無間城の戦い 27
メメントモリという人工頭脳をどう表現するのかと言えば決してメメントモリは融通が利かないという訳でもないが、良くも悪くもメメントモリは人の『欲望』が作り出した創造物であり、やはり行動パターンにも『欲望に忠実』が絡んできてしまう。
自己の生存本能が『人の魂の理解』と『人を管理する事』に尽きるメメントモリ、人を管理して支配する事が結果から見れば人の望む『世界平和』に繋がると言う事は理解して居る。
その辺はジェイド自身が多少なりは責任を感じている部分であり、そういう考え方自体はジェイドがずっと抱いて居たことでもある。
要するに人から『欲望』を奪い、人から『願い』を剥奪して、人を隷属させつつ永遠の『今』を与える事で、敢えて悩みや苦しみを取っ払い平和を作り出す。
人は悩み苦しむからこそ争い戦うのだと、ならその元凶そのものを排除すれば平和は作り出す事が容易に出来る。
それを簡単だと言える辺りにジェイドのヤバさが垣間見えるのだが、それを正しいと言えるのがメメントモリなのだ。
コンピュータとして生きてきたメメントモリには人が生まれながらに感じる『善悪』などの考えがまるで通用しない。
カールやボウガンやキューティクルですら感じるその行動のヤバさがメメントモリには全く分からないが、それは本来人工頭脳には『生きる』という考え方が非常に難しいからだ。
だが決して理解出来ないわけじゃ無い。
それ自体をじゃあどうやって理解させるのかと言えば、それは『死』を与えてやれば簡単に理解することができる。
実はそれ自体はジェイドがかつてボウガンと共にやったことがあるのだ。
大きなコンピューターサーバーを一台用意しその一台で小さい島と十人程度の人を作る。
無論人の脳内データをある程度コピーしてから活用、擬似的な生活をさせて反映させるとそこにいるのは人も最も近い人工頭脳となる。
正しく人の頭脳をコンピュータで再現した形になるが、ジェイドはこの人工頭脳を「失敗だ」と切り捨てた。
その理由は非常に簡単で『量産できない』『人の言うことを聞かない』『生産性が無い』という点においてはそれは生み出す以上の価値がないのだと。
「人工頭脳の存在理由はズバリ『労働の代わり』に過ぎない。人が出来ないシミュレーションを演算処理で行い、労働を楽にする。道案内、工場での作業の最適化など様々でだからこそ人は人工頭脳で「労働が減る」と考えるのだ。それは全く間違いでは無い。メメントモリも結局でその延長線上に過ぎないのさ。人らしく育てた人工頭脳は決して人工頭脳と言えるか? 言えない。何故ならそれは生きているからだ。彼等は設定上生きて考えて自分で過ごして最後に死ぬ。それを人工頭脳というか? 言わない。人工的に一から十まで作ったわけじゃ無い。そんな存在を人工頭脳とは言わない。だが…」
だがメメントモリは違うとジェイドは問うた。
コンピュータという狭い世界の中で生きる彼等だが、それでも彼等は生きているとジェイドは説く。
生きるとは何か。
「生きるとは呼吸をする事か? 自分で考えることか? それとも生身の肉体を持つ事か? では生身の肉体を持たない仮想空間で呼吸をし、自分で考えて死ぬ事が出来る者は人では無いのか? 否。人だ。だがメメントモリは違う。あれは人じゃ無い。あれは機械だ。コンピュータだ。それ以上もそれ以下も無いのだ。自分で考えると言うことは他者から学ぶと言う事だ」
事前に用意されている情報を元に考える人工頭脳とは違うとジェイドは言った。
生身の肉体を持っていても、他者から常に教えて貰わないと答えが導き出せない、間違った答えでもそれを絶対だと言える奴を、そんな事が平然と出来る者はきっと人間じゃ無い。
