夢幻を手に入れた者達 8
メメントモリが最後に断末魔を上げながら消滅するところをしっかりを目撃した所でようやく気を抜くことが出来たのだが、ではジャック・アールグレイが何を思ったのかクルリと身を翻して何処かへと消えようとしていた。
すると、影の中からダークアルスターがジャック・アールグレイの側に姿を現す。
何時から潜んでいたのかはきっと聞かない方が良いのだろうが、潜んでいた以上何か意味があると思いたい。
「これで私の役目も終わりだ。後は始祖の竜の告げ通り好きなように生きさせて貰うだけだ」
「役目?」
「私は始祖の竜から今回の計画の事の詳細をしっかりと記録しろと言われていた。見届けることが私の役目でもあった。始祖の竜は四つの竜にそれぞれ役目を与えていた。光竜は無間城を封印しその復活方法を残す。影竜は不死者側の人間を募る。聖竜は人間側を選び最低限の所まで導く。そして、私が結果を観測し確認することだ。始祖の竜はあくまでも人間と言う種に世界の行く末を決めさせるつもりだったのだ。可能性を与えたこの種族が一体何処まで進む事が出来るのか。その先に人と竜がわかり合える世界があると信じ。その後の世界が可能性を選んだ場合は「好きに生きよ」と命じてな」
「…俺は沢山の人に救われて生きていたんだな」
「それはおかしいことじゃないんじゃ無いからしら? 人である以上は誰かに助けられて生きている者よ。それが一人で生きる事が出来るのは不死者だけよ。他者と共に生きることが出来る者はどんな存在でも私は人だって思うけど? ボウガンはどうなのかしら?」
キューティクルは豪華なドレスをこれでもかと見せつけながらも俺にそんな事を言い、そのままクルリと振り返ってボウガンの方を見る。
ボウガンは何か考えるような素振りを見せるが、その内仏頂面へと変わってしまう。
そんな事をして居る間にジャック・アールグレイは部屋から出て行こうとしていた。
「これ以上君達と付き合うつもりは無い。金はもう貰ったしな。追加料金だけ貰って私はさっさと撤退させて貰うさ。それに私は君が嫌いだ。私達がお互いに天敵である事を忘れてはいけない。今回は共通の敵が居たので共闘させて貰ったが、次は敵の可能性があることを忘れてはいけない」
「忘れるつもりは無い。もしお前がこの先俺の近くで犯罪を起こすのなら俺はお前を潰すのに容赦はしない」
「それでいい。精々そこの人間に戻りたいと願う者でも導けば良い。この先君が何をしようと私はもう…関わらない。ワザワザこれ以上金にならないことをするつもりはない」
最後まで金ばかりだったな。
そう思って俺は改めボウガンの方を見ると彼は上をそっと見上げて呟くようなか細い声を漏らす。
「人は人さ。吸血鬼は吸血鬼だし、悪魔は悪魔だ。だけど…いい加減吸血鬼で居ることにも飽きたかな…生き残ったんだ。ボスの助言通り人に戻る努力でもしてみるさ」
「あら意外と助言を真面目に受け取るのね。てっきり難癖付けて逃げるのだと思ったけど? そっちを期待していたのだけれど…まあ良いわ。私もさっさと逃げさせて貰うわね。でも…貴方は少し焦ったら? ソラ・ウルベクト君。この城。このままじゃ結界を突破して帝都に落ちるわよ」
そうだったと思って立ち上がりどうすれば良いのかと少し考えてみると、ボウガンは「気にすることは無い」とだけ言っていた。
「ジャック・アールグレイが今頃向っている頃だろう。金さえ払えば何でもするあの性格上恐らく大統領辺りから追加料金を貰って依頼を受けているはずだ。あの大統領や皇帝がその辺りを検討していないとは思えない。先ほど言っていた追加料金を貰ってと言うのはそういうことさ」
「もう細工をしてあると?」
