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北の近郊都市 6

燃えている建物と建物に挟まれる形で存在している根が続いて居る燃えていない建物、俺達はドアノブを捻って中へと入って行くと、視界に映ったのは血だらけで倒れている老夫婦とそれを殺したのであろうガスマスクを付けた銃を握りしめている男性二人組、俺は流石に動揺したりはせず冷静に異能殺しの剣を抜いて素早く敵の胴体を二人纏めて切り裂いた。

 やはりヘドロ状に変形しているだけでダメージにはほど遠く、ヘドロ兵とでも呼ぶその姿に変貌した後ケビンがいつも通りに凍らせてからレクターが粉々にし、ジュリと海が出てきたコアを破壊するというすっかり手慣れた感じで破壊。

 するとやはりと言うべきか血だらけの老夫婦は立ち上がって俺達に優しく微笑みかけてきた。


「ありがとね。これでようやく成仏できるわ」

「………」

「そんな顔しないでくれ。儂達は確かに救われなかったかも知れないが、それが世界の為になったのなら後悔だけは無いさ」

「そうよ。私達が滅びて貴方に繋がったのならそれはきっと良い事よ。だからそんな風に自傷するような顔をしないで頂戴。後悔だけはしていないから」

「でも…それが世界を存続させる上で必要な事だというのは分かっている。けど…」


 納得なんて出来るわけが無いんだ。

 例え世界を存続させるために小を犠牲にしないといけないと分かっていたとしても、それを俺自身が納得なんて絶対に出来ない。

 だが、世界とは国とはそういう風に出来ている。

 百人の人間が居て、百人の人間全員が幸せになんてなれやしない。

 結局で犠牲を何処かで選ばないといけないなかで、その犠牲の外にいる人間である俺が、犠牲を強いてしまった人間でしかない俺が納得なんて出来るわけが無いんだ。

 いや、してはいけない。

 俺はその犠牲をこれからもずっと背負って、ずっと胸に抱き続け、これから先永遠に刻みつけなければという使命感すら在る。


「納得なんて出来ないししちゃいけない。俺はその犠牲の外にいて犠牲を強いた側なんだから。世界を存続させる上で俺は犠牲を強いる側なんだから」

「だからこそよ。皆…貴方のかつての同級生の三十九人だってそれが分かったからこそ命を賭けることが出来たのよ?」

「その通り。誰かがその犠牲を背負わないといけない中で、儂達はそれが儂達で良かったとすら想っておる。関係の無い誰かに押しつける事が無いだけ良かった。だからこそ、お前さんは自分の願いだって叶える権利があると分かって欲しい。誰よりもお前さんの願いが叶うことを、お前さんの幸せだって考えて良いんじゃよ」

「そうよ。忘れないでいてくれるだけで十分だから」


 笑顔を向ける老夫婦、そうは言ってくれてもやはり内心では納得なんて出来ないんだ。

 三十九人もきっと同じ事を言うのだろうが、俺は一生背負う事を決めている身、今更そんな真実からは逃げ出したいとすら思えない。

 十六年前、異能殺しを誕生させるために、様々な思惑が混じり合った結果がこの北の近郊都市崩壊という結末に至った。

 その結末の先こそが俺という人間なのであるが、聖竜が始祖の竜がいつか人の未来を占う存在として語り継がれてきた英雄。


「たった一人の英雄を誕生させるために小の犠牲を強いた。俺は例えそれが正しいと言われても俺は納得なんて出来ないよ。でも、貴方達がそれを願うなら努力はする」


 きっと何度でも思い出しては苦しんで何度も何度も後悔して生きていくと分かりきってしまう。

 三十九人だって俺がそんな風に苦しんで生きていく事を望んでいないことぐらいは分かっているが、俺はそんな生き方が出来るとは思えない。

 いつか笑顔で彼等を見る日が来るのだろうか?


