兄弟、美味しい夕食にありつく
王都はその大きさに比例して、店舗の数がザインの何倍も多い。
飲食店だけでも正しく多種多様、カフェ的な軽いものから、酒場、キャバクラ的なものまで様々な店がある。食の種類も国中の名物料理を食べられそうな勢いだ。
しかしこうも選択肢がありすぎると逆に決めかねる。玉石混淆ともなれば、空いている店にポンと入るのも躊躇われた。
「混んでる店の方が美味しいのかな。あそこの店、人が溢れてるけど」
「混んでるから良いとは限らん。酒の値段が安いだけとか、客引きが上手いだけとか、単純に店の中が狭いということもある。飲食店ギルドで作っているガイドブックをもらってきたが、大きく紹介されてるところは単に掲載費を多く出したところだしな」
「じゃあとりあえず適当に入ってみるしかないのかあ」
それでもまあ、酒がメインか、パスタがメインか、米がメインかなどくらいは分かる。レオはガイドブックを眺めながら、できるだけ酔っ払いのいなそうな店を探した。
「ユウト、がっつり食いたい感じか?」
「量はそれほどいらないけど、お肉食べたいかも。バランス的に野菜も欲しいよね」
「主食は米と麺とパンどれがいい?」
「お米かなあ」
ユウトの希望に添う店をガイドブックからピックアップする。そこから酒メインのところを外して、それでも候補はこの付近だけで15店舗ほどあった。
後は各店舗を回ってみて、雰囲気で判断するしかあるまい。
そう思いながら店舗マップを見ていると、ユウトが誰かに気付いて「あ」と声を上げた。
「こんばんは」
ユウトが挨拶をする。弟は王都に顔見知りなどほぼ居ないはず、と怪訝に思いながら視線を向けると、そこには仕事帰りだろう、冒険者ギルドの寡黙な青年がいた。
彼がただ受付をしただけの一冒険者であるユウトを覚えているのか定かではない。
だが青年は無表情のままではあるが、軽く会釈をした。その目線がこちらに向き、レオの手元のガイドブックに落ちる。
これは、渡りに船かもしれない。
「美味い飯屋を探してるんだが」
冒険者ギルドの時と同じように、レオは挨拶もなく訊ねた。そしてやはり青年も表情を変えず、普通に応じる。
「要望が漠然としすぎて答えかねます」
「肉と米がメインで野菜も食えるとこだ。がっつりじゃなくていいからバランス重視」
「酒は」
「飲まん」
「予算は」
「質が良ければ値段は気にしない。清潔で店主が真面目なら尚良し」
「では、3番通りを入って最初の路地を左に曲がったところにある店をおすすめします。高ランクの冒険者を相手にした、女性店主が営んでいる店です」
一瞬の思案もなく、彼はレオたちの希望の店を答えて見せた。
頭の中にデータが蓄積されていて、こちらの出す条件を瞬時に照合しているのだ。
「あ、でも、高ランクの冒険者相手じゃ、僕たちでは……」
「先日の拠点移動手続きの時に確認しましたので、お二人がランクCとDなのは知っています。しかし、当該店舗が高ランクに限定しているのは、支払い能力と品格の有無を見るためだけです。あなた方なら問題ないかと」
何とこの男は日々大量に捌く冒険者手続きの中、一度しか見ていないこちらのランクを覚えていた。レオはそのことに瞠目する。
こいつ、王都のデータをどれだけ保持しているのだろう。もしかすると、ものすごく使える奴かもしれない。
「支払い能力と品格……。品格って、僕大丈夫でしょうか?」
「品格と言っても、酒を飲んで大声出して暴れたりしなければ大丈夫です。後は箸やナイフ、フォークをちゃんと使えるとか。支払いに関しては、『もえす』装備をされている時点でお金をお持ちなのはひと目で分かりますし」
「この装備で……? 『もえす』装備って王都では有名なんですか?」
「いえ。あそこは職人も客も人を選ぶので、ごく一部の人しかその価値を知りません。私はたまたまあそこの店主と幼なじみなので」
「えええ!? 幼なじみ……!? あ、そっか、ミワさんとタイチさんって、元々王都の人ですものね……いや、でも、幼なじみ……全然タイプが違う……!」
ユウトの驚きはもっともだ。レオも正直、この青年とあの変態たちが一緒にいて何の話をするのか想像もできない。
しかし困惑する二人を余所に、情報をこちらに渡し終えた彼は無表情のまま「では」と踵を返した。
それに慌ててユウトが頭を下げる。
「あ、あの、呼び止めてしまってすみませんでした。情報ありがとうございます、おすすめのところ行ってみますね」
青年はその言葉に振り返って軽く会釈をすると、そのまますたすたと住宅区の方へ消えてしまった。
それを見送ったユウトは、一度大きく息を吐いてから微笑んだ。
