西の近郊都市 9
エネルギーを異能殺しの剣で切り裂くとエネルギーは居場所を失ったように散り散りに散り始めていくが、そのエネルギーをまるで求めるように周囲から無数の蛸足が生えていきエネルギーを絡め取る。
エネルギーは無理矢理拘束されていき、俺はそんな蛸の足を切り裂いて解放しようとするし、エアロードとシャドウバイヤも同じように試みるがまるで効果的な攻撃にならないまま、周囲の壁を粉砕して現れたのは二十や三十を超える蛸の足とその上にくっ付くように生えている半裸の女性だった。
あまりにも見たことが無いその姿にドン引きする俺、女性はそのエネルギーを取り込んで行くが、俺はそんな事を許すわけには行かないと斬りかかるのだが、化け物は俺を蛸の足で吹っ飛ばす。
俺は崩壊した建物で出来た足場に上手く着地し、エアロードとシャドウバイヤも俺の隣へと飛んでくる。
「あれはなんだ? あれはなんなんだ?」
「知るかよ。でもどうにもあのエネルギーを欲しているようだ。無間城が持っていた膨大なエネルギーは帝都を中心に四つの近郊都市中に散ってしまった。そのウチの一つがあれだ。でも、どうしてあんなエネルギーを求める? あれは何だ?」
「知らん。だがやるべき事はハッキリしたでは無いか。あれを倒せば良いのだろう?」
「それもそうだな。ソラ。やるべき事がハッキリしている以上はやるべき事をするべきだ。エネルギーを解放するのだろう? ならあれを倒せば良い」
「そうだな…どのみち立ち塞がるのなら倒すだけだ! 二人は遠距離からの援護を頼む。取り込んだ以上はかっさばいてでも取り出すだけだ。無撃! 三ノ型! 永延舞!!」
俺は異能殺しの剣を握りしめて走り出していく、蛸女と名付けた対象は五本の蛸の足にまるで水流のようなものを纏った攻撃を繰り出してくる。
俺はそれを連続攻撃で次々と切り落としていき、同時に別の蛸足が横からなぎ払おうとしてくるのを体を空中で捻って回避しつつ切り裂き、蛸足を足場に跳躍する。
すると今度は左右から五本ずつ同じように攻撃を繰り出してくるが、それはエアロードとシャドウバイヤがドンドン打ち落とされていき、撃ち漏らした分を俺は切り裂きながら足場として再利用。
そしてそのまま蛸女の真っ正面までやって来て、蛸女に向って斜めに切りかかる。
斜めに切られた蛸女はフラつきながらも俺を捕まえようと右手を伸ばすが、その姿はあまりにも遅くのんびりしており、俺はそんな攻撃を余裕を持って回避しつつ右腕を霧と落す。
苦しむように悲鳴を上げる蛸女。
「欲しい! 欲しい! 私も永遠が欲しい!!」
「永遠? まさかお前は不死者になりたくて? いや…違う。お前は元不死者か?」
「欲しいの! もう死にたくない! 人である事すら止めたのにぃ!!」
「人である事を止めた!? だから苦しむんだ! そんなエネルギーを手に入れても何も変わらない!! お前は一生孤独だ!」
俺は悲鳴を上げながらも俺に襲い掛ろうとする蛸女に対し異能殺しの剣を向けて切り裂き、蛸女は更に悲鳴を上げて俺に向って蛸足で攻撃を繰り広げるが、それの殆どをエアロードとシャドウバイヤが打ち落としていく。
遠距離を維持しているエアロードとシャドウバイヤには流石に攻撃が届かないのだろう先ほどから完全に無視している。
俺は振り下ろされた蛸足の二本を異能殺しの剣で切り裂いてから蛸女を縦に力一杯剣を風呂下ろした。
真っ二つにされてしまう蛸女は最後に断末魔を上げてそのまま消えていく。
不死者になった者の相応しい末路だろう。
解き放たれたエネルギーはそのまま何処かへと消えていき、空間が崩壊していく。
「元に戻る訳か? やれやれ…タダ飯を喰おうと思っていただけなのにな…」
「罰が下ったわけだ。これに懲りたら少しぐらいまともに過ごそうとしたらどうだ?」
