兄、住居探しをする
レオはひとり、部屋を探しに王都の大通りを歩いていた。
城門やギルドに近いことを考えると、やはり住居はこのあたりがいい。さすがにメインの大通りには宿ばかりだが、ひとつ道を入れば多少は良い賃貸物件があるだろう。
そう、今レオは宿ではなく、貸し住居を探している。
宿駅の食堂でユウトが、兄の作る料理を食べたそうなことを言っていたからだ。そしてレオも弟のオムライスが食いたい。
しかし宿屋の共同簡易キッチンでは調理道具も調味料も足りないのだ。絶対納得のいくものなど作れない。
だったらいっそ部屋を借り、完璧なキッチン環境を整えようと考えた。
(……それにしても、不動産屋みたいな店舗がないと不便だな……)
部屋が空いているか、間取りはどうなっているか、その辺りは逐一探して直接行ってみないと分からない。それがかなり手間だ。
街に詳しい知り合いでもいれば手っ取り早いのだが。
こういう時、役に立つのがギルドの口コミだ。リサにリリア亭を紹介してもらったように、窓口の人間は多くの人と接点があるため、街のことに詳しい。
(職人ギルドで聞いてみるか……?)
冒険者ギルドよりは街中の人間と関わる機会が多いはず。多少無愛想に訊ねても、以前ロバートにもらった名刺でも見せれば、まず邪険にはされないだろう。
(しかし、王都の職人ギルドではパーム工房関係でどう関わるか分からんからな……。下手にロバートを巻き込めないし、顔を覚えられるのも面倒か)
だとすればやはり冒険者ギルドに行く方が無難かもしれない。
昨日の窓口にいた、レオと同じように無愛想だったあの青年あたりなら、淡々と答えてくれそうだ。
ただ、彼に街の情報を仕入れるだけのコミュ力がなさそうな気もするけれど。
(まあ、そしたら他の情報を持っていそうな職員を紹介してもらえばいいか)
そう考えて、レオは冒険者ギルドに向かった。
時刻はもう昼に差し掛かろうというところ。窓口も暇なはずだ。
冒険者ギルドに着くと、レオはさっそく寡黙な青年を探した。
今日は一番端の窓口だ。他の窓口にはぱらぱらと人がいるが、彼の前にはいない。それを確認して、青年の窓口に近付く。
「この辺りで部屋が借りられるところを探しているのだが」
何の前置きもなく話しかけたレオに、ちらりと視線を向けた彼は特に表情を変えなかった。
「この辺りというだけでは、漠然としすぎていて答えかねます」
「大通りから一本逸れたくらいの通りに面していて、部屋が2つ以上、キッチンや水回りの設備がちゃんとしてるところだ。金額は気にしない」
「それでしたら2番通りにある骨董店を訪ねてみると良いと思います。そこの店主がこの界隈で上質な賃貸物件を所有しています」
「家主はどんな人間だ?」
「それなりの金満家で骨董趣味の好々爺です」
「そうか。行ってみる」
「どうぞ」
来た時と同様に、挨拶もなく窓口を離れる。隣の窓口の職員がこのやりとりを異様なもののように見ていたが、特に気にしない。
それよりも、レオとしては用件のみで無駄のない会話がちょうどいい。とりあえず冒険者ギルドに用事がある時は、今後も彼の窓口を使おうと思う程度には気に入った。
レオは彼に言われた通りに骨董店を訪ねて、家主にいくつかの部屋を見せてもらい、その場で希望に添った物件を契約した。
個別の部屋が2つ、そしてLDKがあり、シャワーとトイレももちろん完備。リビングには暖炉も付いている。これならユウトも気に入るだろう。
それから王都の生活で必要なものをいくつか買いそろえていたら、時間はもう3時に差し掛かる頃になっていた。
魔法学校にユウトを迎えに行く時間だ。
レオは通りで馬車をつかまえて、まっすぐ学校に向かった。
「わあ、思ったより広い! キッチンも立派!」
ユウトを連れて新たな住居に入ると、弟はローブに付いてるわんこ尻尾を揺らしながら興味津々と部屋のあちこちを見て回った。どうやら喜んでくれているらしい。良かった。
「王都では料理をしようと思ってな。お前も俺のご飯を食いたいと言ってたし、俺もユウトのオムライスが食いたいし」
「そっか、それなら他の料理も作れるように頑張ろうかな。日本にいた時は僕の勉強や宿題があるからって、レオ兄さんばっかりに作ってもらっちゃってたから」
「お前のレパートリーが増えるならありがたいな」
ユウトの作る物なら焦げの塊だろうが生焼けの肉だろうが、美味しく食べられる自信があるレオだ。決して弟が料理下手なわけではないが、そういう失敗作も喜んで食べてやろうと考える。
「それにしても、一ヶ月しかいないのに調理器具や食器も全部揃えたんだね。ちょっともったいなくない?」
「いや、ここは途中で解除せずに継続して契約をしておこうと思っている。何だかんだで今後王都にはちょくちょく来るだろうし、街中に安心して転移してこれる場所としてキープしておきたいしな」
「……だとすると、ここがこの世界の僕たちの家ってことになるのかな。リリア亭はあくまで宿屋だもんね」
「ああ、そうなるか」
賃貸とはいえ、ここは2人名義の住まいになるのだ。ずっと気兼ねのない生活が出来る。
「転移ポーチの転移先も、こっちの部屋に変更しておいた方がいいかな?」
「いいんじゃないか。リリア亭に送っても、結局こっちに持ってくることになるなら二度手間だしな。俺のポーチは職人ギルドとリリア亭とここに繋げるから、リリア亭に送りたかったら俺に言えばいい」
「うん、そうする」
ユウトが頷いてポーチの術式を登録し直した。
「さて、じゃあとりあえず、リリア亭から持ってきた衣類や生活雑貨の整理をしよう。作り付けのクローゼットがあるから、結構片付くはずだ。もし欲しいものがあったら明日また買いに出る。全部書き出してリストにしておけ」
「分かった。えっと、部屋はどっちが僕の?」
「隣家の壁に接している左側が俺だ。ユウトの部屋は右の通りに面した方。ここは2階だから、そっちの方が安心だ」
「こっちだね。ありがと」
もちろんどんな時もユウトの安全が最優先。有無を言わせぬ決定に、しかし弟は素直に従う。
彼はいつでも兄に護られてくれる。今日もそれに安堵して。
2人はそれぞれ自室に入り私物を整理すると、再びリビングに戻ってきた。
「今日の夕飯はどうする? 今からじゃ大したものも作れないし、外で食うか」
「ん、そうしよ。作るには食材の調達も必要になっちゃうもんね」
「じゃあまずは大通りに出て食堂探しだな。店自体はたくさんあるが、質はピンキリだ。夜の客引きがうろうろし始める前に行こう」
今日のところは外食と決めて、レオとユウトは部屋に鍵を掛け、大通りに出ることにした。




