無間城の戦い 31
ではどうやってケビンの氷の山を攻略したのかと言えば、キューティクルは大量のヘドロで部屋中を満たし、透明度を打ち消そうと考え付き部屋中をヘドロで満たした。
足下から天上まで至るところからヘドロが溢れ出てくると、案の定氷の山も同時にヘドロの中へと消えていくが、ケビンはそんな中ヘドロを纏めて全て凍り付かせようと青色の光を周囲へと乱射していく。
キューティクルの視界がドンドンヘドロの氷で満ちあふれていき、ケビンの姿も同時に消えていく中でキューティクルは少し顔をしかめる。
当初キューティクルはケビンがヘドロを吹っ飛ばして活路を開くと予想していたのだが、敢えて視界を更に塞ぐようにヘドロを凍り付かせるとは思いもしなかった。
ヘドロが光の妨害をするし、一個一個を破壊していたら流石に居場所を知らせるだけ。
ならケビンは纏めて吹っ飛ばして血路を開くだろうと、そうしたらその瞬間に姿が見えるだろうから反撃する…そういう計画であった。
しかし、ケビンは敢えて先に足場を整える事を考え付き、その後整った足場の中で身を隠してしまったが、キューティクルがまず取った行動は黒いヘドロでエネルギータンクを護るという行動だった。
黒いヘドロ自体には特殊な効能が混じっており、基本吹き飛ばすことは出来ても完全に消すことは非常に難しい。
それを氷結させれば強固な盾になることは間違いが無い。
だからこそエネルギータンクをヘドロで満たせばケビンもこれ以上氷結させることは難しくなる。
「どう出るのかしらね? このヘドロを吹っ飛ばす? そうするには姿を表わす必要があるわ。それにこれならどうかしら?」
更にエネルギータンクを護るように黒い球体を漂わせ、ガードさせつつケビンの動きに注視する。
ヘドロを吹っ飛ばすには赤い光線を浴びせて爆発させるしか無い、そうすればケビンは一度確実に姿を現さないといけなくなるだろう。
かと言ってこれ以上氷結化を進めるわけには行かないケビン、黒いヘドロは別段引火燃料という訳じゃ無い。
「シールドで光線を反射させるか…それとも一か八かで自ら姿を現すか…どっちからしらね? でも私をこの場に固定したことは褒めてあげるわ。このエネルギータンクを護らなくちゃいけない私はこの状況ではこの場から動けない」
視界が悪い中では動きようが無いキューティクル、自らが立てた勝利条件と敗北条件の為にもここでエネルギータンクを死守する必要があるわけだ。
どこからやってくるのか注視しながら見守っているとシールドが一つ物陰から姿を表わした。
しかし、肝心のケビンは姿を現さずキューティクルも敢えて動かないようにと意識を更に集中させる。
すると今度は別の物陰から新しいシールドが姿を現し、キューティクルは流石に驚いてしまうが、次から次へとあられるシールドは合計で五枚。
五枚のシールドが空中を漂っており、これが何を意味するのか全く理解ができずキューティクルは緊張感を隠せないでいると、物陰から一筋の赤い光がシールドに着弾した。
着弾した赤い光はまるで鏡に当たったように反射し別のシールドへと着弾する。
更に次の鏡へと反射して当たる赤い光をキューティクルは黒い球体でガードするが、畳み掛けるように次から次へと赤い光が物陰から姿を現す。
しかし、一度見れば流石に驚くことはしない。
冷静に見ていれば経路を複雑にしているだけで近付いてきたときに黒い球体で護れば良いだけ。
三つほど襲ってきた赤い光による攻撃を防ぎきり、キューティクルは一旦止んだ攻撃の隙に凍り付いた黒いヘドロを吹っ飛ばして見せ、ケビンが隠れているであろう場所目掛けて容赦無く攻撃を浴びせた。
その場の空間ごと吹っ飛ばしてしまう中、キューティクルはその際に立ち上った煙が止むのを待ちわびていると、そこには何もなかった。
