夢幻を手に入れた者達 9
一通りの事を語り終えた俺はふと南区中央駅前までやって来ていたが、師匠はそこでふと足を止めて俺の話を少し聞いていると「無間城跡を見てみたい」とい出した。
あれから二ヶ月ほどが経過し、まだまだ帝都は肌寒い季節でもあるがそれでも日本では微かに春の匂いがきっと漂ってきているに違いない。
一連の作戦も無事終わり、俺達は前に向って進んで行くだけなのだが、あれ以降割と大人しく日々が進んで行く中、師匠は生き返り今日無事軍を退役する事になった。
そんな師匠から無間城の戦いとその後に待ち受けていた師匠自身の復活劇を教えて欲しい、そんな事を頼まれてしまった俺はとりあえず前半部分を語り終えることになった。
ここまでで前半部分、これから後半部分なのだが師匠はその前に帝都南の郊外にある郊外都市の間にある草原に落ちてしまった無間城跡をみたいと言い出したのだ。
まあ良いかという軽い気持ちで俺は地下鉄に乗り帝都南外門前まえ移動する事になったが、その間師匠はとにかく無口だった。
そもそも師匠は地下鉄に乗るのって初めてでは無いのだろうか?
この人普通にセレブな生き方をしてきたはずだし、軍本部に行くときも迎えが来ると聞いた事がある。
だからこそ師匠の奥さんはこの人がちゃんと帰ってこれるのか少し心配なのだろう。
実際前日に俺はこの話をもう既に聞いていたし、その時に頼まれ事もされていたのだ。
師匠は地下鉄のホームに辿り着くと興味深そうに周りを少しだけ見てみるが、直ぐに大人しくなって椅子に座り込んだ。
まあこの人がはしゃぐなんて考えられないか。
「ソラは地下鉄には乗ったことがあるのか?」
「? まあ…南区に買い出しに行くときは使う事もあるかな…最近はバイクだけど」
「そうか…私は乗ったことが無い。地下鉄という乗り物が新市街地にあるという噂は聞いたことがあったが…」
「だろうね。あまり想像出来ないし。でも父さんも乗ったこと無いんじゃない? あの人基本トラムとバスでの移動だって聞いたし。軍本部まで家からトラムとバスだけで移動出来るはずだし」
「だろうな。お前がその通りに移動するからな。そもそも士官学校と軍本部は近いからな…下手をするとあいつのことだもっと近道を使って居る場合もある。あいつは士官学校在籍時代も近道や裏道を探すのが得意だったな」
「師匠は?」
「……どうだろうな。早くに父親を失って兄達も直ぐに戦争で死んだからな…速く自立しなくてはという想いが強かったかも知れない。あまり良い青春を過ごしたという記憶があまりない」
そう言えばそんな話を聞いた事があるな。
師匠は早くに父親も兄弟も失ってガーランド家の当主になるしか無かったと、そう言えば母親も早い内に失ったんだったか?
だからこそ皇帝一家も随分ガーランド家には神経を注いだって聞いたな。
そもそも貴族制は今から五百年前に無くなったとは言っても、それでもガーランド家は元とはいえ武術や兵法で有名だった貴族だった。
今の軍部の基礎的な部分はガーランド家が平民と共に作り上げたもので、そういう意味でガーランド家は何時でも戦争において最前線に向ったと聞いている。
元貴族としての在り方をそのまま身をもって証明してきたガーランド家を失う事を皇帝一家は酷く恐れてきた。
実際皇帝陛下は師匠を失った時誰よりもショックを受けていたそうだし、身をもって誰かを護るという在り方。
人は国の礎になれるという在り方を、国を維持するためにも国民が必要だし、国民があるからこそ国がある。
人を蔑ろにして生きる国を国とは言わないが、同時にトップもまた必要。
ガーランド家が結局で五百年前に貴族制を廃止してでも維持したかったこと、それは貴族が権利を独占するのでは無く、皇帝一家を象徴とし国民一人一人に預けるという事だった。
貴族という少数のただの世襲制を受け継ぐだけの、次の子が決して優秀かどうかすら分からない、何もしないのにただそこに居るだけで受け継がれていくことの愚かしさにガーランド家は誰よりも早く気がついた。
これは後になって皇帝陛下から聞いた話だったが、ガーランド家は実はジェイドの一族の血を引くのだとか。
まだ彼が人であった時代に例の愛する人との間にたった一人だけ子を残したのだそうだが、皇帝陛下曰く「あの人は知らなかったはずだ」と。
その後皇帝一族が大事に育ててきて、その内皇帝一家の元で貴族としての頭角を伸ばしていった。
この世でジェイドがハッキリと残している自分という一族の在り方、なら海はどうなのだろうと思って皇帝一家に聞いてみたのだが、海もまたジェイドの一族の末裔になるのだとか。
ジェイドの子は二人おり、男の子は直ぐに見つかったそうだが女の子の方は見つからなかった。
ブライト曰く「多分聖竜が運んだんだよ。これもまた一つの可能性だったんだと思うよ」と。
『要するに当時の聖竜は初代ウルベクトの子孫が戦うのか、それともジェイドの一族の末裔が戦うのかでまだ決めあぐねていたんだと思う。でも、結局で確実な方法を取る方を選んだ。異能殺しという確実な方法を選んだ。きっとそれ以外にも色々と候補は居たんだと思うけど…』
受け継がれていく時間の中で沢山の人類代表候補が居たのだろうと、ジェイドの相手を誰が務めるのかと考えていく過程で一体どれだけの人が不幸になっていったのだろう。
そう考えると少しだけ辛い気持ちになる。
そんな考えをして居る間に俺の目の前に一本の電車が停車し、多くの人が列車の中から出てくるのを一旦待って師匠と共に列車の中へと入って行く。
師匠は全く動揺することも無くただジッと事の成り行きを見守っているように変わることの無い窓の外の風景を見つめて居た。
師匠が生きているという奇跡だけで俺には十分だが、多くの人がそんな奇跡から外れていることは間違いが無い。
人は死ねば戻ってくることは無い。
それは本来であれば自然の摂理であり、基本的な事である。
だからと言ってただ死んでいくことを俺は見守るだけの事は絶対に出来ない。
「そろそろ外壁か…」
師匠の呟きで俺はもうそんな所まで来たのかと思って窓の外へと顔を向けると、駅のホームへと辿り着いた。
俺は師匠と共に駅からエスカレーターに乗って出て行き、大きな横に伸びる大通りへと出てくると、俺と師匠はそのまま外門から外へと出て行く。
見渡す限りの草原、そんな草原に崩壊した無間城が鎮座しておりそんな無間城を工事中とでも描いてあるのかと思うぐらい柵が沢山囲っている。
その中を今頃沢山の研究員達が調べ上げているに違いない。
歴史的建造物と言っても良い価値のあるものが帝都の直ぐ近くにあるのだから。
「あれは…動くのか?」
「ううん。ブライト達曰くもう動く事も無いらしいよ。完全に機能を失っているんだって。それもジェイドの予想通りの結果なんだと思う。結局であの人の予想通りに終わったのかな? あの人は自分が死ぬまでの過程もまた予想していたらしい」
「かもしれないな。それは同時に今の人類に未来を託したと言うことでもある。まあ…そんな綺麗事じゃ終われないか」
「現実的なんだよ。例え世界から批判されて非難されてもあの人はきっと自分の信念を貫き通したんだと思う。きっと本当の意味で全ての人間に理解出来ると思っているわけじゃ無い。だからこそ理解出来てくれる人にあの人は託したんだ」
俺達に託して行ったんだ。
それが後に起きた出来事を思えば良く分かる。