ネイ、煉獄の檻を掲げる
「ま、待って、ネイさん! 汚れた魂を浄化の炎で焼いて輪廻に返すアイテムって……レオ兄さんの持ってる、煉獄の檻のことじゃないんですか!? 僕たちが触ると危ないって言ってたアイテム……!」
しかしユウトもまた、今の初代王の言葉で同じアイテムを思い浮かべたようだ。おかげで、ネイが何を請け合ったかにも気付いてしまった。再びうるうると目に涙を浮かべる。
「まさか、自分を犠牲にして煉獄の檻を使うつもりじゃ……」
「あー……うん、まあ、ね。だってレオさんを取り戻すためには必要みたいだし。この後、利き手を失った俺はもう役に立たないからさ。俺が適任だと思うのよ」
「そんなの駄目です!」
この幕引きにネイ本人は納得しているのだが、ユウトは即座に反発した。まあ仕方がない。彼はその性格上、他人を犠牲にするくらいなら自分が犠牲になろうと考える子だからだ。
それでも「代わりに自分が」と言い出さないのは、自分が死ねばレオも死ぬからだろう。ユウトはもどかしげに初代王を振り返った。
「あのっ、怨念に操られる前にレオ兄さんの魂を身体に戻す方法ってないんですか!? もしくは、弾き出された汚れた魂を消す方法とか……!」
「……お前の聖属性魔法だと、汚れた魂は輪廻に戻れず消し飛ばされてしまう。すまないが、それは許容できぬ。それに、彼奴らの魂が輪廻に戻らんと、お前の兄の魂も賢者の石の欠片から解放されぬ」
「結局煉獄の檻を誰かが掲げないと、終わらないってことだよね? だったらやっぱり俺が……」
「それは駄目です――――――!!」
ユウトがぼろぼろ泣きながら、左腕にしがみついてくる。
うーん、困った。正直なところ、ネイとしてはこれほど理想的な最期はないと思っているのだけれど。
強引に動いて万が一ユウトにまで浄化の炎が引火したら、最悪の結果になる。いや、自分が目の前で焼け死んで彼にトラウマを与えただけでも危ういか。ユウトが病めば、レオもそれ以上に病むからだ。
しかし八方塞がりのこの状況、自分が動くしかない。
いっそエルドワに預けてユウトの目と耳を塞いでいてもらうかと子犬を見ると、彼はいつの間にか落とされたネイの右腕のところにいて、すんすんとその匂いを嗅いでいた。
「……エルドワ? 何してんの?」
切り落とされた人間の腕など普通の子どもならビビりそうなものだが、エルドワは平気らしい。まあ、常に戦闘で魔族やアンデッドの身体を食い千切ったりしてるから今更か。
子犬はネイとユウトが見ている中、それを拾い上げると今度はレオの側に近付いていった。そしてくるりとこちらを振り返る。
「ねえ、ネイ。煉獄の檻って、火が付いてなければ普通に触れる?」
「……うん? 俺が宝箱からゲットした時に触って大丈夫だったから、中に魂が入る前なら問題ないと思うけど」
「そっか。分かった」
ネイから答えを得たエルドワは、視線を戻して躊躇いなくレオのポーチに腕を突っ込んだ。
「えっ、ちょ、エルドワ!?」
「これか」
ネイとユウトが待ったを掛ける前に、ポーチからアイテムが引き出される。間違いない、煉獄の檻だ。
エルドワはそれをすぐに地面に置いて手を放した。
「な、何してるの!? 近くにいたら危ないよ、エルドワ!」
「大丈夫。これ、レオがやってたみたいに誰かが掲げないと魂が中に入ってこないから」
ユウトがそんなエルドワに青ざめたが、当の本人は落ち着いたものだ。それからまた檻の近くでくんくんと周囲の匂いを嗅ぐと、やがて子犬は何かを確信したようにうんと頷いた。
「この煉獄の檻、エルドワのおやじ様のところ……地獄の門にあったアイテムに似てる。一度も触らせてもらったことなかったから詳しくないけど、魔力の匂いも同じだし、これならいけるかも」
……いける、とは?
ちょっと待て、まさかエルドワが檻を掲げるつもりではあるまいな。それを危惧してネイが口を開こうとすると、その前にまた彼の方が振り向いてこちらに声を掛けた。
「ネイ、ちょっとこっち来て。ユウトはそこで待ってて」
「あ、はいはい」
「……エルドワ、危ないことするつもりじゃ……?」
「ううん、多分大丈夫。だけどユウトは念のためそこにいて」
不安そうなユウトをその場に留め置き、ネイだけがエルドワのところに向かう。すると近付いた途端に子犬がさっき拾った右腕を差し出して来た。
「ネイ、これくっつけて」
「は? いや、くっつけてって……あ」
縫合もせずにくっつくわけがあるまいと思ったら、すぱっと綺麗に斬られた断面にトリモチが付いていた。さっきユウトが使って偽レオが放ったやつだ。いつの間に。
わけも分からずだが、ひとまずエルドワの言う通りにしてみる。ユウトの回復魔法おかげでこちらの断面もそれほど痛みはないし、接合するのにそれほど問題はなかった。
もちろん、形式的にくっつけたところで動かせるわけではない。しかしこの段になって、ようやく子犬の思惑に気が付いた。
「もしかして、この腕で煉獄の檻を持ち上げさせようとしてる?」
「そう。……エルドワの知ってるアイテムと条件が同じなら、おそらくネイが燃えることはない」
そういえば、レオがヴァルドから聞いた煉獄の檻の説明では、「魂を持つものは浄化の炎に触れれば肉体ごと焼かれる」という話だった。だがその浄化の炎と肉体の間に、魂を共有しない死んだ組織――――――切り落とされた腕が挟まればどうか。
レオが持っていた時も燃えているのは肘から先だけだったし、そこで炎が遮断できるなら、ネイが無事にやり過ごせる可能性は高かった。
(……こんな身体で生き残ったところで、何の役にも立たないんだけどなあ……。でもユウトくんのためには、ここで死んでみせるわけにもいかないか。レオさんに影響が出るのも怖いし)
どうやら、理想の最期はお預けのようだ。
「……偽物レオさんに腕を切り落とされたのが、こんなとこで役に立つとは皮肉だなあ」
「ネイ、腕以外のところが炎に近付かないように注意して」
「はいはい」
こうなったら、とっとと敵の魂を燃やしてレオとクリスの魂を取り戻すのが肝要。ネイは動かぬ指先をうまく煉獄の檻の持ち手に引っかけて、高く掲げた。
「ネ、ネイさん! そんなことして大丈夫なんですか!?」
「うん大丈夫大丈夫」
細かい事情が分かっていないユウトがはらはらと声を掛ける。その後ろで、成り行きを見守っていた初代王が喜色を見せた。……なるほど。おそらくこれこそが、彼の悲願だったのだ。
ネイの眼前で、檻の中に炎が灯る。
エルダール王族の怨念たちを捕まえた証だ。
一度火が付けば、その炎が消えるまで檻を取り落とすことはない。
「……とうとう、連綿と続いた我が一族の魂の解放が叶った……! 感謝するぞ、お前たち!」
燃え上がる炎に、初代王が感無量といった様子で天を仰ぐ。
そしてようやく再び呪いの剣の柄を握った。
「これでお前たちのゲートクリア条件は揃ったも同然。なれば私も最後の働きをしよう」
初代王はそう言うと、ついに剣を鞘から抜き放った。




