無間城の戦い 23
ギルフォードが部屋のドアを開けると対面のタンクの直ぐ目の前でボウガンは腕を組んで佇んでおり、その目はしっかりと覚悟を秘めているような目をしている。
肝心のギルフォードもまたこの部屋に来るに当たって覚悟を決めてきたわけだし、何よりも自分が信じる道を選んだつもりだった。
ボウガンは何を思い何を考えているのかまでは決して悟らせないようにしており、ギルフォードはそんなボウガンに対してとあるモノを投げ渡す。
ベルへの出入り口の為に使って居た鍵と、そのベルからソラが預かっていたモノを纏めてボウガンへと返す。
「それは彼女からだ。ソラも要らないからそれは自分で持っていて欲しいそうだ」
「…まあもう要らないだろうな。どうせ俺が死ねば全てが終わるわけだからな。ベルの人生も…」
「恨まれているとでも思うのか? まともに話しもしていないのに…どうしてそう思う? 感謝しているかもしれないし、もしかしたらそもそもそこまで考えていないかもしれないじゃ無いか」
「どうだろうな…彼女と共に過ごした毎日は本当に短かったし、その後も俺はまともに彼女と話したことは無かったはずだ。薄っぺらい人間関係だったと言えばそうだ。所詮は俺とベルの関係なんてその程度なんだ」
「そういう言い方こそが薄情だな。いや…無理矢理薄情な感じを装う事で隠しているのか? 自分の本心を…」
「………あの頃の子供とは違うようだな。あの頃のお前は騙しやすく純粋でもあった。これもあのソラのお陰なのかな? あの少年も本当に大きくなったよ。あの子をここまで導くことが俺の使命だったからあの子が小さい頃は良く見ていたよ」
「だろうな。ソラ・ウルベクトの役割を知っていたらそこまで育て生きて貰わないといけない。偶然の事故で死ぬ確率はどうしても存在しているからな。そこから護る事もお前の役割だったわけだ」
「そうだな。それこそあの子の本当の父親は小さい頃に亡くなっているしな。そういう意味ではあの子が小さい頃は半分私が面倒を見ていたよ」
ギルフォードは「至れり尽くせりだな」と呟くが、それこそソラがここまで来ないことには世界に未来が無いのだから仕方が無いことなのだ。
適度に試練を与えて、適度に導かなくてはいけない。
それこそこの先の未来をソラが歩んでくれることを多くの人が願ったはずだし、今だって帰ってくることを願っている人は多いはずだ。
ジェイドはどうなのだろう。
そう考えた所でその考えをボウガンは読んで見せた。
「ジェイドはそういう意味では帰る場所も、帰りを待ち望んでいる者も居ないだろうな。そういう意味では俺達は皆天涯孤独なんだ」
「お前は違うだろう? 少なくとも要るはずだ」
睨むギルフォードに対してボウガンは見下すような目で返す。
「まだ覚悟が足りないのか? あれだけの事をした化け物を許し解き放つと? これから先も俺が人を襲い続けていくかもしれないのに」
「しないし、させない。覚悟ならしっかりしてきたさ。ベルというあの女やソラ自身、誰よりもきっと俺の妹が望んで要るであろう『ボウガンに生きて欲しい』という願いを叶えるために」
「ベルがそんな事を望むわけが無いだろう」
「それは彼女と向き合わなかったお前が知る事じゃ無い。妹は助ける。ベルの願いも叶える。なんなら賭けでもするか? 俺達が同じ組織に居た頃よくしたろ?」
「ああ。お前は俺に勝てなかったな。今更勝てるようになったと? 思い上がるなよ。俺を殺さないとお前の妹を救うことも出来ないんだぞ」
「それはどうかな? 俺が何の対策もしていないと思うか? お前が足踏みをしている間に前に進んできたつもりだ。少なくともそのままただひたすらに死に急いでいた頃の俺じゃ無い」
