しじゃ無いのか? お前はずっとこれからも後悔して生きてきたはずだが、それでいいのか? お前は結局で三十九人の苦しみを背負いたいという我儘を続けて居るだけじゃ無いのか?』
「そうかもしれない。でも俺は…彼等だけが犠牲を背負うなんて嫌なんだよ。一緒に背負いたい。それは俺の我儘であり、これから続けて受け継いでいきたい事なんだ」
誰が何を言っても俺はそれを続けていきたい。
それを不幸だって想いたくは無いんだよ…ジェイドアンタは分からないかも知れないかもしれないし、アンタは否定するかも知れないが、俺は彼等の様には生きられないからこそせめて少しぐらいは背負いたい。
一緒に背負ってくれる人達がいれば苦しいとも想えない。
『だが所詮は犠牲は犠牲。お前はこの北の近郊都市を見てそれを思い知ったはずだ。それ以外の近郊都市でもだ。都市の発展には犠牲が付きもの。世界が発展していく過程で常に世界は犠牲を強いる。なら犠牲の無い世界を作ろうと思ったら人を隷属させるしか無いのさ』
「それは人じゃ無いんだよ。隷属してただ生きている事を生きるとは言わない。ジェイド…俺は人に生きていて欲しいんだ。それが犠牲を背負った人達を見てきた俺の未来なんだ」
『奴隷として従順した敵国の兵士達、かつて故郷を奪われた者達お前はそんな人達の犠牲を見てきたはずだ。苦しんだ者達の殆どはその犠牲を喜んではいないだろう。それでも君は』
「仕方が無いなんて絶対に思えないけど、世界が発展していく過程で強いられる犠牲だし、何よりもその中には自分自身に責任がある事もある。その全てを「可哀想」と受け入れる事は出来ないよ…」
『自業自得か…まあ大抵の犠牲者は『自業自得』と呼ぶべき事だが、その犠牲者本人はそうは思って居ない。だから恨むし…憎しみは生まれる。そしてその憎しみは争いの元になる。結果世界から争いは消えない。そしてその争いは新たな憎しみになる。人は争いと憎しみを消すことは絶対に出来ない。故に勝者は憎まれる』
「ガイノス帝国の歴史は争いの歴史。それは同時に憎まれてくる歴史でもある。だからこそそれを受け入れるしか無いんだ。その中で生きている人達ができる限り平和である為に」
『北の近郊都市を襲撃されて、三十九人の犠牲を経てすら…何が変わる? お前がアックス・ガーランドを取り戻したとして、その先にそれを妬む者達が現れるだろう?』
「なら戦うさ。俺はアンタの遺志だって受け継いでいるつもりだ。ジェイド…」
『ほほう…言うようになったな。まあなら見せて貰おうか…この記憶に残らない刹那すら満たさない時間の出会いだ。この北の近郊都市を乗り越えれば後はいよいよ不死者達の魂そのものと挑む事になる。そうすれば少年は知る事になる。永遠を欲しいと願う人間達の底なしの欲望をな』
「それをアンタは背負ってきたはずだ」
『その通りだが、あんな声にならない声を私は声として認識していないんだ。だが…君もある意味不死だろう? もう知ったんだろう? 君は初代頃から生まれ変わって生きてきた。無論本来人だけで無くあらゆる生き物は生まれ変わって生きている。そうやって命は循環してバランスを取ろうとする。しかし、同じ名前で同じ一族に生まれ変わり続けるというのもある意味不死と言えるだろう』
「受け入れるつもりだ。仕方が無いし…俺がそれを願ったわけじゃない。竜達の旅団が可能性の支配が選んだ事だ」
『そして、アックス・ガーランドもその一人になったわけだ。この男もこれからは『アックス・ウルベクト』として生まれ変わる。君の孫かも知れないな…』
少しだけ考えてみたら「まあ…嫌じゃ無いかな…」と答えるに居たる。
『君がそれでいいのならそれを貫けば良いさ。生まれ変わる度に忘れてしまうわけだしな。私と出会った回数も一回や二回じゃないしな。以外と生まれ変わる度に君は私と出会う。その度に君は私に常に正しさを示そうとするな』
「生まれ変わっても心が変わるわけじゃ無いと言う事だろう? アンタだって例え生まれ変わっても信念が変わる訳じゃ無いんだ。誰だってそうじゃないのか?」
『どうだろうな? 変わる人間は変わるさ。人は人だ。人との出会いの中で変わる者だよ。変わらないのは君達のように強い信念を生まれ変わっても貫く変わり者だけさ』
「人を頭のおかしい人間のように…」
『そうじゃないのか? 人は変わるものなのに、君達は一切変わらない。何度生まれ変わっても…何度でも…羨ましいよ』
「そうは言われても困る。俺だって意識してそんな事を考えているわけじゃ無い」
『無意識で出来るのが羨ましいのさ。何度も君は生まれ変わっても『誰かの為に』を信念にして生きる事が出来る事が羨ましい。私はそれが耐えられなかった。だから全ての人に不幸にしてでも私は変わらない平穏が欲しかった』
「それは死んだ彼女の事が耐えられなかったからじゃないのか?」
『それもある。辛い事や嫌な事から逃げたかったと言う事はある。お前さんはそういうことは無いのか?』
「無いな。辛い事を忘れて生きる事は出来そうに無い。忘れればそこで生きていた人を完全に殺す事になる。それは出来ない。どんなに辛い事でも忘れない」
『羨ましい限りだよ。そんな事を言えることが普通に羨ましい限りだ。私はそれは出来そうに無い。辛い事からつい逃げたくなる』
「それは無いよ。辛い事を受け入れようとしたからこそアンタは彼女の事も初代のことも忘れずに生きてきたんだろう? アンタも辛い事や嫌な事から目を背けずに永遠に生きてきたはずだ」
ジェイドは目を瞑り「それは誤解だな」とハッキリと俺の意見を否定した。
『私は逃げてきたんだ。不死者達の魂の声すら逃げてきた。どうせ私には彼等をどうする事は出来ないと、彼女や親友に会うことは出来ないと何時だって目を背けて生きてきたつもりだ。だからこそどうでも良いと思えるからこそ私は人の幸せなんて考えなかった』
「…それでも俺はアンタは強い方だと思う」
『勝て。私から言えることはそれだけだ。あと一つ。君はウルベクトが逃げたかった想いやボウガンの後悔を知る事になる。この北の近郊都市では様々な人も思惑と後悔が混じって起きた事件なんだ。さあ行け…』
ジェイドは呟く。
『現実へな…』