北の近郊都市 3
朝一で北の近郊都市周辺まで辿り着いた俺達は近場で降りることにし、運転手にお願いして広く降りられそうな場所で着陸して貰う。
降りてから肺一杯に空気を吸ってから吐き出すと人が普段いない場所だからか空気が美味しい気がして成らない。
北の山脈方面は分厚い雲で上の部分が覆われており、明らかに頂上付近は大雪で間違いが無いだろうけれど、こんな時でもモノレールは動いていることがここからでも分かる。
まあ北の山脈の頂上一帯は有名な温泉宿なのでこの時期は普段から人が多いはずだ。
やはり北の近郊都市の再開発はかなり求められている部分も多いのかも知れないが、だがこの集団墓地が無くなってしまう事だけは避けて欲しいので政府には是非良い落とし所を見つけて欲しい。
しかし、俺はてっきりこのお墓一帯がそうなのかと思って近付いてきたのだが、まるで異変が無い感じを見る限り此所では無いようだ。
ケビンはお墓一つ一つを見て回っており、最後の一つを見て回るとケビンは俺に一つ提案をした。
「花束ぐらい添えませんか? 墓掃除をしようとは言いませんから、それぐらいしても良いのでは? 折角近くまできて無視というのも少し寂しい気がします」
「私も同じ意見かな。お花だったら直ぐそこの帝都入り口一帯で売っていたはずだから」
「俺は構わないよ。此所で無視したら化けて出てきそうだし」
「止めてください。本当に出たら恨みますよ。ならさっさと用意しましょう。私はお花を買ってきますから、貴方達男性陣はレクターをなんとかなさい」
ケビンからそんな事を言われて俺は「?」という感じで疑問符を浮かべながらレクターの方を見ると、レクターは暇なのか周囲一帯で走り回ったり破壊衝動に駆られそうになっていた。
俺と海で急いでレクターを止めてからケビン達が帰ってくるまで待っておき、ケビン達が帰ってきそうな時間を待って俺はレクターに「バケツに水を入れてこい」と命令しておいたら、レクターはものの三十秒で戻ってくる。
人間の速度じゃ無いと思っていたが、レクターに人間である事を求めるのは酷というものだろう。
「水で軽く洗おう。ケビン達はああ言ったが、返ってくるまでに軽めに洗いたい。レクターは…」
「もう端っこからゴシゴシ洗っていますよ。物凄い暇みたいですね…」
「まあ良いか。壊すなよ!」
俺からの問いに「はーい」とだけ発言しながら手を止めないのは良いが、あまりゴシゴシ洗いすぎて壊したらマジで怒られる所じゃ無い。
少し神経質になりながら俺達も軽めに清掃してケビン達を待っていると、最後の墓石を掃除した直後にケビン達が戻ってきた。
「あら? お墓石が綺麗になっていますけど。戻ってくるまで掃除していたんですか?」
「まあな。後は花を添えて両手を合わせてから改めて探しだそう」
手分けして花を添えてから俺達は墓の前で手を合わせて少しの間黙祷してから捜索開始することにした。
墓が無いと言う事はあちらこちらに残っている建物の残骸以外には存在しないのだが、こうなれば割と狭いとは言っても、それでも集落跡地を探し出す為に歩き回ることになった。
俺達は北の近郊都市の出入り口から右回りに探し出す事にし、一番北側にやって来た時ふと帝都を見て見る。
なだらかな斜面に出来た帝都、南区の方はもう坂はなさそうにみえるが、それでも一番北という事もあり見晴らしは滅茶苦茶良い。
「この風景竜達の旅団で見たことがある。ジェイドが初代ウルベクトと一緒に見ていた風景だ。と言う事はこの辺にウルベクト家の元々の家がある?」
「そこが可能性が高そうですね…豪華な家なのでしょうか?」
「どうだろうな。流石に昔とは家の位置は違うはずだからなんとも言えない。父さんはこの場所での出来事は全く喋らないからさ」
