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兄、弟を連れて兄の元へ行く

 レオは王弟の身分を隠しているため、直接王宮の入り口に行くわけにもいかなかった。


 以前は国民の前はおろか、臣下の前にも滅多に姿を現したことのないアレオンだったが、長年仕えている王宮の使用人あたりには顔が割れている可能性がある。

 王宮の人間と必要以上に表立った接触は避けなければならない。


「……レオ兄さん? 王宮はあっちだけど……どこ行くの?」

「墓地」


 レオはユウトを連れ、王宮に向かう通りから逸れて人気のない細い道に入った。この先には大きな墓地がある。

 日が暮れかけたこの時間ではすでに訪れる者も皆無。おかげでユウトが少々不気味なその雰囲気に呑まれ、オドオドと周囲を見回した。

 だがレオは気にせず、その敷地に足を踏み入れる。そして真っ直ぐに奥の大きな天使像に近付き、その裏に回った。


 そこには、古びた小さな石柱が立っていた。

 その先端に術式の彫られた魔法金属のパネルがある。そこにレオが手を翳すと、パネルの術が発動した。

 かなり年代物の機構だが、未だにちゃんと動くようで何よりだ。

 僅かな地鳴りと共にレオの足下の石畳がずれて、地下に続く階段が現れた。


「えっ? 何ここ?」

「国王の部屋から続いている緊急用の抜け道だ。王族しか開けることができないから、俺がいる時しか使えないがな。……行くぞ。暗いから足下に気を付けろ」


 石の階段を数段下り、内側にもあるパネルで石畳を閉める。

 途端に周囲のランプに明かりが灯った。


「おいで。このランプは俺のいる周りしか照らさないんだ。はぐれたら完璧に暗闇で迷子になるぞ」

「ま、待って」


 レオが差し出した手に、ユウトが慌てて掴まる。そして、そのままこちらの腕に縋り付いて来た。


「……ここって、一本道じゃないの?」

「万が一の侵入者に備えて、迷路になっている。罠もあるから、王族以外の突破はまず無理だ。1回ごとに正解の通路も変わるしな」

「レオ兄さんは答えが分かるの?」

「俺たちにはランプが正解の道を教えてくれる」

「へえ、すごい。さすがは王族専用の抜け道だね」


 感心したように呟いたユウトが、さらに兄の腕を掴む力を強くする。レオとはぐれたら本当にここから出られなくなるのだと理解したのだろう。

 しがみつかれているおかげで少し動きが制限されてしまうが、どうせここには魔物の類いは出ない。レオはユウトに好きにさせたまま、通路を進んだ。


 2・3歩先だけを照らすランプの明かりに従って、右へ左へ歩いていく。こう暗いと時間感覚もおかしくなって、ずいぶんと長く歩いている気がした。

 そうして黙々と進んでいると。


「……ようやく扉が現れたか。そこが王宮の地下だ。ここまで来ればもう罠はない」


 暗闇の中から、唐突に目の前に扉が現れる。重厚な造りのドアは、やはり王族でしか開けられない術式が掛かっていた。

 それを解除し、扉を開ける。


「あれ、地下室? こんなところに、誰かの部屋みたい……」


 扉の先はそこそこ広いスペースになっており、ベッドとテーブルセット、ソファに本棚が置いてあった。それを見回したユウトがきょとんとしている。そんな弟に、兄は簡単な説明をした。


「……もし兄貴に用事があって転移してくる時は、この部屋に飛べ。ここから上の王宮内は術式結界が張ってあって転移をしても弾かれるからな。だから一度ここに来て、奥の螺旋階段で上に上がるんだ。……まあそれ以外にも、この部屋は必要に応じて自由に使って構わん」

「使って構わないって……でもここ、誰かの部屋じゃないの?」

「……王都にいた頃の俺の部屋だ。気にしなくていい」


 当時の国王であった父は、勝手に臣下と接点を持たれないようにと、レオをここに追いやっていた。その頃の国王の部屋に通じる螺旋階段の先が、完全に封鎖されていたことは言うまでもない。

