兄、闘技場の内情を知る
魔物同士を戦わせる闘技場。
それを見世物にするためには、相応のフィールドの大きさと魔物同士の衝突に耐えられる施設、そしてそれを見に来る客が必要だ。そう、そもそも客がいなくては見世物として成立しない。
不法営業ゆえ当然ぱっと行って入れる施設のわけがなく、招待制となると客は貴族や上級商人の可能性が高いだろう。
引き上げている者もいると言うが、ジラックは元々貴族の別邸が多いところでもある。
おそらく賭けが行われているだろうし、リゾートで嗜むカジノみたいな気分で参加する者もいるのかもしれない。
その危険さが分からないとは、平和呆けもいいところだ。
「お前たちはジラックに行ったことは?」
「ないです。使用人を一緒に連れて行くと金が掛かるからと、いつも店主ひとりで行きます。もちろん単身旅でなく、自社製品を運ぶ業者に同行する形でですが」
「そして双方の店主とも、闘技場で余計な散財をして帰ってきます」
「余計な散財?」
賭けに参加でもしてくるのだろうか。
……いや、それは関係ないな。
賭けに参加したところで、自分の経営する闘技場なら自身の懐で金が回るだけだ。
だとしたらどこで金を使うというのか? まさか相手の闘技場で賭けをするわけもないだろうし。
「もしかして自分の闘技場にいい魔物を召喚してもらうために、魔研に金を払っているのか?」
「ああ、自分の闘技場ということではなくて……。ジラックに闘技場はひとつしかないんです。実はその闘技場は、パーム工房とロジー鍛冶工房の共同出資で作られています」
「2つの工房でひとつの闘技場を? 何で仲の悪い店同士が?」
予想外の答えにレオは目を丸くする。パームとロジーは本当に、敵対してるのか結託してるのか分からない。
「おそらく魔研が、2つ分の闘技場の魔物を用意するのはさすがに大変なんでしょう。あいつらの提案でひとつの闘技場を作り、パーム工房の魔物vsロジー鍛冶工房の魔物という形で見世物をすることになったようです」
「そういうことか……。ある意味分かりやすい直接対決が出来るわけだな。やはり金は勝った方の取り分が多くなるのか? だとすれば、自分の方に強い魔物を引っ張るために、双方とも魔研に金を払っているのだろうな」
「その通りです。それどころか、強制召喚した魔物にドーピングもさせています。当然高い金を出せばその分強い薬を与えられる……店主2人は勝つために儲け以上の金額をつぎ込んでいます」
「お互いに負けたくないという意地もありますから、余計に歯止めが利かないんです」
「そして魔研が潤うと……。全く、迷惑で愚かな奴らだ。きっと全てを失うまで自分の大愚に気付かないのだろう」
それに巻き込まれる方はたまったものじゃない。
ここまで来ると魔工爺様や『もえす』の2人だけに収まらず、もはや国の平和を揺るがす事態だ。
「ジアレイスたちを捕まえることが出来れば、工房は自ずと潰れるのかもしれないがな」
「あいつらは王都に時々現れますが、転移魔石を駆使してすぐに消えてしまうのです。転移先も術式によって認知出来る空間からずらしているようで、キイたちにも追うことができません」
「クウたちも魔尖塔が現れる前に、早くあの降魔術式を止めたいのですけれど」
「魔尖塔、だと……?」
レオはクウの言葉に入った単語に眉を顰める。
ずっと小さい頃、おとぎ話的に聞いたことのあるものだ。確か、国の滅びの予兆として現れると……。
「アレオン様、以前いつも一緒にいらした管理飼育No12のあの方……暗黒児はどうしています?」
「あ、ああ、今も一緒にいる」
「それは良かった。アレオン様、あの方が魔研の手に落ち、世界から消えることのないように気を付けて下さい。彼が消えると、世界の魔力バランスが一気に崩れます」
「あの方がいなくなったら、エルダールは滅びると思って下さい」
暗黒児……ユウトの昔の呼び名だ。
「あの子の潜在魔力で、この世界の魔力バランスがかろうじて成り立っているということか?」
「そうです。世界の理を語ると長くなるので割愛しますが、これ以上世界から魔力が喪失するとこの国は世界樹から切り捨てられます」
世界樹。この手の話も、小さい頃読んだ絵本でしか知らない。
しかし人間より長命の竜人たちから出た言葉だ、これらはただの寓話ではなかったのだろう。
「事態は思ったより深刻なようだな……。兄貴に話してみよう。お前たちはこの後も工房の使用人を続けるのか?」
「キイは先ほど解雇されましたので無職です。アレオン様に従います」
「クウもアレオン様がいるのに聞き分けのない店主に付き合う気はありません」
「だったら、お前たちはジラックに行ってくれないか。身分証明や通行証、資金はこっちで用意する。2人とも、いろんな人型に変化できたよな?」
キイとクウは王宮とまるで接点がないし、見た目も変えられるのだ。ジラックに入るにもそれほど難儀しないだろう。
当然向こうにはネイたちも行っているだろうが、1日2日では得られる情報も限られる。2人には少し腰を据えて街を観察して欲しい。
「かしこまりました。怪しい施設を調査するのですね」
「そっちは無理しなくていい。それよりも、街の様子と領主に関して数日に一度報告をくれ。それから、俺たちが行った時に拠点にできる家を借りておいて欲しい」
「了解です。ジラックでアレオン様が来るのをお待ちしています。……でも、たまには召喚して下さいね」
「ああ、分かった」
これは本来ならライネルたちに丸投げしていい事案かもしれないが、王宮が絡まないからこそ得られる情報もあるだろう。それに2人ならちょっとやそっとの人間や魔物では相手にならないから安心だ。
レオは一旦2人の竜人と別れることにして、納戸から外に出た。
まずはライネルのところに行って、通行証の手配からだ。




