無間城の戦い 16
ジェイドは今までの経験をふと思い出してしまった事を少しだけ驚き、同時に思うのはそんな世界の全ての住人達はジェイドを恨んでいるのだろうと言うことがハッキリと分かってしまう事である。
それ相応の事はしてきたつもりだし、そのこと自体には全く後悔が無いのだとそれまたハッキリと言えること。
椅子に座って過去のことを思い出して見ても、何を思っていても後悔は無い。
あの日、初代ウルベクトと決別することになった時も、その際に行なった契約も今となっては意味のあることだったが、当時はそんな行為に意味があったとは思いもしなかった。
まさか初代が考え付いた計画が、完全殺しの件をモチーフにしていたとは全く気がつくわけが無い。
そう初代ウルベクトは一度ジェイドと共に「完全殺しの剣」を作ったことがあり、その時の発想を元に異能の二乗作用を考え付いたのだ。
「完全殺しの剣はその能力事剣としての形を完全に二つに分けているが、不死殺しの剣も異能殺しの剣も本当の意味で完全殺しの剣にはほど遠い。それは扱ったことがある私だからこそハッキリと分かる。あれはそんな生易しいような能力では無かった。あらゆる全てを満遍なく『破壊する』という概念のみを集約したような剣だった。今のこの剣からはまるで感じようも無い。本来なら存在させるだけで異能を持っていない一般人ですらも畏怖させるには十分な剣だ。それもまた異能の二乗作用。同じ異能を重ねることでその効果を二倍以上に底上げさせる」
初代ウルベクトはその剣の事を思い出し、それを初代聖竜に伝えたことでソラ・ウルベクトという少年の存在が決定されたのだろう。
その為には今持っている異能殺しそのものである竜達の旅団を半分に分けて二人の子供にそれぞれ託し、それを代々受け継いで貰う事、それこそが策でもある。
同時にそれを十二分に発揮できる様に『撃』の流派は完全に別に継承させ、その継承場所にはかつてジェイドと共に挑んだ北の山脈を選んだ。
ジェイドと共に歩んできた道のりと自分の考えをあくまでも千年や二千年後の子孫を通じて知って欲しかった。
「フン。頑固な奴だな。昔っから全く変わらん。優柔不断に見えて実は誰よりも頑固で一度決めた事は絶対に変える事は無い。そんなお前だからこそ、そのお前の子孫だからこそここまでこれたのかも知れないな。だが…私自身も自分の意見を変えるつもりは無い。もしやはり私の意見が正しかったらその時は世界を滅ぼす」
それはジェイド自身がずっと決めていたこと、彼女を失った時にふと決めていたこと。
愛する人を目の前で不死者に殺され、彼女から託された想いすらも敢えて胸にしまい込もうとは思いもしなかった。
そんな呪いのような人生なんてジェイドにはご免だったからだ。
忘れようも無い人だからそれだけで十分だと、それ以上はジェイド自身は絶対にもぞまない。
例えそれが愛する人が最も嫌がる道であったとしても、それで嫌われようとも絶対に進むと決めていた。
「それこそ正しく呪いだな。それでもお前は私を「愛している」と言ってくれるのかな?」
『愛しているわ。ジェイド。例え貴方が修羅の道を進もうと、貴方が私の願いを蹴ろうと、貴方が無の道を進むことになっても、私は貴方を愛し続けている。その道に一生掛けて着いていくだけよ』
「ありがとう。お前が一緒に居てくれたからこそ私は自我を保てていたんだ」
ジェイドの耳元に常に語りかけてくる怨嗟のような呪詛、それはかつて死んでいった、殺されてしまった大量の不死者達の「生きたい」という願いでもある。
同時に死ぬ事もできない、死んでも死んでいるわけじゃ無く、永遠の無だけは嫌だという呪詛の声。
ジェイドはそれを「我儘だ」と断言して全く聞く耳を持たないわけだが、そんな呪詛の声と二千年以上に渡って共にあり続けてきたわけだ。
だが、同時にジェイドが常に愛する人を内に宿し、その人が何時だってジェイドをいやしてきた。
『やっと終われるかも知れないわね。貴方を終わらせてくれるかも知れない人』
「かもしれんが、そうじゃないのかもしれない。それは戦って決める事だ。知っているだろう? 私はそこまで器用な生き方はできん。不器用な男なんだ」
『知っているわ。だからこそ貴方は『人類の破滅』か『自らの破滅』のどちらかしか選べない。貴方は「なあなあ」に誤魔化すことも、適当に聞き流す事だってできない人。彼と似ているから。最も彼と違うところは彼はそれでも協調性を見せるけど、貴方はそれができない。難しい』
「今日は良く話し掛けてくれるな。いつもは一言二言程度なのにな…」
『もしそれに理由があるとすれば、それは貴方がいつも以上に高揚しているからよ。貴方自身全く気がついていないけれど、貴方は今「もしかしたら」という期待で感情が高まっている。だからあんな昔のことを思い出すの』
「かもしれないな。だが、同時に怖いんだ。その期待が絶望に変わらないか。それこそ私は…」
『ええ。その時はきっと容赦無く全てを破壊するのでしょうね。きっと…色々なあらゆる全てを。でも、私は知らないから今こそ聞いておきたいのだけど、貴方は何時からこんなことを考えていたの? 私と知り合ったときにはもう考えていたの?』
ジェイド自身「どうして?」と聞かれてきたことは何度もあったが、実はまともに答えたことは一度も無い。
何故ならジェイドからすれば「いつの間にか」としか言いようも無いが、それでも少なくとも彼女と出会ってからそんな事を考えた事は無い。
「君の所為なんて事は無い。君に責任を押しつける気は無い。私が抱いた使命感は私自身が経験の中で培った答えなんだよ」
『私の所為じゃないと? 本当に…私が死んでしまったとき貴方が「こんな世界」と思った事は無い?』
「無い」とは言えなかったジェイド、確かに失ったあの瞬間に暗い感情に駆られてしまったことは間違いが無いのだから。
不死者が彼女を襲い殺したとき不死者に対して『皆殺しにしてやる』と言う気持ちがわき上がったのは間違いが無い。
「それでも君の所為にはしない。そろそろカールが戦い始める頃かも知れないな」
『思い出した? 彼女と出会った日のこと。あのボロボロの少女が人々から虐められて、何度も何度も殺され続けてストレス発散の道具になっていた彼女を』
「はは。そう言えばそうだったな。それを見ていて見るに堪えないと思って助けたのだったな。思い出したよ。あいつの旅も此所までかな。あいつに私の居ない世界を歩ませるつもりは無い。あいつには私が全てだ。私の居ない世界で何をしでかすか分からない」
『それで後悔は無い? あの時貴方は彼女を助けるつもりは無く、あくまでも殺すつもりだった』
ジェイドが初めてカールと出会った時、カールは不死者である事を利用され、ストレス発散の道具として過ごしていた辛い時期、初めは殺すと決めて助けてしまったわけだが、そんな彼女の瞳を見て殺すと言う気持ちは薄れてしまった。
利用しようと思いついたのが切っ掛け、ボウガンと出会うまでの五百年は共に過ごしていたわけだ。
「お前から何度も何度も指摘を受けたな」
『彼女の好意に気がつかない貴方が悪いの』
「気がついているさ。あんな感じに見つめられたら気がつく。ボウガンと出会った時も気がついていたさ。そんな事より子供を送り届ける方が重要だったから」
『せめて「良くやった」ぐらいは思ってあげたら?』
「そうだな…それぐらいなら思ってやっても良いかもしれないな」