弟、兄の偽物が許せない
ジラックの領主たちが、アレオンを担ぎ上げてライネルに反旗を翻そうとしている。
それを聞いて、レオとユウトはたっぷり1分ほど固まった。
「……え、えーと……」
混乱したまま、おもむろに弟が兄を見る。
その視線に、レオは渋い顔をして軽く首を振った。
当然だが、レオは全く関与していない。
つまり、ジラックのアレオンは偽物。やつらはその王弟の名を使って、王都に反抗する気なのだ。
考えてみれば、アレオンは国民どころか臣下にも顔を知られていないのだ。その容姿を誤魔化すことは容易い。そして各地で反国王派が『ライネルがアレオンを殺した』と吹聴していることで、2人が対立していると理解する人は少なくない。
現在の国王ライネルは多大な人気があるが、それは政治手腕に対してであり、彼が弟を殺しているかいないかは別の話なのだ。
「……何か、思うところがありましたか?」
こちらを観察していたウィルが、2人の反応を訝しむ。
しかし、レオがアレオンであるなどとぶっちゃけるわけにもいかない。そもそも、その立場に返り咲くつもりはないのだ。
彼にどう返すべきかと、レオは小さく唸った。
「……思うところというか、俄には信じがたい。この5年間、そのアレオンはどこに居たというんだ? 今頃現れるのも不自然じゃないか?」
「ふむ、レオさんはジラックに居るというアレオン殿下が、偽物だと思っているのですね?」
「そんなの偽物に決まってます! ライネル陛下と相対すれば分かることじゃないですか」
少し不機嫌そうなユウトの言葉に、ウィルは無表情に返した。
「殿下と陛下が相対したとして、殿下が弟だと言い張り陛下が違うと否定した場合、民心はどうしても殿下の不遇への同情心から判官贔屓に働きます。まず仮に陛下の言葉が本当だとしても、それを客観的に証明する術が無い。国民のほとんどは殿下の言葉を信じるでしょう。陛下が殿下を葬ったと思われているなら尚更です」
「……客観的な証明が必要、か」
確かにウィルの言葉はもっともだ。事実、今のレオは自分が王弟であることを彼に証明する術が無い。
もしもレオが偽のアレオンの前で自分が本物だと名乗ったところで、ライネル側に付いていればこちらが嘘をついているとして偽物認定されるのだろう。その点で、反国王派のねちねちとした活動は、じわじわと効いていたのだ。
「それなら、『剣聖』としての力を証明させたらどうでしょう? ランクS級以上の魔物とひとりで戦えるかどうかで、できなければ偽物の判定ができますよね?」
「それこそ抜け道として、5年前に陛下に殺され掛けて大怪我をしたとでも言えば、昔のような力はもうないのだとみんな納得します」
「『剣聖』が、そんなに簡単に大怪我しないですよ」
「味方だと思って油断していた、陛下の魔道部隊に動きを封じられた、人質を取られた、理由なんていくらでも作れます。どうせ証明できないんですから」
「……うう、そんな……」
レオとライネルを貶められるかもしれないからだろうか、ユウトは珍しく苛立った様子だ。その頭を兄は宥めるように撫でた。
そうしながらウィルをじっと見る。
「……ちなみにお前は、ジラックが担ぎ上げようとしているアレオンが、本物だと思うか?」
「私ですか? そうですね……」
彼はやり込められてしょげたユウトに視線を向けた。
「ユウトさん。ジラックのアレオン殿下は?」
「偽物です!」
改めて訊ねられて、ユウトは苛立ちから断言してしまう。もちろん、知っているからだ。……そう、この断定で、ユウトが本物のアレオンを知っていることをウィルに知られてしまった。
「なるほど、分かりました」
そう言ってレオに視線を戻した青年に、レオは内心でため息を吐く。この男、本当に食えないやつだ。
「ジラックにいるアレオン殿下は偽物です」
「……ユウトの言葉を信じるというわけか。それを証明する術はそれこそ何も無いが」
「証明など必要ありません。私自身の観察眼を信じるだけです……と言ったら少々生意気でしょうか。ユウトさんが本物のアレオン殿下を知っていると判断しました。だとすれば、相対的にジラックの殿下は偽物でしょう」
「え、え? 何で僕が本物を知っているって分かったんですか?」
カマを掛けたわけではないだろうが、ユウトの言葉はウィルの判断の正しさを裏付けた。見事だ。
……最初はてっきり寡黙なコミュ障かと思っていたが、この男、驚くほど会話の誘導が上手い。表情がなく常に冷静な分、こちらからは思惑が計りづらく、簡単に主導権を握られてしまう。
ユウトのように素直な子では、全て丸裸にされてしまいそうだ。
「……ユウトの知るアレオンが本物かどうか、証明がなくてどうして分かる? もしかするとユウトがそう信じているだけで、その男に騙されているかもしれないぞ」
「それはありません。先ほど、ユウトさんが偽物を暴こうと言った内容は、本物を知っていないと出ない言葉です。本物はすでに陛下と直接相対して殿下と認められている、ランクS級の魔物とひとりで戦えている、大怪我なんかしていない。もしユウトさんの知る殿下がそれをクリアしていないなら、主張する意味がありませんから」
ユウトの証明できない話だけで判断したのかと思ったら、そこまで読み取ってのことなのか。
レオは内心で舌を巻く。
薄々感じてはいたが、こいつ、敵に回したらかなり怖い男かもしれない。
「……本物のことは置いておいて、だな。ジラックにいる偽物が現れた場合、お前はどう対処すればいいと思う?」
「今は状況が漠然としておりますので、対処法を考えるだけ無駄かと。もしも出来る事があるとしたら、偽物に名乗られる前に潰してしまうことかと思いますけど、そう簡単にはいかないでしょう」
「そうか」
確かに、手を打つにしても情報が少なすぎる。そちらは今のところライネルたちに任せた方がいい。
「さて、だいぶ話がずれてしまいました。いきなりですが、工房の店主2人の、今考え得る結末をお伝えします。そうやって魔研絡みで悪事を働いていたとなると、私の予測としては……ジラックに拠点を移した後におそらく消されるのではないかと」
「……もう利用価値がなくなるからか」
「そうです。その上で魔研の悪事を知る人間であり、信用ならない人物でもある。今後彼らが金を得るために、悪事の暴露をちらつかせて魔研を強請る可能性も高い。そんな人間を何もせずに放っておくわけがありません。まだ反国王派や領主との繋がりは分かりませんが、そのあたりも絡んでいれば十中八九、秘密裏に処分されることになります」
「まあ自業自得、だが……」
魔工爺様や『もえす』2人の感情を考えると少し複雑だ。
自分が気にすることではないし、すでに親子の縁は切っているのだろうが。
「……とはいえ、これは現在持つ情報だけで出した予測です。他の情報が来ればまだこの結果もぶれが出ます。自分なりにデータを集めてもう一度彼らのことを検証してみますので、精度を上げるためにもう少し時間を下さい」
「……そうか」
こちらの心境を読み取ったのか、ウィルは工房の話の最後にそう付け加えた。
2人とも、その予測結果が変わることはないだろうと分かってはいたけれど。




