無間城の戦い 21
アンヌが慰霊碑に触れるとただ広い薄暗いだけの空間に一人の老人が立っていた。
その老人こそがカールの一族に対して呪いを掛けた張本人である事は間違いが無いと理解する。
老人はアンヌを発見するとその全てを恨むような目でハッキリと見つめるが、アンヌはその瞳の奥にハッキリとした炎を見た…決して憎悪ではなく怒りの炎を。
それが何を意味するのかはこの時点ではハッキリと分からなかったが、老人は発見したアンヌ大してハッキリとした声を向ける。
「また来よった…手放さんぞ! こいつらは儂が発見した儂だけの者達じゃ!」
「人は物じゃありません。人は命は例えどんな手段を用いても本当の意味で物にする事は出来なんです」
「出来るわ! 儂なら出来る! 儂にはそれだけの価値がある! そうじゃ…だから儂は不死者となれたのじゃ! 魂も肉体まで全てが儂の為にあると言っても過言では無いわ!」
「過言です! 貴方一人で一族全ての魂を縛り付けることは絶対に出来ません!」
アンヌは杖を老人に向けて構えるのを老人が目撃すると、老人は奇声を発しながらその身を変貌させる。
どす黒い心をまるでそのまま表わしたような風貌、前進は黒い鱗のようなもので覆われており、四つ足方向の手足は太く逞しいがその指先の先っぽまでが黒い鱗で覆われていた。
なによりも何もかもを食べると言わんばかりの大きな口を開けてからアンヌの方を見るように大きな一つ目が存在感を醸し出している。
「そうじゃ。儂は何もかもを食べる者!! 喰らい尽くしてくれる! 何故そんな儂が貶められねばならないんじゃぁ!!?? どうせ死ぬ命なら儂に寄越せば良い物を!!」
「人をどういう目で見ているのですか!? まさかそうやって何もカモを食べてきたのですか? まさか……自分の家族も?」
「そうじゃ! 何がおかしい!? どうせそいつらも私のために生きて儂のために死ぬのじゃからな!! 喰らってやったわ! 頭からガブリとな!」
「自分の家族すら…底なしの飢餓ですか? どうやら貴方を許し、貴方を優しくする理由は全く無いようですね」
「五月蠅いわ! 貴様も儂が喰らい尽くしてくれる! そうすれば儂を殺したあの男だっていつか…!!」
「殺した男? まさか…ジェイド?」
「知り合いか!? ならもはや躊躇はせん! 儂を殺したあいつだけは…じゃから呪ってやったんじゃよ! その身を取り込まれる前に儂が自ら呪ったのじゃ! あの一族は不死者に近い存在故取り込みやすかった! 分かりやすいヒントも残したしな! 案の定あの男もこの女も惑わされよった!」
一から十までが全て私欲で動き、ジェイドに殺された事も全てが自業自得なのに、この男はそれでもそれを『他人が悪い』と言い切る。
事後中心的という言葉すら生易しい正確をしており、アンヌは今までここまで自分のことしか考えていない人間も珍しいと思えた。
怒りとか憎しみを通り越した哀れを感じてしまう。
名前も知らない老人、多分自分自身ですらも忘れてしまったのだろうが、それでも『永遠に生きる』という目標だけが彼を突き動かし、その最果てに当時の初代竜達の旅団によって殺された者。
ジェイドだけじゃない、きっと初代ウルベクトもそれに参加したのだろうが、それでも当時の彼等には不死者を本当の意味でどうにかする方法があった訳じゃ無い。
しかし、アンヌは理解出来た。
この老人の一件があったからこそジェイドはこの方法を思いついたのだろうと。
「貴様も喰らってくれるわ!!」
大きな口を開けてアンヌを食べようとする化け物、何もかもを食べるその姿は『暴食』という言葉相応しく、口の奥に見えるベロやその奥までがまるでブラックホールでも装備されているのではと思われるほどの圧力を感じた。
