弟、自分の正体に困惑する
「氷の魔法と風の魔法を融合して、作用させると雷の魔法になる。威力を大きくするなら上手く帯電をするんだぞ。それを対象に向かって一気に放電するんだ」
「ええと、氷の粒で雲を作って、そこに風を送り込んで静電気を起こし帯電させて……。うう、これめっちゃ時間掛かるんですけど……戦闘の時とか、使う暇なさそうです」
「こんなん、練習すればどんどん早くなる。要は風を使って氷の粒同士を効率よく衝突させて摩擦を生んで、雲の下の方に負電荷を溜め込んで……」
「あ、出た」
空気を裂くような音と共に、ユウトの作った雲から敵に見立てた木偶に雷が落ちた。想像したよりずっと威力がある。木偶は一瞬で黒焦げになってしまった。
マルセンの教えを受けてそろそろ一週間。
レオに教わりながら自分で試行錯誤をしていたのとは違い、目の前でお手本を見せられながらの練習は習得が早い。ユウトは難度の高い魔法を次々と習得していた。
「電撃系の魔法は一時的に身体の自由を奪うことができるからな。覚えておいて損はない。使い方次第だぞ」
「そうか、発動するまで時間が掛かるならそもそも最初に仕込んでおいて、タイミングをみて敵に落とすという使い方もできますね」
「もっと面白い使い方もある。天候によるが、上空に雷雲がある時に中空に強力な雲を作ると、上の方に溜まった正電荷で雷雲の負電荷を引き寄せて、自分の魔法にその威力を乗っけるなんてこともできる」
「わあ、それは強そう」
精霊とは自然に存在するもの。その力で発動した魔法にさらに自然からの力を借りれば、その威力は倍加する。
マルセンからの教えはとても役に立つ。
「まあ、手っ取り早く雷の魔法を使いたいならサンダーロッドを手に入れるのが早いがな。でもあれは材料に電撃虎の牙が必要で馬鹿高いからな」
「あー、電撃虎かあ。この間手に入れたはずだけど、もう素材売っちゃったかも。……でも道具に頼るより自力で使える方がいいし、頑張ります」
「……は? 電撃虎の素材を売った……? あれ、ランクSなんですけど……。お前そうやってちょいちょい俺の理解の範疇を超えることをぽろっと言うのやめてくんない? 怖い」
そんなやりとりをしているうちに、そろそろ今日の修練の終わる時間が近付いてきた。焦げた木偶を片付けて、帰り支度をする。
「そういや最近、ユウトの兄さんのお迎え遅いな」
「何か困ったことが起きてるとかで、毎日走り回ってるみたいです。僕には教えてくれないんでよく分からないんですけど」
「お前は勉強に専念しろってことか」
「多分。でも、話くらい聞かせてくれてもいいと思うんですよ。僕だって役に立ちたいのに」
「まあここで魔法を覚えていきゃあ、いくらでも頼りにしてもらえんだろ。魔法奨学生ってことは、ゆくゆくは王都付きの冒険者とかになるんだろ?」
「そうですね」
正確には、もう王都付きの冒険者だけれど。
「でもそもそも、色々僕に内緒事を抱えているみたいなんですよ。昔のことも教えてくれないし」
「ユウトの記憶がない頃の話か?」
「そうです。その頃も僕といたらしいのに」
「……全てが内緒事、ってか。他言無用といい、本人にも知らせないとは厳重なこった」
マルセンは複雑そうな表情でぼそりと独りごちた。
話しながら帰り支度をしていたユウトはそれを聞き損ねる。
「今、何か言いました?」
「いや、別に」
そう嘯いたマルセンは、ついっと視線を窓の外に向けた。
「ああ、お前の兄さんの乗った馬車が来たぞ。いつもよりは早めかな」
「本当だ。……でも、何だろ? いつもと様子が違う」
レオが乗る馬車が、魔法学校の校門のところで停まる。
それを確認したユウトは首を傾げた。
いつもならユウトが行くまで馬車の中で待つ兄なのだが、何故か今日は降りてきたのだ。
どうも周囲を気にして、何かを探っているような様子だ。
「どうしたのかな。ちょっと行ってみます。マルさん、今日もご教授ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「おう、気を付けて帰りな」
ユウトはぺこりと頭を下げて、足取り軽く結界の張ってある実習室を出た。
しかし途端に、妙な違和感を覚えて立ち止まる。
何だろう、この空気。
ユウトの変化に気付いたマルセンも部屋の外に出て来て、同じように立ち止まり眉を顰めた。
「んー……この辺りをサーチ型の術式が巡ってるな……何だ、これは? 馴染みのない感覚だが……」
「レオ兄さんもこれに気付いて馬車から降りたのかな。僕、兄のところに行ってみます」