幾ら威力の高い攻撃を浴びせたと言っても流石に粉々になっている訳がないと思っているからこその驚きであり、キューティクルはてっきり攻撃が飛んできた方向にいると思って居た。
しかし、そこにあったのは一丁の拳銃でありケビン本人はいなかったのだ。
驚きで身動きが取れない中大きな爆発がエネルギータンクの方からやってくる。
キューティクルは驚きのあまりそっちを見ると吹っ飛ばされているエネルギータンクの残骸、同時にその近くに佇んでいるケビンの姿があった。
「どうやったのか教えて貰っても良いかしら? てっきり貴女はあそこにいると思って居たのですけど?」
キューティクルは真っ直ぐに一丁の拳銃を指さす。
「大した事ではありません。シールド自体は遠隔操作でコントロール出来ますし、後は反射具合で幾らでも照射する方向をコントロールすることが出来ます。あれは私があそこにいると思わせて視界をそちらに釘付けにしておくことが目的で、私はそのまま後ろに回り込んだだけです」
「なるほどなら私がヘドロで空間を満たすこともある程度は予想していたのかしら?」
「いいえ。流石に…でもそれを見た瞬間に頭に思いついた作戦がそれでした。後はどうやって破壊するかでしたが、破壊力のある攻撃手段で良いのであれば私は楽に出来ますので」
そう言ってケビンはシールドを取り出してそれを適当な氷の山へと投げ付ける。
すると、シールドはそのまま氷の山に付着したかと思ったら大きめの爆発を起こし、シールド自身は無傷の状態でケビンの手元へと戻ってきた。
「シールド自身を爆弾に変えました。最も爆弾と使用している間はシールドを増やすことは勿論それを使う事も出来ないので少し困りますが…この状況なら流石に困りませんし」
「でしょうね…流石ね。いや…単純に先頭のプロを相手にしたら勝ち目が少ないと思っていたけど…その通りだったわね」
「分かっていたと?」
「ええ。所詮は悪魔。不老不死とは言っても戦闘技術でプロに勝てるとは思って居ないし自惚れてもいないわ」
キューティクルは自身をあくまでも「悪魔」という存在で見ており、戦闘だってジェイドの仲間に入って初めてしたのだ。
異能の力で誤魔化しているが、正直に言えば戦闘歴でいればケビンの方が圧倒的なほど上である。
真っ向勝負では勝ち目が無い上、押し切られたら殺される可能性が高かった。
だからこその勝負にルールを明確化させて多少なり勝率を上げようと試みたが、ケビンはそのルールを逆手にとっての行動に出来た。
キューティクルはケビンを殺すか追い出す事が勝利条件にしているが、彼女の敗北条件がエネルギータンクを破壊されることである以上深追いが出来ない。
自分を殺されないためにと安全策のつもりで立てた作戦が自らの首を絞めるかけに終わった。
正直に言えばエネルギータンクなんてどうでも良かったが、戦う以上は全力で勝ちたいと決めていたからこそのルール提示だったが、ケビンはそれを逆手に取った。
「貴女がルールを言い出した時点で貴女自身にこの戦いに対するモチベーションが低いと分かりました。カールのようにジェイドを護りたいとか、ボウガンやメメントモリのように個人的な理由があるとか、そういう理由が貴女には全く存在しない。だからこそ自分が死なないためのルール設定が必要だった。正確には生存確率を高めるための勝敗設定だったのでしょうが、私のような人間からすれば勝ちやすさが増しただけでした。多分難易度で言えば『イージー』でしょうか?」
「ふぅ~ん。言ってくれるわね。良いわ。私の負けよ。まあ…私はこの戦いに対するモチベーションが低いことは認めるわ。あの少年に伝えて頂戴。後の事は一切考えずに勝つ事だけを考えなさいって。私とボウガンは勝つことを祈っているわって」
その時キューティクルは初めて心からの笑顔をケビンに見せた。
その笑顔は正しく天使のようだった。