サマーデイズ 1
海洋同盟での争いを乗り越えた俺達にやって来たのはほんの少しだけ長い夏休み。
色々あった俺達の夏休みは九月中旬まで続くことが宣言され、多くの人々が夏休みのスケジュールを消化している真っ最中、俺達は…………北の近郊都市跡から歩いて三十分ほどの場所にある参道の出入り口に来ていた。
時刻は朝の八時。
正直眠い上、既に奈美達は山頂目指して車やロープウェイを使って移動しているのに対し、俺達は参道を走って登るらしい。
なんでもガーランド達の師匠からの由緒ある伝統的な修行らしいが、俺とレクターとしての疑問は一つだけ。
「「なんで海が修行に参加してんの?」」
ほんとそこだけ。
師弟制度は高校一年生の夏休みから活用できるが、それ以下の場合師弟制度は使えないはずだったが?
その疑問に答えてくれたのはサクトさんだった。
「アベル君がどうして海君の面倒を見たいって法律を強引に変えさせたのよ」
サクトさんが「どうしようもない」みたいな顔をしており、俺とレクターはサクトさんの後方で喧嘩をしている父さんとガーランドの方を向いた。
父さんはそんなくだらない事で法律を変えようと思い、活動したのか……恐ろしい行動力だと思うが、その一方で物凄いくだらない労力だと思う。
というか父さんもう完治したのか………どんだけ早いんだ。
「で? なんであの二人は喧嘩してるの?」
「どっちが今回の修行の引率をするのかで揉めているみたいで…………」
どっちでもいいから早く移動したいのだが、そんな不満を口に出したところで解決できるわけもない。
ここではサクトさんが仲介するのを待つしかない、五分ほどして代表でサクトさんが引率をすることになり、あっという間に参道への道を進んで行った。
枯れ果てた山道を進んで行く、この北の山脈は三千メートル以上の山が集まっており、これから目的の場所は参道の出入り口から歩いて十二時間以上かかる場所にある所であり。
本来であれば登山をするにあたりそれなりの準備が必要なのだが、お泊り用の道具などは母さんたちが先に運んでおり必要ない。
しかし、それでも最低限の道具は必要だと思うのだが、この修行では今日中に登れればいいと道具を持たせてくれない。
『道具は邪魔になる。走っていくぞ!』
それが三人の師匠の口癖だったらしく、三人はよくこの参道を駆けっこして回っていたという武勇伝を聞いて若干引いた俺達三名。
しかし、それはつかの間の時間でレクターは直ぐにこの修行っぽい状況に興奮を覚え始め一人先走り始める。
本来であればスタミナ切れを起こす所だが、あいつは無尽蔵のスタミナを持っているのでは思わせる体力を持ち、その上ここ最近は治療の為に両腕が使えない状況だったのでジムなどで低酸素運動を行っていた。
俺はここ数日合宿に合わせてガーランドから同じく低酸素運動を進められており、ずっとランニングの毎日だった。
「山頂の空気は薄く、そこで組手などを行うと非常に特訓になる。体力は戦う時に非常に大切なものだ。特に集中力や魔導機を扱う際にも体力は活用することになる。お前達……特にソラとレクターは技術的には合格点に近い。問題は体力だろう。特にソラ。お前は体力不足が目立つ」
なんて言われた俺はガーランド指導の元、常に体力増強を求めて走っていた。
サクトさんもレクターを追いかけて先に進んで行くが、海は俺達と違って低酸素運動を積極的にしていたわけじゃないので直ぐにバテ始めてしまった。
父さんが側に近づいていき一旦立ち止まる。
「歩いていくから先に進んでいてくれ。海の事は私が面倒を見る」
父さんのそんな一言にガーランドは黙って頷きを俺を引き連れて走り出し。
枯れ果てたとはいっても所々木々が生えている場所もあるが、これから登る場所は温泉地でも有名な場所で、温かく木々があまり生えていないらしい。