「待て、俺も行く。誰が何の目的でサーチを掛けているのか分からんからな。……嫌な気配がする」
少し険しい顔をしたマルセンが、ユウトの後ろをついてくる。
ユウトも何だか背筋がぞわぞわするような嫌な気分だった。
レオならこの妙な感覚の正体が分かるだろうか。
校門に続く玄関口まで行くと、レオがこちらに向かってくるのが見えた。
「レオ兄さん!」
何となく急いた気持ちで兄の元へ駆け出す。すると、それに気付いたレオが慌てたように声を上げた。
「ユウト、来るな!」
「え?」
途端にキィンと耳鳴りがして、地面が光る。
驚いて足下を見ると、そこには見たこともない魔方陣が浮かんでいた。
「え? え? 何、これ?」
混乱するユウトの後ろで、発動した術式を見たマルセンがその正体に気付く。
「これは、降魔術式……!? マジか、くそっ!」
「ユウト!」
おもむろに魔方陣から黒い手のようなものが何本も出てきて、立ち竦むユウトを捕まえようとする。その寸前に、レオが魔方陣に飛び込んで弟を抱え上げた。黒い手が、目的のものを探すようにうろうろとしながら、兄の足に絡まる。
レオはすぐに魔方陣の外に出ようとしたようだったが、足を押さえつけられて、それは敵わなかった。
「……チッ、魔手が相手じゃ力尽くでは魔方陣から出れないか……」
舌打ちをしたレオに、手首に付けていた水晶の数珠のようなものを外したマルセンが声を掛けた。
「兄さん、そのままユウトを魔手に触れられないように抱え上げててくれ!」
言いつつ数珠の紐を歯で噛み切って、水晶の玉をレオたちの周囲ににばらまく。そしてローブの下から杖を取り出し、それを魔方陣の中に突き刺した。
「我は魔を払い根を枯らす! 大地を清浄に帰す! 水晶の鏡にて全てをお返しする!」
そう言ってマルセンが地面をドン! と踏みしめる。すると魔手が怯んだようにレオの足から離れ、魔方陣の光が弱まった。
「よし、兄さんもう足動くだろ? その場で3回、地面を踏みしめてくれ!」
「……こうか」
レオも力を込めて足踏みをすると魔手が引っ込み、魔方陣の中にばらまかれていた水晶が操られたみたいに縁まで転がる。そしてまるで鏡面のような膜が水晶によって地面に張られた。
「地を清めたる神の宿り木に感謝を!」
感恩の言葉と共にマルセンがひとつ強く手を叩くと、レオの足下の鏡が甲高い音を立てて割れる。
ユウトがビクリと肩を揺らして下を見れば、その破片は数秒も待たずに消え去った。
マルセンが何をしたのかよく分からなかったが、ただすごい。
破片が消えたそこには、もう魔方陣の片鱗も残っていなかった。
それを確認したマルセンが、やれやれというように肩の力を抜く。
「……ふう、ビビったわ-。どこのどいつだよあんな術式使ってんの。あれ禁忌術式でしょ。……あーあ、この水晶浄化しないと」
ぶつぶつと文句を言いながら、マルセンは地面に刺した杖を引っこ抜いて水晶の玉を回収する。
レオも安堵のため息を吐いて、ようやくユウトを地面に下ろした。しかしまだ不安なのか、その身体を腕の中に収めたままマルセンの方を向く。
「……助かった。あんたがいなければユウトが捕らわれるところだった。感謝する」
「まあ、教え子を護るのも先生の役目だし。……しかし、兄さんにちょっと色々聞きたい事ができちゃったなあ」
「そうだな……あんたはあてにできそうだし、こっちとしても力を借りたい。今度ちゃんと話しに来る」
「頼むわ」
拾い終わった水晶の玉の数を数えたマルセンは、それを無造作にローブのポケットに突っ込みながらこちらを向いた。
「とりあえず、しばらくは心配いらんよ。正式な地鎮の形式に則った強制返術をしてやったから、施術者に今の術が割り増しで返ってるはずだ。10倍程度の威力で返る魔手の拘束は3日くらい解けないだろうし、この付近の大地を一時的に浄化したし、一週間程度は同じ術式は入り込めない」
「一週間か……それでも助かる」
「返術される可能性があるから、普通ならこの辺は避けるようになるだろ。それほど神経質になることもないかもしれんがな」
「だといいんだが」
レオの腕の中で2人の話を聞きながらも、ユウトは未だに混乱していた。
しばらく今のような魔方陣は現れないということだけれど。
これは、またあの術式に当たるかどうか以前の話だ。
ユウトは困惑した表情で、自分よりだいぶ高い位置にあるレオの顔を見上げた。
「……今の術式って、降魔術式なの? ……何で僕に反応したの……?」




