弟、マルセンを困惑させる
「まずはユウトの今の実力を確認するところからだな。もう四大精霊とは全て契約しているんだろう?」
「四大精霊……。してないです、契約。このレベルでは必要ないって言われてて」
「契約してない? じゃあ、どうやって呪文を詠唱してるんだ」
「詠唱もしてないです」
「は? 契約も詠唱もしてないだと……?」
マルセンの質問に素直に答えると、彼は怪訝そうな顔をした。
やはりこれって特殊なのだろうか。……そういえば、ユウトに契約がいらないと言ったレオが、これは『チートだ』と言っていたけれど。
実はチートなんて存在していなかったと分かった今、この能力の正体は宙ぶらりんのままだ。
「普通は契約してないと魔法って使えないんですか?」
「……普通の人間はそうだな。魔法は契約している精霊に詠唱で助力を仰ぎ、杖や指輪の媒体を通して魔力を差し出し、取引交換条件が揃ったところで発動、っていうのが基本だ」
ああ、ここまでの説明はレオに聞いた覚えがある。問題は次だ。
「じゃあ契約をせずに魔法を使う場合って、どういう取引になるんでしょう」
「ええとだな、人間を飯屋に例えると分かりやすいか。まずは普通の場合だが」
マルセンはそう言って自身の胸に手のひらを当てた。
「言うなれば俺たちは看板のない飯屋だ。だから精霊からすると存在すら分からん。そこで俺たちは自分から精霊に『こういう飯出すんですけど呼んだら来てくれませんか』と交渉し、店の会員になってもらう。これが契約。『飯が用意できてますので来て下さい』と精霊を呼ぶのが詠唱。精霊が呼び掛けに応じてくれれば、飯の対価として魔法が発動する」
「……会員もいなくて、宣伝もしない店で魔法が発動する場合はどうなってるんですか?」
「そもそも、その店が最初から精霊に認知されている繁盛店ってことだな。これはわざわざ呼ばなくても客が勝手に来る状態だ。それだともちろん詠唱も必要ない。飯を用意すれば、それだけでこぞって精霊が食べに来るからな」
胸に当てていた手を教壇の上に戻し、マルセンは続ける。
「その場合、醸す魔力自体がもう違う。俺たちの魔力は基本的に無味無臭の飯みたいなもんで、それを杖や指輪で精霊の好みに料理してやっと提供できる状態にするわけだ。しかし繁盛店は魔力をわざわざ料理しなくても、常に精霊を引きつける美味しい匂いをさせている」
「あ、そういえば僕の魔力は美味しい香りがするって言われたことがあります」
以前ヴァルドに言われたのはこれのことか。彼が妙にユウトを特別視していたのは、この魔力に由来してのことだったのかもしれない。
しかしそのユウトの言葉に、マルセンはガリガリと頭を掻いた。
「いやいや、魔力が美味しい香りってお前な……。一応説明してみたが、実際そんな精霊を引きつける魔力を持つ者なんて、魔ぞ……」
そこまで言って、何故かマルセンがぴたりと言葉を止める。
「マルさん? どうしました?」
「ああ、いや……まさかな。契約と詠唱してないとはいえ……他言無用って、そういうんじゃないよな……? 陛下の推薦なのに、そんなはずが……。いいや、聞かなかったことにしとこ……」
マルセンはそこで話を回収してしまった。
ひとつ咳払いをし、仕切り直す。
「ま、まあ契約についてはいいわ。四大精霊の魔法は全部使えるってことだな。他に何か使える攻撃用魔法はあるか? 範囲魔法とか召喚魔法とか」
「範囲魔法は使えません。……召喚魔法は……えと、マルさんには言ってもいいのかな? 血の契約でダンピールを召喚できます」
「え、待て、血の契約……!? それも超稀少のダンピールって……、吸血鬼系は魔族の中でもかなり上位の支配層に位置する上に、めっちゃプライド高いんだぞ!? それを完全服従の形で使役……!? 一体どういうこと!?」
「何か、契約して欲しいって本人に頼まれちゃって」
「ちょっと、マジ、お前何者なの……」
マルセンはだいぶ困惑しているようだ。
そんなに驚くようなことなんだろうか。
「普通の召喚魔法って、どんな感じなんですか?」
「……精霊に実体を与えて、魔法の直接行使を依頼するんだ。友好的な魔物を契約召喚することもあるが、どちらも一度の攻撃行動で還ってしまう。これに関しては必ず一個体と契約しないと使えない」
「なるほど」
召喚は例外なく契約と詠唱が必要だということか。そういえば、ヴァルドを呼び出す時にも詠唱の文言が必要だと言われたっけ。
「やっぱり僕が知らないこと、いっぱいあるみたいですね」
「……ユウトは魔法使いのわりに、あまり魔法の常識を知らんようだな。今までよくそれで魔法を習得してこれたもんだ」
「魔法に関しては兄が教えてくれてたんで、僕は必要最低限のことしか知らなくて。昔の記憶も無いし、魔法自体覚えだしたのが最近で、まだそういう知識が追いついていないんです」
「昔の記憶がない? 魔法も最近始めたばかりだと?」
ユウトの言葉にマルセンは目を瞠った。
そんな彼に簡単に説明をする。
「僕、13歳までの記憶がないんです。それ以降は魔法と関係ない生活を送っていたもので……魔法に触れたのはここ数ヶ月です」
「数ヶ月で今ここまで力を付けているのか。……だとすると、記憶がなかった頃も魔法を使っていたのかもしれないな。魔法を使い始めの2・3年は、魔力が安定しないからそうそう思い通りに動かせないんだよ。だからその間はリトルスティックやミドルスティックで魔力を制御するんだ。しかしすでに魔力が安定していたなら使いこなすのも早かったはずだ」
マルセンの推察でユウトは不意に、だいぶ前に魔工爺様の店に買い物に行った時の、引っかかったレオの一言を思い出す。
老人に対して、兄は弟が魔法の『おさらいをしているだけ』だと言っていた。
あの時は何でそんなことを言うのかと思っていたけれど、もしかしてこれは本当におさらいだったのかもしれない。
……しかし、昔も魔法を使っていたとしたら、一体どこでのことだろう? 高位モンスターや高位ゲートを潰しに行っていたというレオと一緒に、自分も戦っていたのだろうか。
「一度使っていたとしたら、こっからの魔法習得も早いかもしれんな。じゃあ今日は試しに上位魔法の練習からしてみるか」
「お願いします!」
もし昔もレオと共闘していたのなら、再び同じように、いや、昔以上に兄の役に立てるかもしれない。ライネルの国を護る一助になれるかもしれない。そう考えただけで気合いが入る。
ユウトはマルセンの教えに従って、魔法の修練を始めた。




