無間城の戦い 20
カールが激しい憤りを感じながらも戦いへと挑むが、そんな攻撃を捌きながらもアンヌの思考は少しずつではあるがカールという『不死者』の中にある『人間らしさ』を追い求めるようになった。
彼女が頑なに閉ざしてしまっているかつて人間だった頃の話、何故彼女自身が不死者となってしまったのかは聞いているが、彼女自身をそれをどう思い、どう感じてきたのか。
父親のことをどう思い、母親のことをどう思って、不死者として元人間として、何よりも自らの存在がそれを殺してしまったという気持ちを処理しているのか。
カールがアンヌに向って振り下ろす拳には光の一撃が籠もっているが、それをアンヌは杖で氷を張って攻撃を受止めることに成功する。
至近距離で睨み付けるカールに対してそれでも探るような目で見るアンヌ。
ジェイドを信頼することで何処か逃げようとしていることだけはアンヌにも分かってしまった事で、同時にその先にある閉ざした心と記憶を引きずり出そうと試みる。
冷静さを欠けている今のカールならもしかしたという想いが生まれ、アンヌは杖でカールと接近戦を演じている今がチャンスだと思って行動に移る。
カールはアンヌの光の拳による一撃を同じような攻撃で受止める瞬間、アンヌの心の中にアクセスした。
入り込んだ心の中は一瞬と言っても良い時間で、それでも探るには十分であり、アンヌは入り込んだ瞬間カールからの抵抗が無かったことで入り込んだこと自体には全く気がついていないと分かった。
心の中の世界はその人の心のありようがそのまま世界として空間に現れるのだが、アンヌはてっきりジェイドとの想い出の場所とか、ジェイド自身が現れるのだと思っていた。
しかし、その期待は大きく裏切られる形になる。
「なんです? これ…」
そこにあったのは焼け野原である。
焼け野原と言うには所々焼けた建物などが残っているが、それでもその建物も全て全焼している事を考えれば焼け野原という言葉が一番しっくりくるのかも知れない。
とにかく石造りの建物が十件ほど建ち並んでおり、それが全て燃え尽くしている。
しかし、そのドア一つ一つだけが綺麗に残っており、淡い光を放っておりアンヌはそんなドアの一つに手を伸ばしてそっと開けた。
すると眩い光で目が眩んでしまい咄嗟にドアを開けていた手を離してしまうが、次にそっと目を開けた時にはカールが京都での一件が映し出されており、それはそれ以上の何かを持っては居なかった。
あくまでも静止された映像という感じの場面、どちらかといえばカールがアンヌに挑んでいる場面であるが、そんな中で一人気になった人がいた。
ジェイドがアンヌを発見する。
「おや? こんな心の奥に入り込もうとする者が私以外に居るとは。此所には自発的に来たのかな? それとも此所に用事があるのかな?」
「はい。カールという人の戦う理由を知りたい。ううん。この人がどうして逃げているのかが知りたいのです」
「…ほう。君はここまで辿り着いた。ならもしかしたら知れるかも知れないし、それをカールに教えることが出来るかも知れないな。だが…いいのかな? もう分かっているとは思うがそれをカールが知ればカールは死ぬだろう。己の不死力と呪いの解除によって。父や母の元へと召されるだろう。それが君の決着で良いのかな?」
「はい。それも覚悟してここまで来たつもりです。それで自分が苦しむような結果でも、私はその理由と彼女自身を知りそれを友の墓で語りたいのです」
「良いだろう。なら教えてやろう」
ジェイドは部屋から出て行き近くにあるドアには近付かないまま一番奥へと向って行く。
「その辺のドアを開けてもあまり意味は無い。あれは私が彼女を改変する過程で増えてしまったものだ。彼女自身『ジェイドを裏切る』事を恐れているのだ。だから私がそれをしないように不安定になる度にこうして私が改変しているんだ。そう…カールは恐れている。死ぬことでは無く、自分が不死者としての本文である『命を奪う』という使命を思い出すのをな」
「それは不死者としては当然のことでは?」
「まあね。それでも嫌なんだよ。それをすれば私が殺そうとすると、それをすれば自分を不死者に変えてしまった両親や村の人達を不幸すると分かっているから」
「? どうして不幸に?」
「それが一族の呪いでもある。もし一族の者が不死者になればそれ以外は死に魂は不死者の中へと貶められ、もしカールが「そうなった理由」を思い出せば死に一緒に永劫の無へと叩き落とされる。それはある意味不幸な結末になるだろう。それを恐れている。だからこそ私を使ってでも阻止している。言っておくが、私は別段あれを助けようとしてきたわけじゃ無い。こういう時は君達の味方をするだけだ。不死者が無へと落ちるのは当然のこと。それを阻止するのは『人に戻りたい』と願う者だけなんだ」
ジェイドは中でも一番小さい家に辿り着いた。
一階建ての納屋のような小ささな家だが、同時にその周りは戦闘痕が激しく残っている。
「ここが私が一番最初に封じた場所だ。そして、彼女の原点がある」
ジェイドは全く躊躇無くそのドアを開けて中へと入って行く、ずけずけと入り込んでいく姿を見て躊躇してしまっているアンヌも流石に入らねばと部屋の中へと向って足を進ませる。
広がるのは同じ村だが先ほどとは違ってまだ村としての形が残っている場所、人通りが在る場所に一人の少女が立ち尽くしている。
家の前で立っているその姿は明らかに「幼い頃のカール」である事は間違いが無い。
「この村はかつて契約と呪いによって生きてきた人達の村であり、ようするにこの村の住民は全員が親族でもある。あそこの少女はその中でも病弱な少女だったが、竜結晶を取り込んでからはスクスク育っていったそうだ。あの日、村が襲われるまでは。不死者を恨む一団によって不死者を作り出しかねない一族は流石に許容できなかったのだろう。当時は不死者という名前を聞くだけで吐き気を催すような者達ばかりだ。そんな一人の少女の目の前で村人は民殺しにされた。そして、自分も死ぬと思ったそんな時、彼女は自らの能力で彼等を殺したんだ」
「では村が焼けていたのは」
「ああ。カールが自ら焼いたんだ。襲ってきた者達を殺す為にな。無論初めの頃は鈍いなんて知らなかっただろう。だが、とある日、呪いを知る切っ掛けがその身にやって来たそうだ。まあ隠すような事では無いからハッキリ言えば、この村にある慰霊碑にそれは描かれていた」
少女を無視してジェイドはアンヌを慰霊碑まで連れて行く。
「この慰霊碑には細工がされていたらしく、慰霊碑は村が焼かれてしまった場合呪いについて記述されるように出来ていた。彼女がこれを知ったのは村を出て十年が過ぎた頃、まだ不死者達の戦いが完全には終わっていない頃、寂しくなり帰ってきたとき、それを知った。自分が死ねば皆不幸になる。家族を大切に生きてきたカールにはそれは耐えられなかったのだろう」
「………」
「だが、家族も親族もそれを知っていたはずだ。だが、最後は受け入れて死んだ。抵抗するのならカールを殺せば良かったんだ。それが出来ないわけじゃ無い。不死者なんて殺し方はいくらでもある。それが幼い子供なら簡単だっただろう」
「でも殺さなかった。愛していたから! 彼女はそれを知りながらそんな想いも思い出と共に封じている。駄目です…逃げちゃ。それに…私。彼女達一族に欠けられている呪いに立ち向かいます」
「そうか…ならもう止めない。この慰霊碑に触れれば良い。そうすればカールとその一族を呪う呪法の元凶に立ち向かえるはずだ」
アンヌは立ち向かう…カールという少女を救うために。