「嫌な思い出なんだろうね。それこそ思い出したら辛い思い出」
「かもな。まあこの辺を探してみようか」
俺達は手分けしてあちらこちらを探して回ってみると、海が探し出しだした。
近くの瓦礫の中に『ウルベクト家』と書かれている表札が落ちており、ジュリはそんな表札を拾っていた。
すると瓦礫の中には熊の人形も落ちており、風化してボロボロだった。
「この熊の人形って生まれてくる子供のために…かな?」
「だろうな。でも家の原型自体はちゃんと残っているんだな。ドアもそのままになっているし…」
「なんか…見て回ったときもふと思いましたが襲撃時から時間が経過して居ない感じがして…辛いですね。他の近郊都市とは違って少々小規模ですけど…沢山の人が居たはずなのに…政治的な理由で襲われて」
あの頃のままになっている…父さんがこの場所に来たくない理由なのかも知れない。
来ればきっと思い出してしまうから…楽しい事も、嬉しい事も、怒った事も、悲しい事も全部思い出して辛いからだろう。
あの頃のまま止まった時間の中で…此所の人達は今も苦しんでいるんだろうか?
そう思ったときドアノブが確かに光った気がした。
金属製のドアノブが血の跡と錆びで滅茶苦茶になっており、俺はそのドアノブに触れたその瞬間だった。
周りがまるで燃え上がったかのように風景が一変し、俺は驚きのあまりドアノブを離してしまった。
「どうしました?」
ケビンからの言葉でそちらをふと見てみると、普通の北の近郊都市跡地がそこにはある。
幻覚かと思って見て見たが、あれは確かに感じた何かだった。
「そうか…この場所が中心となって…」
「なんです? 急に」
「行こう。行けば分かる」
俺はドアノブを回して中へと入って行く、すると中は燃えさかるような炎で包まれる北の近郊都市、銃撃跡や斬撃跡などが確かに残っている。
皆が息を呑むこの光景、恐らくは襲撃時の再現であろう。
「まさかとは思いますが…この場所」
「恐らくは北の近郊都市に住んでいた人達の無念が作り出したんだろうな。この空間からは敵意を感じないから、あくまでも殺された人達の無念がエネルギーと結びつくことで生まれた疑似空間。此所だけは竜達の旅団が空間をずらした訳じゃ無い。初めっから空間が作られていた」
「無念ですか…そうでしょうけれど」
「俺が生まれる前に起きた出来事、俺が異能殺しと呼ばれる理由になった事件。色々な人達も思惑が孕んだ事件」
「この場所にボウガンが居たわけ? それとも居なかったわけ?」
「居たんじゃ無いだろうか…確認には必要なことだろうし…」
「だとしたらボウガンさんは一体此所で何を想ったんでしょうか…」
ジュリは俯きながら燃えさかる光景をジッと見つめようと必死になっている。
必死で見ないでつい逃げてしまいそうになるが、此所で足を止めていても根本的な解決はしない。
歩き出すしか無いと思って足を踏み出すとレクターは逆に後ろを振り返る。
「此所がウルベクト家? みたいだね…ウルベクト家の表札がまだ建っているし…結構良い感じの家だけど…田舎の家って感じ」
「お前さ。この街が燃えている光景を見てまず感じる感想がウルベクト家の感想?」
「だってもう終わっていることだし…何か思うことなんて俺は無いもん。終わった事にそれ以上に感想なんて抱かないよ。それこそ失礼じゃん。それにさ…無念であって怨霊じゃ無いって事は「その思いを誰かにぶつけたいとは思わない」って事じゃ無い? ならこの惨状に対して何も言うべきじゃ無いんだよ」
「レクターにして以外と真っ当な事を言うんだな。どのみち納得できない上に誤魔化された気がするけどな」
「今のウルベクト家の方が大きいよね?」
どうやらマジでこいつの中ではどうでも良い案系のようだった。