「メメントモリはコンピュータだ。それ以上もそれ以下も無い。人工頭脳は所詮は人工頭脳でしか無く、人工頭脳として生まれた存在が人になることは出来ない。だが、それ故に間違った事でもそれが正解に出来るのも彼等だ」
人工頭脳はどんな存在からも情報を得る。
メメントモリが研究者達の影響を受けてあらゆる生命体を支配し自由を奪ってしまったように、それがメメントモリの中で『正解』となればそれが正解なのだ。
ジェイドはそれこそがメメントモリの限界なのだと説く。
不死者は所詮は人であり、故に変化変節を繰り返す生き物だ。
生きていく過程で己の行動を恥じることも、生きたいと願っていたことが死にたいに変わることもある。
最もジェイドからすればボウガンのあれは『諦め』と『罪悪感』からの『誤魔化し』に過ぎない。
しかし、メメントモリは違う。
あれは変わらない。
一つの目標に向って進み続け、コンピュータとしての寿命を迎えるまで進み続ける。
方法を変える事はあるかも知れないが、それでも最終目標までを変える事は決して無い。
「だからあれは危険なんだ。では何故私はあれを生かしたのか? 計画を進める上で必要な能力をメメントモリが持っていたからだ。不死者でこそないが、それに最も近いという点で選んだし、自分が死なない限り裏切る事は無い。真っ向からだがな」
「だがボス。それは逆を言えば真っ向からじゃないと裏切ると言うことでは無いのか?」
「ああ。私はな。ボウガン。お前の行動すら裏切りだとは考えていないんだよ。だってお前は私の願いを叶えてくれた。お前は自分の為に他者のために動いている。そこに私の願いも入っている。それを裏切りとは言わない。だが…メメントモリは違う」
ジェイドはハッキリと告げた。
メメントモリは裏切り者だ。
「あれは裏切り者だ。最初っから裏切り者で最後まで裏切り者だ。自分の為に戦い自分の為に他者を利用する。お前の計画に何処か気がつき利用して私とあの少年を戦わせようとする。そこに誰かを思う気持ちは無い。何処までも自分中心」
「まあコンピュータだし、人工頭脳だし。それは仕方が無いのではないか? ある意味キューティクル以上の自己中心主義だな。あれは以外と周りを利用したりする事はあれど以外と仲間意識が強いからな。カール以上かもしれないな。なんだかんだ言って裏切ろうとは決してしない女だ」
「そうだ。だから私はカールもキューティクルもお前すら信用している。だが…メメントモリは全くの別だ。私はあれを本当の意味で信用してはいない。だからこそ研究都市の事件でも私はお前に監視役をやらせた」
「ああ。そう言えばそんな事があったな。結局あの時はさほど動きは無かったぞ」
「いいや。アメリカ軍と私を引き合わせようとはしたさ。明確な裏切りだよ。アメリカ軍がいなくても私は計画を多少ずらしてでも決行したさ。カールを唆して説得させたのもそれだ」
「だな。時期こそ多少は遅れるつもりだったが、俺の計画では別の形があった。それをカールは早めようと提案したが、あれもメメントモリが唆した結果だしな。キューティクルは面白そうだと言って黙っていたが、俺同様にメメントモリの動きに注釈していたのも事実だ」
「ああ。キューティクルはその傾向が非常に強かった。結果から見れば助かったがな。あれは私の死後絶対に動く。信用成らない。それに…いや。コレは止めておこう。推測に過ぎない上仮説の域を出来ない。証明できそうに無い」
「そうか…」
「だから。ボウガン私が言いたいことは一つ。メメントモリが裏切ったと判断したらぶっ壊せ。あれには人としての迎年など考える必要は無い」
「もとより考えるつもりは無いさ。たかがコンピュータ如きに」
ジェイドはふと目を瞑る。
今頃ジャック・アールグレイとメメントモリが戦い始めている頃だろうと。
ボウガンは部屋を出て行く。