「契りについて説明しておく、喋っていたら体力を失うだろうから黙っていればいい」
俺はお言葉に甘えて黙っていることにした。
「この修行は聞いての通り夏休み最終日まで行う。宿もそのつもりで取っている。最終日の完成度次第であるが正式に師弟としての証として『契り』という場所に向かう」
聞きなれない場所なのだが、それ以上に気になったのはガーランドの言葉が地味に震えているように感じた。
「契りは北の山脈にある死の谷と呼ばれている場所の一番奥、最下層にある。あそこは特殊な場所で下に降りれば降りるほど空気が薄くなり、崩れやすい道や獰猛な生き物の巣窟になっている。だからどれだけ強かろうと師匠の同伴無くして行う事は禁止されている」
分かりやすいぐらい何かあったという喋り方をしており、俺としてはその辺を突っ込みたいのだが正直疲れ切っている身ではそんな事すらできない。
「実際かなり死者もだしており、今では行わない者も多いが、我々は代々行うのがしきたりになっている。この『契り』だが、本来は師弟の絆の為でもある。我々の目標としては最終日までに契りを行う事だ」
なるほど。
非常に分かりやすいのだが、さっきから声が震えているとツッコミたいが正直走るだけでも辛い。
低酸素運動をしていなければ海と同じ地点でダウンしているところである。
「まずはこの場所の空気に慣れる。その上で剣戟の修行だ。お前の癖になっている場所や悪い点を補強する。その上で私が作った『重撃』をお前に教え、お前の『竜撃』の強化を行う。これを一か月に渡って行う」
というより走りながらドンドン酸素が薄くなっていくこの状況でなんで話が出来るのかを知りたい。
全然疲れた素振りを見せない。
というよりそろそろきつくなってきたところで、ガーランドは足を完全に止めて振り返る。
「そろそろ休憩するか。スポーツドリンクを持ってきている。体力を元に戻してまた出発だ。汗を掻いたなら適度に飲んでおけ」
ポーチから小さなペットボトルを取り出し俺に手渡す。
キンキンに冷えたペットボトルの口を開け、一口だけ飲む。
というより気になったのだが。
「見てたの?」
「ああ、疲れが顔に現れていたからな」
適度に俺の様子を見ていたという事なのだろうが、ちゃんと面倒を見るつもりなのが少しだけ嬉しかった。
冗談であるが俺を谷底に突き落とそうとしていた人間とは思えない。
「座るのなら崖の方はやめておけ、この辺の地盤はしっかりしているが、崖の方は脆く崩れやすいから上から降ってくる。崖に近づきすぎない場所で休憩しろ」
言われた通り座り、息を整えながら山の上を覗き込む。
「ねえ………山頂までかなりかかるの?」
「このペースでいけばあと………三時間か?」
絶望してしまった。
あと三時間はこの山道を進んで行くのだと思うとドンドンやる気が失われていく。
どうやってあと三時間分のやる気を出せばいいのだろう。
今からでも別ルートを提案するべきなんじゃないか思い口を開こうとする。
「別ルートとか?」
「そんなものは無い。ここまで三時間以上走って来たな。このルートを二時間ほど戻って分かれ道を東方面に五時間行けば辿り着けるが?」
「やっぱりこのルートでいいです」
今から引き返して七時間も走る体力は無かった。
結局休憩しながらであるが三時間ほど走って進んで行った乗り山頂の出入り口が見えてきた。
フラフラの足で何とか登り切り、山頂の証拠である木製の門をくぐると、大きく開けた場所に出た。
結構岩などで隠れたような場所も多く、目につく場所に四階建ての宿泊用の宿があり一番広い場所では既にサクトさんとレクターが組手をしている。
「どうする?お前さえ良ければ我々も組手をするが」
俺は満を持して言う事にした。
「勘弁してください」
もう体力は残っていなかった。