弟、マルセンが思ってたのと違った
「ではユウト様、私は王宮へ戻ります。おそらく3時頃にはレオ様が迎えにいらっしゃいますので、それまで鍛錬を頑張って下さいませ」
「はい。ありがとうございました、ルウドルトさん。陛下によろしくお伝え下さい」
互いにぺこりと頭を下げる。
そして最後にルウドルトがマルセンにも声を掛けた。
「ではマルセン殿、ユウト様をよろしくお願いします。……くれぐれもこの修練中に見聞きしたことは他言無用ですよ」
「かしこまりました、お任せ下さい」
マルセンがお辞儀したのを見届けて、ルウドルトは再び馬車に乗り込む。そして窓からこちらに軽く会釈をすると、来た道を帰っていった。
その馬車が学校の門を出て、見えなくなるまでマルセンが見送る。
それを律儀だなあと思っていたら、彼は馬車が見えなくなった途端に空を仰いで、大きなため息を吐いた。
「はあー、緊張したあ! ルウドルト様は言葉遣いや振る舞いに厳しいからなあ。ああ、怒られなくてほっとした!」
……あれ、何か様子が違う。
ぽかんとマルセンを見ていると、彼はユウトの視線に気付いて振り向いた。そしてこちらに向かってニカッと笑う。
「驚かせて悪いな。先に言っておくが、実は俺、全然お行儀良くないんだわ。ルウドルト様には内緒にしといてな。教育に悪いって怒られちまう」
「は、はあ……」
どうやらこれがマルセンの素のようだ。人好きのする笑顔に、ユウトも気が抜けた。
「しかし、こんな可愛いのが来ると思わんかったなあ。もっとプライド高そうなツンケンしたのだと思ってたから、何か得した気分だわ。名前は呼び捨てでいいか?」
「あ、はい、大丈夫です。僕はマルセン先生とお呼びすればいいですか?」
「略していいよ。マル先で」
「それだと名前呼び捨てにしてるのと同じなんですけど……」
「じゃあマルちゃんで」
「先生をちゃん付けとか無理です!」
「えー。だったらマルさんでいいや」
およそ先生らしからぬ呼び方を指定されてしまった。それでもマルさんはまだマシか。
「さて、入り口で話をしているのも何だな。学校の実習室のひとつを貸し切りにしてあるから、そこに行こうか。じゃあユウト、俺についてきて」
互いの呼び方が決まったところで、マルセンはユウトを学校の中へ促した。
こちらに背を向けて歩き出す男の後ろを、ユウトは遅れないようについていく。
静かな廊下を歩いていると、教室で生徒たちが魔法の講義を聴いているのが見えた。みんな制服らしきローブを着ている。見るからに良いとこの子息らしい人ばかりのようだ。
教室を通り過ぎ、さらに奥に進んだところで、マルセンが並ぶ実習室のひとつに入った。
「さて、ここがこれから一ヶ月ユウトが修行をするところだ。部屋全体に結界が張ってあってな、どんだけ大きな魔法を使っても周囲に響かないようになってる。気にせず魔法ぶっ放していいぞ」
「はい」
言いつつマルセンが教壇に立つ。
ユウトはいくつも並ぶ机から、最前列の真ん中を選んで座った。
「あの、この魔法学校って、どんなことを教えてるんですか?」
「ああ、ここはな、貴族とか上流階級の子息に魔法の知識と使い方を教えてるんだ。有り体に言えば、国の魔法研究組織に入ったり、王国軍の魔導師軍団に入ったりするための力を付ける学校だ」
「え、そうなんですか? だとしたら、僕すごく場違いかも……」
「いや、気にすんな。お前にはそんな就職試験用の魔法を教えるつもりはない。俺自体が冒険者上がりだから、その手の授業すんの苦手だしな」
「冒険者上がり……あ、そうだ」
魔法のロープのことを思い出して、ユウトはポーチからそれを取り出した。
「あの、これってマルさんの使ってた物ですよね?」
「ん? ああ、懐かしいな! そう、俺が長年愛用してたロープ! 何、これユウトが買ったのか? 世間は狭いもんだなあ!」
「感謝大祭の露店でたまたま見つけたんです。魔力の馴染みが良くてすごく使いやすくて。魔工爺様にマルセンという人が使ってたとは聞いてたんですが、まさかここで本人に会えると思ってませんでした」
「お前、魔工爺様とも会って話したの? ……ってか、その指輪とベルトに下げてる杖もよく見たら魔工爺様の作ったモンじゃねえか!」
「あ、はい。魔工爺様にはお世話になってます」
そう答えると、マルセンは感心して何度も頷いた。
「はあー……そっかそっか。あの爺さんが認めてるなら地力に問題ねえわ。道具も一流だし、ひと月あればかなりいける。そもそも俺はこういう才能ある後進を育てたくて講師になったんだよなあ。これは楽しくなりそうだわ」
「学校の方のお仕事もあるのに大変でしょうが、よろしくお願いします」
「あ、平気平気。元々俺の講義は試験対策に不向きだから人気全くないのよ。陛下からの依頼でもあるし、学校にはひと月まるまるこっちに集中していいって言われてっから」
「え、そうなんですか? かえって申し訳ないような……」
自分ひとりのために講師を独占していいのだろうか。ユウトは少し困惑したが、当のマルセンは機嫌が良さそうに口角を上げている。
「いいんだよ。俺は教科書通りの魔法の授業しててもつまんねえの。工夫して試行錯誤して実力が磨かれていく感覚とか、あれが楽しいのによ。ここの奴らはそれが分かんねえんだよな」
「あ、その楽しさ、僕も分かります」
「だろ? お前良い子だな~!」
マルセンはわざわざ教壇を降りてきてユウトの頭をわしわしと撫でた。レオたちと比べるとかなり荒っぽいが、全然嫌じゃない。
「任せろ! 俺がお前を魔界の王に匹敵するほど強く育てて見せる! よーし、おっさん頑張っちゃうぞ-!」
「魔界の王って……ひと月でそんなになったら逆に恐ろしいんですけど」
ずいぶんと大きなことを嘯くマルセンにユウトは苦笑した。
でもとりあえず、有意義な一ヶ月になりそうな予感はある。彼は思ったよりも砕けた人だったけれど、魔法への考え方はしっかりしているし、方向性もユウトに合っていた。
「じゃあこれからまるまるひと月、指南をよろしくお願いします」
「よし! 俺は厳しいぞ! 多分だけど! 知らんけど!」
何で知らんのかよく分からないが、マルセンは再びユウトの頭をがしがしと撫でた。
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