ボウガンはギルフォードの目を見ながらそれがハッタリなのかそれとも本当に策があるのかイマイチ読み切れなかった。
実際の所をボウガンが言えば、もう自分が死ななくても死領の楔は自然と出て行くだろうが、それをギルフォード達が知る事は無いと思っている。
それを口実にすることで戦う動機付けが欲しいだけ。
まさかそれが読まれているなんてボウガンにはそう思えなかったし、そんな話をギルフォード達がわざわざベルにするとも思えなかったし、なによりベルが自分のそんな目的や死領の楔の仕組みを知るよしも無いだろう。
そう考えた時、ギルフォードの言う『策がある』というのがやはりハッタリなのではと想像した。
「覚悟が足りない事への配慮ならそう要ってくれれば良いのに」
「覚悟が足りないのはお前じゃ無いのか? お前…どうして弓を使わない? 聞いたぞ。お前のメインウェポンは弓だと。五極というヤバい武器を持っているんだろう? 何故使わない? いや…使えないんだ。今のお前は自分自身に抱いて居る矛盾を受け入れる事が出来ない」
ボウガンが人差し指に装着している指輪こそが異端の弓であり、普段から解放しないのは解放するまでもないと言うことと、同時に最近異端の弓が言うことを聞かなくなってきたからだ。
ギルフォードの言うとおりで最近はまるで扱う事が出来なかった。
ギルフォードはそれをボウガン自身に問題があると睨んでいたのだ。
異端の弓。
ボウガンはそれを度をしている最中で偶然彼の手の内にやって来たわけでは無いが、多分そういう言い方が一番適切だと思えた。
侵略をしていたときでは無く、普通に生活をしていたときに落した指輪をくすねたのだ。
今思えばあれは異端の弓がボウガンを選んだ瞬間だったのかも知れないと思えた。
最もその指輪が異端の弓であると気がつくのには少し時間が掛かってしまったが、それでもその弓を使えば簡単に能力を奪う事もできたし、能力を自由自在に矢として使う事が出来、その矢として使った能力はそのまま戻ってくる。
そういう意味ではボウガン向きの武器であると言えるだろう。
だが、ボウガンはここ数百年は使って居ないのだ。
その理由は単純にボウガン自身の中に迷いが生まれているし、その気持ちに矛盾した気持ちをずっと抱いているのだ。
本当は『人に戻りたい』と願いその為に生きていたはずが、生きていく過程で積み重なってきた罪に耐えられないからその『死にたい』という願いでもある。
相反する願いを抱き、その優先順位が本当は『死にたい』ではなく『人に戻りたい』なのに、彼はそれを隠しているのだ。
しかし、その気持ちは異端の弓にまで通用するわけでは無い。
異端はその生き死にすら賭けた彼の究極の矛盾、それが異端の弓を不調に追い込んでいる。
「異端の弓を使えるならお前は使っていたはずだ。逆を言えばお前がジェイドから一定の信頼があったのはその異端の弓があったからじゃないのか?」
「どうだろうな。多分誰を裏切ってもあの男は特に気にしないはずだ」
実際裏切り者を分かっていながら敢えて放置しているような人間で、そんな話をボウガンはこの城で聞かされたわけだが、自分が生きている間は敢えて対策をしないというのは徹底している。
ジェイドは基本気にしない。
そういう意味ではジェイドがボウガンを信頼していたのかと思えば正直全員が怪しいと言えるだろう。
ボウガンはそういう意味ではジェイドからの信頼は無いと言えるかもしれないと考える。
「覚悟が有るかどうかは戦えば分かるさ。策があるか無いのかなんてな。それとも今更お前は死ぬのが怖いのか? 怖くないというのであれば来いよ…かつての同胞よ」
「お前と同胞になった覚えは無いぞ。あくまでも俺はお前達を利用していただけだ。だが…その生意気な口を封じたくはなったな」