「? 何故この程度の困難で大人しくしていないといけない?」
「お前達と話をしていると心を磨り減る。と言うか疲れる…そろそろ元の空間に戻るぞ」
辿り着いたのは建物の最上階一帯にあるという美術館の出入り口近くのトイレ前の廊下、人通りが少ない場所であったことがむしろこの場合は助かった。
俺達が突然現れる所を見ている人は居なかった。
別段見て入るつもりは無かったが、ここまで来た以上は中も見ていこうかなと思ってチケットを購入しようと歩き出す。
「む? 何故中に入ろうとする? 私達に最も似つかわしくない場所だぞ」
「少しぐらい芸術を知ろうと試みろ。俺は入る。嫌ならここから二人で移動すれば良い。最も俺が居ない中で何をするのかと言うことだが」
「ムム…ソラが無いとただ飯が食べられないでは無いか」
「なら黙って着いてくれば良いさ」
俺の背中にくっ付いて着いてくる両名、俺はチケットを購入後美術館の中へと入って行く。
まず絵画が両サイドに並んでいるのを黙って見て行くと、奥の方に見慣れた人を見た気がした。
エアロードとシャドウバイヤが「また余計な者を見つけたんじゃ…」と警戒したような顔をするが、流石にそういうわけじゃ無いと両者に説明。
俺は少し駆け足気味に近付いていくと、やはりと想って声をかけた。
「師匠の奥さん。此所にいらっしゃったんですね」
「ソラ君。ソラ君は芸術鑑賞?」
「ええ…まあ……そうですね」
実は偶々トラブルに巻き込まれてそのまま近くに居たので入ったなんて言えるわけが無い。
俺はこの場でもう本題に入ってしまっても良いだろうと思って歩きながらある程度の説明をしてみた。
周りに師匠の子供達が居ないところを見てもどうやら一人で来ているようだし。
「…嬉しいけど…あの人以外にも生き返るべき人なんて沢山居るわ。勿論生き返ったら嬉しいけど…」
「あの人じゃ無いといけないんです。あの人が本題を満たすために生き返る条件を持っている人間なんです…いや違うか。それも本当だけど…」
俺は今俺以外を理由にしている。
そうじゃないはずだ。
俺があの人に、師匠に生き返って欲しい理由を何も説明していない。
じゃないとこの人はきっと納得できないはずだろう。
「俺が生きていて欲しいんです。あの人にこれからも教わることが沢山ある。そんな中であんな納得できない死に方をされて…俺は何一つ納得できない。誰かが何を求めているからとか、それを誰かが求めているからとかは良いわけでしか無い。俺は…師匠に生きて幸せになって欲しい。あの人はようやく家庭を大事にしようとしていた。俺が強ければあんなことにならなかった。あんな奴の思惑通りには成らなかった。俺自身の失態をここでなんとかしたいだけなんだ」
俺はあの時心底後悔した。
ジュリが居なければ何一つ立ち上がることが出来なかったかも知れない。
何度も思い知らされた。
何度も何度も思い知った。
俺は多くの人に支えられて今も戦っているし、これからだって変わらない。
その多くの人の中に師匠がいない…それが耐えられない。
「生きて幸せになって欲しいと願い、その為に多くの人が動いてくれている。それでも…駄目ですか? ガーランド家の為にという理由では断るのなら、俺のために引き受けてください。俺の我儘です。俺の我儘であり、前任の聖竜の我儘であり、死んだ三十九人の我儘だと思うんです。アックス・ガーランドに生きていて欲しい」
俺が向ける真っ直ぐな瞳を前にして奥さんは優しく微笑んだ。
「ここね…あの人が初めて連れてきてくれたデート場所なの。いつも何処か寂しそうな顔をしていて、でも私の前では絶対にそんな顔をしてくれない人だったけど…私は何時だって見て居た。ソラ君…良いの?」
「はい。俺は生きていて欲しいんです」
「ありがとうね…ほんとうにありがとう」
師匠の奥さんは大粒の涙を流していた。