 昔のレオは基本的に、ここと魔法生物研究所と戦場を、転移魔石で移動するだけの毎日だった。


 おかげであまり良い思い出のある場所ではない。だが、どこか落ち着く部屋であることも確かだった。

 正直、父の周囲の古狸たちに立場を利用されることなく済んだのは、この誰とも会わずに済む部屋があったからだ。


「今ここに入れるのは俺と兄貴とルウドルト、そしてお前だけだ」

「何か秘密基地みたいだね」

「そうだな」


 何の重みもないユウトの感想に救われる気がして、小さく笑う。


「とりあえず今は上に行くぞ」

「うん」


 兄は弟を伴って、部屋の奥にある螺旋階段を上り始めた。

 国王の自室は3階だ。この地下が2階くらいの深さがあるため、5階分を一気に上る。

 レオは特に問題なかったが、ユウトは最後の方でぜいぜいと息を切らしていた。


「ここがてっぺん。この壁の向こうが国王の部屋だ。時折部屋に召し使いがいたりするから、出て行く時は気を付けろ」


 言いつつ壁の向こうの気配を覗い、壁をスライドする。

 誰も居ないことを確認して、レオはユウトを先に部屋に入れた。そして自分も入り、こちら側からだと本棚になっている隠し扉を静かに閉める。

 後はライネルを待つだけだ。


 豪奢な部屋を物珍しそうにきょろきょろと見回す弟を隣に呼んで、レオはソファに腰掛けた。






「ああ、いらっしゃい、アレオン、ユウト! 王都に来るのを待ってたよ!」

「ライネル兄様、お久しぶりです」


 部屋でしばらく待っていると、ライネルがルウドルトと共に戻ってきた。そしてこちらを見るなり破顔する。

 近々王都に来ることは伝えてあったから、本当に待っていたのだろう。

 律儀に立ち上がってぺこりと挨拶をしたユウトをぎゅっと抱きしめた。


「……兄貴、速攻でユウトにちょっかい出すんじゃねえ」

「まあそう言うな。あー、ユウトは相変わらず小さくて可愛いねえ。夕餉は食べたかい?」

「い、いえ、まだ」

「じゃあ私の分と一緒にここに用意させよう。ルウドルト、適当に理由付けて食事持ってきて」

「かしこまりました」


 ライネルはルウドルトに食事の準備を命じ、ユウトを解放して向かいのソファに座った。


「改めて、王都エルダーレアへよく来たな。今回は少し長めに滞在するんだろう?」

「そのつもりだ。とりあえずひと月くらい、街なかで部屋を借りて滞在しようと思っている」

「せっかく可愛い弟2人が来たのだから王宮で一緒に生活したいが、そういうわけにもいかんからなあ。できればこの近くに部屋借りてくれ。そして毎日顔出してくれ」

「無茶言うな」


 ここにまた来るには今と同じように墓地から来なくてはいけない。そんなにしょっちゅう来てられるか。


「まあ、狐を介してマメに連絡は入れる。兄貴から用事があったら、あいつを通して言ってくれ」

「……残念だけど仕方ないな」


 ライネルは不承不承頷いた。

 そこで仕切り直すように、レオは本題に入る。


「さっそくだが兄貴、以前ユウトに魔法学校の講師を紹介してくれるって言ってたろ。明日にでも頼みたいんだが」

「ああ、もちろん。向こうにはもう話を付けてある。近々ザインから将来有望な魔法奨学生が来るとね」

「しょ、将来有望……? って、僕?」

「そうだよ。何も間違ってないだろう?」

「ああ。間違ってないな」


 自分についた肩書きにユウトが気後れしたけれど、兄2人は普通にそれをあっさりと請け合う。2人とも、弟にどれだけのポテンシャルがあるのか知っているのだ。


「おそらくひと月後には、お前はランクS級程度ならひとりで倒せるくらいになると思うぞ」

「ラ、ランクSをひとりで!? いや、それは絶対無理!」

「ユウトなら大丈夫。私も今から可愛い弟の成長が楽しみだなあ」


 もちろん兄としてはそうなったからと言って、ユウトをひとりで戦わせるつもりなんて毛頭ないけれど。

 ……魔研というかなり厄介な相手から身を守るためにも、弟には是非とも力を付けてもらいたいのだ。


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