「儂等が犠牲になってお前さんが生きていくのならそれは良い事じゃ。だって世界が存続されるのだからな。誰かが犠牲になることで世界は成り立っている。それは普通の事で当たり前の事じゃ。全ての人間を完全に救済される世界は滅んで居ることと同じじゃ。誰かが犠牲である事を鵜呑みに出来るから幸せであると理解出来る」

「それは貴方が一番良く分かっているはずよ。そして、貴方はそれを望んだはず。ジェイドというあの人を否定した時から、貴方はそれを望んで選んだはず。今更否定できないでしょう?」


 そうだ。

 俺はそんな世界を否定してジェイドと戦ったんだ。

 それを今更受け入れるなんて出来るわけが無い、それをして良いわけじゃ無い。

 なら俺は折り合いを何処かで付けないといけないんだと、今更此所で気がついた。

 我儘じゃ無いかと、俺は結局で犠牲を受け入れる世界を望みながらその犠牲を許容できていない。


「誰でもそうじゃよ。犠牲を前にして犠牲を強いられていく世界で、誰もが犠牲を許容できるわけじゃ無い。だが、事情を知れば百人の内百人とは言わなくても十人ぐらいは受け入れるじゃろう?」

「それが後か先かの違いでしか無いのよ。私達は後から知ったけど、三十九人は先に知る事が出来た。だからあの子達は犠牲を受け入れたのよ。その先に自分達の願いがほんの少しでもあるのならと」

「儂達も同じじゃ。後から知ったとしても、それが後の世界の為になるのなら、その先に私達が愛したあの三人が生きていてくれるのなら、それでいい。じゃから。救ってやって送れ。お前さん以上に自分を責めて」

「誰よりも苦しんで生きてきた。暗闇の底で今も蹲って泣いているあの子供をね。何時だって泣いていたわ。実は泣き虫で、寂しいと呟きながらそれを両親に言うことが出来ない引っ込み思案な子」


 皆同じようなことを言うんだな。

 もしかしたら師匠のそういう部分は皆知っていたのかも知れない。


「不器用な子じゃよ。強くないくせに強がって、胸を張ることも出来ないのに虚勢を張って、でも裏ではシクシクと泣いている子じゃ」

「きっと今でも死んだ事を後悔して泣いているはずよ。だから助けてあげて。救い上げてあげて。私達が願っているのは何時だってあの三人が笑顔でいてくれる事よ。最近はアベル坊ちゃんは楽しそうに生きているわ。一度は絶望した顔で死に場所を求めていたのに」


 それはきっと俺や母さんや奈美が居るからだろうと分かる。

 それだけ今父さんが人生を楽しんで生きているのだろうし、サクトさんもなんだかんだ言って今は家族を持って幸せなのだろう。

 ならやっぱり幸せになっていない人はただ一人…俺の師匠であるアックス・ガーランド一人なのだ。


「夢…」

「? どうしたの?」

「あの人の夢が教師というのは本当ですか?」

「そうよ。学校の先生になりたいと幼い頃ずっと叫んでいたわ。いつの間にかガーランド家を背負わなければ成らないという身分から我慢するようになったけど」


 じゃあ絵を描いたりしていたのももしかしたらそういう理由もあったのかも知れない。

 でも、我慢か…。


「ガーランド家とはそんなに格式が高い家柄なのですか? 私は良く分からないのですが…」

「というよりは…多分ですけど」

「そこのお嬢さんは分かっているようじゃが、あの子のお父さんが少々そういう部分が強いお人なんじゃよ。儂等の様な一般人から見ても少しおかしいと言える」

「その所為であの子は幼い頃から窮屈な生活を強いられていたよ。此所におる頃は本当に楽しそうに…だから救ってあげて送れ。そして、伝えて送れ」


 光となって消えていく中で老夫婦は「幸せになっておくれ…とね」と言いながら笑顔で消えていった。

 俺は完全に消える前に告げる。


「はい。必ず伝えておきます。絶対に…約束します」


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