無間城の戦い 17
先に戦いの場への道が整ったという報告を受けたのはアンヌであり、カールが待つ部屋へと向って一人向う際、アカシが少し心配そうな顔をしていた。
そんなアカシの表情に気がついたのか、アカシの頭を優しく撫でてから出掛けていき、軍が事前に整えていた道を真っ直ぐに邪魔も無く進んで行く。
二本の杖に白虎に玄武が着いてきてくれるだけで正直心強い気持ちだったアンヌだが、それでもカールが待つ部屋へのドアの前に立ってしまうと少しだけ不安な気持ちが襲ってきた。
勝てるとか勝てないとかいう気持ちはアンヌにはあまり存在しない。
と言うのもそもそもアンヌは勝ち負けに拘るタイプでは無く、戦いに対して他のメンバーとは違って拘りや意味をあまり見いだせない。
それでも、カールに勝たないといけない理由があるとすれば、それはこの世界に生きる理由と護りたい気持ちがあるからだと思えた。
だからこそカールが何を考えて、何を思い、何を感じて今もジェイドに付き従うのかが少しばかり気になってしまったのだ。
アンヌは閉じている扉を開き大きな部屋へと足を踏み出していく。
「度胸だけは認めてあげましょう=流石。ですが、閣下の元へと行かせません=絶対」
「戦う事に今更疑問を抱いたりはしません。でも、戦う前に聞かせてください。貴方がどうしてあの人を慕い、どうして世界を崩壊させる事に同意するのか。もう知っているのでしょう? あの人が背負ってしまっているモノ」
「………」
沈黙が帰ってきた事は何となく分かっていたが、アンヌはそこを聞かないことには戦いへのモチベーションが上がらない気がした。
要するにカールの戦う理由が知りたいのだ。
きっとジャック・アールグレイもギルフォードもケビンもその辺りは気にしないのだろうし、ソラはもう既に知ってしまっている気がした。
でも、だからこそアンヌは知りたいと思えたのだ。
カールという女性が抱く想いとジェイドへの慕い、それが導く先が分かっていながらもそれでもその先に進もうとする事を。
彼女は周りの人間達を本当にどういう目で見ているのか、本当に周りの人間達に興味が無いのか、ジェイド以外の仲間をどう想っているのか。
それが知りたいと思っての言葉に結構長めの沈黙が帰ってきたが、一度目を瞑ってそのままゆっくりと開く瞳の奥には今まで感じたことが無い感情が交じっていた。
「良いでしょう=知りなさい。私が何を想うのか=私の物語を」
カールは自分の一族のことを幼い頃や天使になってしまった時にはまるで理解をしていなかったが、それをハッキリと理解したのはジェイドに出会ったからである。
その時初めて一族が禁忌を犯したこと、それが原因で自分の一族が滅んだことも、それで両親はきっと自分を恨んでいるのだと思っていること。
アンヌからすれば「そんな事は無い」と正面切って否定したかっただろうが、話し始めた頃で口を出すわけには行かないので黙る。
ジェイドと出会う前から不死者という言葉は知っていたし、自分がそうなのだと分かったのは一族が滅んだ後の事であった。
死んでも死ねない体であると分かり、その後は不死者側の敗北で終わった戦いの影響か不死者の中には人間達のストレス発散の道具として扱われる者が殆どだったそうだ。
それも無理は無い事であり、当時の人間達は不死者に対して深い恨みを抱いて居る者達ばかりである。
だから虐められたし、殴る蹴るなんて日常的で当たり前とも言えた。
中には言いはばかられるような事だってその身に受けたわけだし、それでも逃げようと思ったら逃げられた気がする。
今ならそう思えるとカールは語るが、それを何故しなかったのかと言えば、家族を失い自暴自棄になっていたと語った。
「辛い事から逃げたかった=嫌だった。死んだと言う現実から目を背けたかった=実際に逃げた」
それはアンヌもまた分かる事である。
実際に化け物として見られ、恐れられたあまりご機嫌取りのような事ばかりさせられて、その上での『聖女』という上辺だけの役割を与えられる毎日。
酷さで言えばカールに勝てる気がしないが、当時のアンヌは辛い事から目を背けて考えないようにしていた。
監視されていることだって分かっていてもみないように、化け物だと言われていても聞かないようにと心掛け。
それで自分という人間の自分としての自分らしさを失わないで居られるならそれでいいと思えたのだ。
そう人は本当に辛い事がある時、辛いと感じるときに精神的にだけでも逃げ出そうとする。
自分は知らない、自分は見ていない、自分は聞えない、だから自分は不幸じゃ無い。
そう言い聞かせないと『自分』を保つ事ができないから、それをしなくなったら辛さで押し潰されそうだと分かってしまうから。
何度も何度も自分に言い聞かせる。
「自分は不幸じゃ無い。だって自分は何も知らないと何も聞いていないのだから」
すると不幸じゃないと言う想いは自然と周りからの離反を招き、同時に孤立を深めていくが、それでも言い聞かせる。
まるで不幸が連鎖していくように、辛い事から逃げれば同時に辛く感じるのだと分かっていても、連鎖からは逃げられない。
でも、そこに二人に共通点があるとすれば救ってくれる手があった事である。
アンヌにとってソラがそうであったように、カールにとってジェイドがそうであったように、救ってくれる人が居ればそれだけ辛かった人生が明るくなれる気がする。
カールにとっては実際にそうだったのだろう。
薄暗い閉鎖的な部屋に閉じ込められ、両足は拘束具で縫い留められており、もうそれを服と言っても良いのか分からないようなボロボロの布でかろうじて各所を隠しているだけの服。
何度も、何度も「自分は不幸じゃ無い」と呟き続け、逃げても逃げても逃げ切れない不幸な現実を前に挫けてしまったとき、ジェイドは現れたのだ。
自分を虐げる者達を、そんな組織を纏めて滅ぼしてそれは現れた。
「気がついていた=分かっていた。私を殺しに来たのだと=分かりきっていた。でも…」
目の前に現れた希望に期待したのは事実で、救ってくれると思ってしまった。
それが死でも、そうじゃ無くてももはやカールにとって両方とも救いでもあったのだから。
辛い事からいい加減逃げ出す事ができるという意味ではどちらも変わらない。
だが、そんな不幸な目に遭っているカールを見てジェイドが抱いた想いは『哀れ』であった事はカールにとって救いだったのかは分からない。
「哀れんだことは事実=分かっている事。あの人は私を哀れんだ=だから救われた。それを否定しようとは全く想わなかった=それは私の本心」
要するにジェイドは同情してしまったのだ。
この子は可哀想な子だと、そう想ってしまったからこそ内に抱えた。
それ以上に特に意味は無かったのだとカールはハッキリと断言する。
あの時のジェイドには今ほど明確な目標があるわけじゃなく、同時に人間達が抱く不死者への恨みもまた理解ができた。
だからこそ罪の無い不死者を虐げたいという気持ちも理解でき、だからその辺にカールを哀れに想うことは無かった。
では、何がジェイドを哀れに想わせたのかと言えば…それをカールが知る事になったのはボウガンと出会う前の事であった。
「ようするに閣下は私が『死にたい』と願い『死ねない』と分かっている現状に哀れんだ=それが真実。不死者である事が不幸だと=真実に。あの人は哀れんでくれた=それは私が望んでいたこと」
ジェイドは哀れんだのは『不死者に成ってしまった不幸』であり、彼女の姿に哀れんだわけでは無い。
だから、そんな自分を想ってくれた事が嬉しくて戦う。
あの人の進む先があの人を苦しめると分かっても、カールは戦う。