無間城の戦い 29
キューティクルという女がではどんな奴なのかと言えば基本怠惰で面倒くさがり、その上自分本位な事ばかり考え付き、迷惑をかけることが彼女の生きがいであると言えば少し大げさかも知れないが、悪魔として生まれていた彼女がではどうして不老不死になったのかと言えば、これは実は彼女が純粋な悪魔ではないから。
キューティクルは悪魔の母を持ちつつ父親は人間と天使の血を継ぐ人間でもあった。
生まれながらにして三つの種族の血を継ぐ彼女は、他の悪魔同様契約を尊重し他者に迷惑をかけることに対して拘りを持たない。
その代わり悪魔と同じように基本「例えどんな内容でも契約は護る」という基本ルールだけは守り、悪魔以上に個人で動く傾向があった。
基本悪魔も天使も人間もそんなミックスと言っても良い存在を認めたくないのだろうし、そういう意味ではキューティクルは正直恵まれているとは言えない。
だからこそ、世界か自分の為かと選んだときキューティクルは容赦無く「自分の為」を選んだのだ。
悪魔も天使も人間も妖精も彼女には関係が無い、どの種族からも基本疎まれる彼女は天使のように慈悲を持って接しようとも、悪魔のように律儀に生きようとも思わない。
自分が楽しいことのためにだけ生き、その為に障害を費やす。
独特な生まれ故に基本周囲に馴染めないキューティクル、初めて出会った畏怖すべき対象から契約を持ち込まれた時は心臓が奪われるかと持った。
しかし、彼女が悪魔と分かっていたからこその契約、彼女は「これに従わないと殺される」とハッキリと分かっただろう。
逆を言えば死が経っている間は殺されないという思いから軽率に契約を結んだわけだが、今こうして決戦に向っているときキューティクルは此所までの道のりを思い浮かべて「まあ…悪くないかな」と思えるようになった。
ジェイドは「キューティクルなら生き残りそう」と予想し、もし生き残れたらと別の契約を結んだ。
無論それが契約だと言われた以上はそれを護るのがキューティクルであり、悪魔であるが由縁であるが、正直に言えばキューティクル自身「悪魔って名乗るのも限界よね」とふと感じ始めていた。
「悪魔とは言えない生い立ちだし…じゃあ天使? 人間? ねえ…どう思う? 吸血鬼さん」
「近くにいたのバレていたのか?」
「勿論。生き残ったのね。まあ…流石はあの人の予想と言っておきましょうか。あの人…自分の生き死にも予想しているんじゃ無いかしら?」
「かもな。でも、その通りになるとも思っていない。あくまでも予想は予想、覆ることだって有る。お前の戦いの結果もお前が負けるかも知れないが、その代わりお前が死ぬかも知れないと予想しているんだろう」
「嫌な予想。でもま…そうよね? でもね私はあんた達と違ってあのケビンという女に対してそこまで恨まれていないと思うのよね」
「それ…本気で言っているのか? 十分な事をしていると思うが?」
「いやね…言い訳をするわけじゃないけどあれだって所謂契約なわけよね?」
「知らねぇよ。口調が崩れるぐらい知らん。お前がどうしてアメリカにいたのか、そこで何をしていたのか詳細を知るわけないだろうに。お前基本言うことは聞くが余計な事も同時にするだろう?」
「そうね。大人しくするって私…苦手だし。ジッとしていられないのよね」
「子供みたいな…じゃあお前の行動で不幸にしているじゃ無いか」
「いやね…だからそれも契約だったのよ。まあ…それは殺したのは私が「楽しそう」だからだけどさ」
「それを理由で行なった時点で有罪だ。ギルティと言っても良い。有罪判決を受けるレベルの問題行動だ」
後ろから現れたボウガンはキューティクルに「お前は悪魔だよ」と語りかけた。
キューティクルは右頬に右手を添えながら「そうかしら?」とふと疑問に思って見るが、やはり自分がどんな存在なのか全く分からない。
人間と言えば人間だと思うし、天使と思えば天使だし、悪魔と思えば悪魔なのだと。
一つの種族に拘らないキューティクルという存在において、仮初として悪魔を名乗っているだけで実はいつかは止めようとは思っているのだ。
「悪魔が悪魔を止めるのか? それって止められるのか? そういう気楽さで?」
「アンタと違って私は勝手に不老不死として生まれているから基本種族に拘るのは私の勝手なのよね。強いて言うなら私が楽しそうだから。私が私である理由にそれ以上って無いもの。あの人について行くのは死にたくないから」
「だろうな。ある意味羨ましいよ。いっそ清々しいとすら言えるな。お前みたいに自由に生きるコツってなんだ?」
「さあ。自分をぶらさないこと? アンタだってぶらしていないんじゃ無い? だってアンタは人に戻りたいんでしょう? それってアンタが千五百年ずっと願っていたことじゃない? だったらブレてないじゃない」
ボウガンは少し驚きの顔でキューティクルを見る。
「良いわよね。目標があると。もういっそ本当に暇になったらソラ・ウルベクトの所に行って殺して貰おうかしら」
「そんな理由で来られたらあの少年も困り果てるだろうな。超が付くぐらいに下らない理由だしまさかそんな理由で不死殺しを行なうなんて聞いた事が無い。自殺に他人を使うな」
「ほら…不老不死の死因の殆どは他殺だし」
「それは死にたくないから不老不死になる訳だし。そこに自殺が上位を占めたら色々と残念だろうに」
「私…死ねないのよね」
「苛つく理由だな。それを彼女の前で喋ったら殺されるな。百パーセント。じゃあ…わざと負けるか?」
「それも無いわね。全力で戦えって契約だし。最後の契約ぐらいキチンと熟すわ。何より私の因縁。私が楽しそうだって理由から彼女の両親を不幸にしたわけだし」
ボウガンは小声で「やっぱりそういう理由だったか」と呟く。
何となくではあるが分かっていたことであるが、改めてハッキリとそう告げられると清々しさを感じてしまう。
そう言う話を聞くとボウガンはやはり思う、キューティクルはどうしようも無く悪魔では無いのだろうと。
悪魔という種族がそんな理由で動くとも思えない。
悪という名前を背負っている彼等はそれでも『契約』を絶対にし、それを使命として取られている。
そこに少なくとも「楽しそう」という理由で乱したりそれを超える行動を取ろうとは思わないだろう。
「そんな理由で悪魔を俺達に差し出した訳じゃ無いだろうな? そんな律儀に護ろうとする彼等を」
「無いとは…言えないわね。だってつまらないんだもの。何時だって契約だとかそれが絶対だとか。そんな理由で魂を奪って何が楽しいの? この世の中楽しいことも美味しい物も沢山あるのに…下らない」
「そう言えばお前が魂を食べるところを見たこと無いな?」
「契約でそれを対象として選ばない限り奪えないもの。契約とは魂を奪う手段でもあるから。出ないとそもそも実行できないわよ」
「それもそうか。見たことが無いからどうにも理解出来ないが」
「まあ戦うのが仕事である以上は戦うだけよ。アンタはどうするの?」
「? 見守るだけだ。今はそれしか出来そうに無い。メメントモリが動くのはあくまでも少年とボスとの戦いの後だからな」
「でしょうね。全く面倒よね? まあ契約だから従うけど…」
ボウガンは「律儀だな」と言って姿を消した。
だが、キューティクルからすればそれが彼女の中に残っている彼女らしさであり悪魔であるが由縁なのかも知れない。
だが、同時に彼女にはそれを護ろうとする気持ちすらあまりない。
しかし、今だけはこの悪魔であることを続けると決めた時…扉は開いた。




