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兄、ウィルの知識を借りる

 ウィルの思惑を計りかねて、レオは単刀直入に訊ねた。


「俺たちに手を貸して、お前に何の得がある?」

「存じません。ただ、父がそう言うので」


 やはり、父親に従順なだけか。もっと自分なりの考えを持つタイプだと思っていたから少し意外だ。そして若干拍子抜けもする。もっと手強い男かと思っていたのだが。


「その理由ならやめておけ。事情も知らずに手を出すと火傷をするぞ」


 これは忠告だ。彼の記憶データは利用させてもらうが、そこからさらに深入りさせて使うには覚悟が弱い。

 そう思って軽く牽制すると、ウィルが真っ直ぐにレオを見た。


「もし私が父の言葉に従っているだけだと思われたなら心外です。これは長年父を観察しデータを蓄積した上で、その表情、話し方や間の取り方を分析して判断した結果、私が出した結論です」

「……自分の判断で、何の得があるかも分からない俺たちに手を貸そうと?」

「人は思考の展開の癖や、無意識に出てしまう反応などがあります。嘘や隠し事があればすぐに分かるし、その言葉尻や話すスピードで裏にある善意、悪意も透けて見える。今回の父は隠し事をしている様子でしたが、あなた方への敬意と私への善意がありました。そしてあのしたたかで実利主義の父が何の利もないことを私に勧めるはずがない。そう考えると、手を貸す価値はあるとの結論に至った次第です」


 ……前言撤回、これはかなり手強そうな男だ。

 ウィルにはきっちりと自身のデータに基づいた物事の判断基準があり、日々それを収集する観察眼と蓄積する記憶力を持っている。


 今、この男はレオとユウトを観察しているのだろう。

 おそらく自分の言葉への2人の反応を、逐一読み取っている。


「僕の考えていることとか、分かっちゃうんですか?」


 不意に、隣で普通に彼の言葉に感心していたユウトが、小首を傾げて訊ねた。

 レオに向いていたウィルの視線が、今度は真っ直ぐユウトに向く。


「こんな短期間で正確に読み取るのは無理です。父はそれこそ幼い頃から観察していましたので、次の行動や思考展開なんか丸わかりですけど。人には多面性がありますから、まずは主立ったひな型に当てはめて行動・思考予測をするしかありません。でもまあ、ユウトさんみたいなタイプは予測しやすくて助かります」

「え、僕って予測しやすいんですか?」

「例えば、今日のように届け物を持って部屋の前にいれば、ユウトさんが入れてくれるだろうと思ってました。数回会って礼を欠くことを気にするタイプだと分かってましたし、世話になった相手を信じやすい。そして、お兄さんがいる時は他人に対しての警戒心が薄い」

「ああ、確かに当たってるな」


 なるほど、だから彼はあっさりと部屋に呼ばれたわけだ。最初からこうなることを予測していた。


「で、でも、僕はそうでも兄さんが部屋に入れるのを嫌がったかもしれないのに」

「いえ、レオさんについても、今回は予測通りでした。まずもう、視線の違いだけでも弟さんに甘いのがバレバレですし、ユウトさんを攻略できれば問題ないと判断していました」

「……それだけの根拠でか? 俺は確かにユウトに対して激甘な自覚はあるが、断る時は断るぞ」

「他の根拠としては、レオさんが先日から私のデータをあてにし始めたため、邪険にはするまいと思ったからです。私が休みの間に冒険者ギルドに訪ねてきたとも聞いていますし、追い払う理由がない」

「……そこまでお見通しか。全く、食えない男だな」


 口では悪態を吐く。

 しかしレオはウィルの能力に俄然興味が湧いた。


 人間はそう簡単に行動習慣や思考の癖を変えられるものではない。

 敵のデータを与えたら、この男はある程度の確率で次の一手を読めるかもしれないのだ。

 これだけでも十二分に価値があるが。


「……他に、お前を使うとして、セールスポイントはどんなものがある?」

「私は冒険者ギルドに収蔵されているモンスターデータを全て暗記しています。それから、父ほどの経験値はありませんがランクS級素材までの鑑定もできますし、宝箱から出る未識別アイテムの鑑定をする資格も持っています」

「未識別アイテムの鑑定まで? それはすごいな」


 高深度のゲートの宝箱から稀に手に入る未識別アイテムは、時折伝説級のアイテムだったりする。

 しかし識別されるまでは無価値、その上下手な鑑定をして間違ったアイテム再生法を試みると、もれなく破損するというデリケートなものだ。これには精緻で正確な鑑定眼が必要なため、その資格を持つ者は少ない。

 そのほとんどが専門の研究家で、彼のようなギルド職員が持っているのは本当に稀有なことだった。


 そんな資格保持者がどうして冒険者ギルドの受付窓口なんかをやっているのか不思議ではあるが、まあこちらには関係ないこと。

 レオはウィルの手を借りることに決めた。


「よし、お前に何の得があるか俺たちにも分からないが、その知識を使わせてもらおう。基本的に我々の行動や保持する情報は他言無用、それは肝に銘じてくれ」

「かしこまりました」


 躊躇いなく請け合うのは、きっと彼の想定内だったからだろう。思考を先読みされるのは少し複雑だが、話は早くて良い。

 レオはそのまま話を続けた。


「ではさっそくだが、お前の知っていることを教えてくれ」

「どのようなことですか?」

「パーム工房とロジー鍛冶工房のことだ」

「それは括りが大きすぎて、簡単にはお答えしかねます」

「それぞれの工房の店主についてだ。ミワとタイチと幼なじみだったというのなら、その両親のことも知っているだろう?」

「まあ、多少は……。そうですね、無駄な説明を省くため、先にレオさんが得ている情報をご提示下さいますか。私がそれに補足をしていきます。……今後至ると私が予測する、彼らの顛末もお話ししましょう」


 ウィルは表情を変えぬまま、しかし少しだけ視線を下に落とした。


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