命を食べると言うよりは何もかもを食べると言うことで、カールの一族が不死者になったのはそれこそこの老人が死んだからであるが、同時に老人は恐らく死ぬ前から自分が入り込む素体を作っておいたのだろう。
それこそ、不死者として適した素体を作りそれに不死者にさせようとした。
それが多少のずれこそあれど基本はそのまま行なわれたのだろう。
そして…生まれた不死者こそがカールであった。
「貴様もあの両親のように殺してくれるわ!」
「あの両親? どういう意味の…?」
「どうもこうも無いわ! あのジェイドか言う男の両親の事じゃ! 喰らってやっている内に逃げられるわ…散々な目に遭ったが……神は儂を見放していなかったようじゃ…こんなチャンスを儂にくれるとな!」
アンヌをその大きな口で丸呑みにしたその瞬間、化け物の体が口から足へと向って伸びていきそのまま凍り付いてから粉々になり中からアンヌが現れた。
その目は今までで一番冷え切っている顔をしている。
アンヌの足下に凍り付いた老人の顔だけが転がり込み、老人は今自分に陥っている状況をまるで理解出来なかったようで、凍り付いて上手く動かせない顔を動かそうとしていた。
「神様はそんな人間に一回一回チャンスを与えるわけが無いでしょう。貴方は他の誰よりも間違いなく神様から見放されているのです。貴方のような自分中心な人間こそ本当の意味での『不死者』と言うのでしょうね」
老人は眼力だけで何かを訴えようとしているが、アンヌが右に持っている杖を老人へと向けるのだが、すると強かった眼力が一瞬で弱くなっていく。
今から自分が陥る状況を簡単に想像出来たのだろうし、それを想像して一気に怖くなった。
「死ぬ事が怖いですか? それは貴方に食われてしまった人間全てがそう思って居たはずです…でも、誰もが貴方にそんな言葉を掛けながら、貴方はそんな人達を食べてきた。そして、死んでなおも理不尽な怒りから呪わなくてもいい人達を呪った。私は絶対に許しません」
「……!? ………!!」
アンヌは杖の先を光らせて老人の頭をそのまま粉砕した。
その瞬間カールの心の世界が眩い光と共に崩壊を始める。
「彼女をこの世に縛り付けていた束縛を君が破壊したのだ、これでカールは両親や一族と共に旅立つだけだ…」
「………」
「君は正しい事をしたのだと思うが? 少なくとも私ができない事を君はした。永遠に生きればカールは間違いなく苦しんで終わった事だろう」
「現実の彼女も…」
「今頃消滅している頃だ。だが…」
ジェイドが指さす方向には俯き蹲っているカールがおり、そんな彼女は一枚の白いワンピースを着た状態で身動き一つしない。
アンヌはどうするべきなのかと思って迷っていると、自分がやるべき事を選び歩き出す。
カールにそっと触れて起き上がらせてから一つ指を指す。
その指さす方向には同じく苦しみカールにとって自分以上に大切な存在でもあった家族と一族が待ってくれていた。
「貴女を待っているのだと思いますよ。貴女と一緒に行こうと。大丈夫不幸な事は起きない。その原因は排除しました。だから安心して行っても良いんですよ? 自分の向いたいところに」
カールは一瞬だけ悩む素振りを見せたが、彼女の両親の見せる笑顔と広げる両手を見て涙を流しながら駆け出して行った。
両親に抱きしめられて、一族に涙を流しながら受止めて貰い、一族の人達も両親も涙を流しながら「ご免ね」と謝る。
きっと言いたいことも謝りたいことも沢山あったのだろう。
許し許されてカールの人生は終焉を迎える。
一緒に歩き出していく方向は決して不幸では無く、眩いまでの未来だった。
アンヌは確かにそれを見た。
カールが笑顔で皆と共に歩き出し、そこに一切の不安など存在しない…と。