「ああ。あの男メメントモリ一旦撃破してから帰ってこなかったろう? 恐らく操作システムの部屋へと入り込んだのだろう。ダークアルスターが初めっから無間城の内部構造を知っていたのなら操作システムが配置されている場所ぐらいは分かっているだろうしな」
そんな会話をしていると無間城が急に動き出し帝都から離れていくのが分かる。
俺は急いで部屋から出て行こうと走り出す。
そこで一旦足を止めて再び部屋の中へと顔を向けるとボウガンと目と目が合ってしまった。
「アンタはどうするんだ?」
「…生きるさ。ベルの言う通り。君こそ気を付けて生きるといい。この先まだ試練があるだろう? 不死殺しの剣と異能殺しの剣が一つにならなかったと言う事はまだ戦う場面がある。不死者達の魂と戦う必要があるんだ。そっちに集中するべきだ」
「アンタは…」
「俺の役目は終わった。それに俺にはまだ戦うべき化け物達が居る。いずれ必ず彼奴らは復活するだろう。その時に俺は戦うだけだ」
「その時は…」
俺は一旦吐き出した言葉をつい飲み込んでしまいそうになるが、ジェイドの遺体が消えていくのが見えた時「ほら…」と言われた気がした。
「その時は俺も戦う。不死者達と戦うのは俺の役目でもあるんだ。せめて俺にも半分背負わせてくれ。そして…俺はアンタを人間に戻す事だって諦めない! ベルと約束する。絶対アンタを人間に戻す!」
「…ベルといい。お前といいこの世界にはお人好しが多くて困るな。おちおち一人で生きる事も出来ない。ギルフォードもそうだ。普通なら恨んでも仕方が無いと思うのに…君が変えたのかな? なら…」
ボウガンは崩壊しつつある城を見つめながら俺にだけ聞えるような声で呟いた。
「これも聖竜の…始祖の竜の導きなのかもしれないな。三十九人が「ソラに託す」と言っていた言葉の意味、その時に彼等が告げていた。「この先にある笑顔になれる世界を作りたい」と言っていたことをお前は理解させてくれるのかもしれないな」
「彼等がそんな事を…?」
「ああ。言っていたよ。命を預けて、未来を作りたいと。命は巡るんだ。少年は選んだのだろう? 未来を生きると。可能性を選んだのならいつか巡り逢えるさ」
俺は三十九人を思い出して一筋の涙を流してしまった。
「三十九人だけじゃない。ジェイドも、今まで俺と戦ってきた多くの人達だって…俺にとってはここまでこれて良かったと想えた」
「ならそんな想いを抱きながら生きる事だ。お前の命は決して一つじゃ無い。俺も…」
「そうだよ。本当の意味で孤独な人間なんて居ないと思うよ。どんな存在でもきっと誰かと繋がって生きている。俺も…皆も。生きる限り人は繋がっていられる。俺はこの戦いを通じて知る事が出来た」
「熱いわね~お熱ね~」
「キューティクル? お前去ったんじゃ無いのか?」
「去るなんて言ったかしら? お熱いわね~」
「良い性格をしているって言われているでしょう?」
「そうね~それが私だもの。悪魔であるキューティクルという存在だもの」
「じゃあお前は悪魔を続けると?」
「そうね…そこを偽るつもりは一切存在しないわ。やっぱり他人に迷惑をかけることも、契約に従って生きる事も楽しいもの。でも…ジェイドみたいなのにぶち当たりたくは無いから悪戯する相手は選ぶけどね。まあ…精々私の知らないところで頑張って頂戴私は遠くから見守っているから。文字通りの意味で応援だけはして居てあげるわ。もうジェイドの二の舞はご免だもの」
キューティクルは最後「じゃあね~」とだけ言って姿を消し、ボウガンは最後に俺の方に向ってベルの鍵と貝殻のペンダント見せつけて「ありがとう」とだけ告げて去って行く。
俺も早く戻ろう。
そう思って俺はエレベーターへと向って歩き出していった。