「あの職員さん、良い人だね。ちょっと表情に乏しいけど。……でも、ミワさんとタイチさんの幼なじみかあ。びっくりだよね」
「まあ、同郷で家が近い、歳が近いっていうだけかもしれんがな。特に仲が良かったとは言ってないし」
「どうなんだろうね。機会があったら訊いてみようかな。……それはさておき、とりあえず教えてもらったお店に行ってみようよ」
ユウトはそう言ってレオが持つガイドのマップを覗き込む。3番通りを入って最初の路地を左。弟は指先で地図を辿り、特に宣伝文句のない店舗名だけの表示を確認した。
「『お食事処・華膳』だって。情報ほとんど書いてないから、僕たちだけだったら絶対行かなかったよね」
「そうだな。普通の冒険者が行きそうにない上品な店名だし、ゆっくりできるかもしれん」
店名を確認して歩き出す。
今いる場所からそれほど離れてもおらず、2人はほどなくして目当ての店を見つけた。
料亭とまでは言わないが、なかなか雰囲気のある店構えだ。出入り口は引き戸になっていて、はめ込まれたすりガラスから柔らかい灯りが漏れている。一見さんお断り、とか言われそうな店だが、大丈夫なのか。
こういう時は、ユウトの方が気にせず先に行く。
丁寧な動きで引き戸を開けて、中の方に声を掛けた。
「あの、すみません。お食事させて頂きたいんですけど、席空いてますか?」
「いらっしゃいませ。……あら、初めてのお客様かしら? 一見さんが入って来るなんて珍しいわね」
カウンターの奥から、見るからに女将さんという感じの女性が現れる。
彼女は少しだけこちらを観察するような視線を寄越した。
「冒険者ギルドの親切な職員さんにおすすめして頂いたんです」
「親切な職員さん?」
「無愛想な奴だ」
「ああ、ウィルくんね。あの子がウチを紹介したの? だったら間違いないわね」
どうやらあの青年はウィルという名前らしい。
この店主は彼を信頼しているような口ぶりだが、無愛想のわりにあの男は顔が広いのだろうか。
女将はそれだけで完全にこちらを客として認めたようだった。
「席なら空いているわよ。カウンター席と個室、どちらがいいかしら?」
「個室で頼む」
「ではこちらへどうぞ」
カウンターの横を通り過ぎ、いくつかに区切られた小部屋のひとつに案内される。見ればすでに何組もの客が他の個室で食事をしているようだった。
しかし冒険者の集まる居酒屋のような喧騒はまるでない。
やはりここはそれなりに格式の高い店らしい。
席についてメニューを見ると、ユウトは目を輝かせた。
「わあ、すき焼きとかしゃぶしゃぶとかある……! 水炊きもいいなあ! 締めの雑炊食べたい!」
「じゃあ今日のところは水炊きにしよう。あとだし巻き玉子」
食べるものを決めたところで、店員を呼んで注文をする。それから、2人は料理を待ちながら今日の話をした。
「ユウト、魔法学校はどうだった?」
「ん、ライネル兄様に紹介してもらった講師、すごく人当たりの良い人だった。魔法の契約と詠唱してないとか、血の契約してるとか説明したら、すごく変な顔してたけど」
「……ああ、だろうな。……で、今日は何を勉強してきたんだ?」
「四大精霊の上位魔法を。単純に威力を上げるだけだから、結構簡単だった」
「そうか。お前には地力があるからな。ただ、魔力の消費量は増えてるだろう。実戦ではそればかりに頼らないように気を付けろよ」
「うん、分かってる」
先にだし巻き玉子が運ばれてきて、2人で一切れずつ口にする。
うん、中がとろっとしていて美味しい。味付けも上品だ。次に来た時も頼もう。
「明日の学校は送り迎え共に俺が行く。今日と同じ時間だ」
「僕、ひとりでも登下校できるけど」
「王都に慣れるまでひとりは駄目だ。今はネイもいないし」
「過保護すぎじゃない? 別に迷子になったりしないよ」
「過保護でもいいだろう。どうせお前がいなければクエストにも行かないんだ。送り迎えくらいさせてくれ」
「……まあ、レオ兄さんが来たいならいいけど……」
本当は迷子なんかより魔研との接触が怖いのだが、それは口にできない。とりあえずユウトの送り迎えだけは死守だ。
ようやく水炊きが運ばれてきて、レオはぐつぐつ煮える野菜をポン酢で頂く。
向かいで鶏肉を食べたユウトがぱあっと破顔した。
ダシが良く出ていて美味い。ユウトの好きそうな味付けだ。この店は間違いなく当たりだった。
そこからはお互いにほぼ無言で食事に専念する。
美味い飯は人を無口にさせるのだ。
そして最後に締めの雑炊を食べて、2人は満足して家路についた。
さあ、エネルギーも補給したことだし、明日からはユウトを魔法学校に預けている間に魔研の情報集めだ。パーム工房とロジー鍛冶工房も探る必要がある。
忙しくなりそうだ。




