兄弟、王都に向かう
「ユウト、王都に行くんだって?」
冒険者ギルドで顔を合わせたルアンは、開口一番そう訊ねてきた。
「あれ、もう知ってるの? 僕も昨日の夜にレオ兄さんに聞いたばかりなのに」
「……師匠が言ってた。ていうか、師匠も王都に行くから、しばらくオレの指導ができないって言われた」
ああ、何となくルアンが不機嫌そうなのはそのせいか。ネイが王都に行くのはこちらの都合によるものだから、ユウトはちょっと申し訳ない気持ちになる。
「ごめんね。でもひと月くらいで戻ってくる予定だから。ネイさんは転移魔石も持ってるし、その間もこっちに来ると思うけど」
「師匠だけじゃなくて、ユウトたちがいないのもつまんないよ。……オレも行きたいって言ったんだけど、パーティも違うし、師匠が駄目だって。あーあ、オレ雑用でも何でもやるんだけどな」
「俺たちも遊びで行くわけじゃない。王都での勝手を知らないお前が来ても役に立てるわけがないから、せっかく積み上げた自信を失うことになるぞ。それよりもザインで地力を作ることに専念しろ」
「……師匠にも同じこと言われた」
レオの言葉にルアンは頬を膨らましたけれど、食い下がることはしなかった。納得はしているが、ただ感情的に不満を訴えたいだけなのだろう。
「最近あまりクエストに行っていないようだったし、この間は久しぶりに父親たちと討伐依頼でも受けてみるといい。自分では気付きづらいが、おそらくパーティの中でのお前の存在価値はぐんと上がっているはずだ。経験を積むには実践が手っ取り早いし、自信にもなる」
「……分かった。頑張るよ」
ルアンは不満顔をしつつも、素直にレオの言葉を受け頷いた。
「ところで、今日は拠点移動の手続きをしにきたのか?」
「うん。ひと月だけだけど、あっちの冒険者ギルドでも依頼を受けるかもしれないし」
「王都の冒険者ギルドはここよりでかくて、依頼もいっぱいあるらしいぜ。んで、朝の混雑はザインの比じゃないって。ユウト、潰されんなよ」
「うわ、ホント? 混雑時には近付かないようにしよう……」
話をしながら受付の窓口に行く。空いている時はやはりリサのところだ。向こうからも手招きされた。
「こんにちは、リサさん」
「はい、こんにちは、ユウトくん、レオさん。拠点移動手続きよね? ルアンが朝からあなたたちが王都に行くことに拗ねちゃって、ずっとここをうろうろしてたのよ」
「母さん、そういうこと言わなくていいよ!」
娘に叱られて、リサは苦笑しつつ肩を竦める。
「冒険者が拠点をひと月留守にするなんて、短い方なんだけどね。……さて、拠点情報を書き換えるから、2人ともギルドカードを提示して下さい。王都に行ったら、あっちの冒険者ギルドでも移動手続きをしてね」
「分かりました」
ユウトたちはカードの情報を書き換えてもらうと、それをポーチにしまった。
「リリア亭の方は部屋の契約は止めるの?」
「いえ、どうせ戻ってくるから継続で借りておきます。不在中の部屋代は安くしてくれるみたいですし」
「そう。まあ、リリアとダンさんもあなたたちが戻ってきてくれると分かってれば安心できるわね。……出立はいつ?」
「……明日の早朝に出る。夕方には街道沿いの宿駅に着きたいからな」
「あ、そうなの? 今知った。早いね」
「何でユウトが知らないんだよ」
ルアンが呆れたように首を振る。
「……明日の早朝だな。オレ、見送りに行く」
「ほんと? ありがとう」
「レオさんが居れば大丈夫そうだけど、道中気を付けて行ってきてね」
「はい。ありがとうございます、行ってきます」
出立が早いなら、これから部屋に戻って旅の準備をしなければ。
ユウトはリサとルアンに挨拶をすると、レオと一緒に冒険者ギルドを後にした。
翌朝、ユウトとレオ、そしてネイはルアンに見送られてザインの城門を出た。
朝日の下半分がまだ地平線に隠れている。そんな時間だけれど、同じように王都に向かう冒険者やキャラバンがそれなりにいた。
その最後尾をゆっくりと歩いて行く。
「……今回はどうして歩いて行くの? 転移魔石があるから、てっきりそれで行くんだと思ってた」
「街の検問を出たその数分後に王都の検問を通ったら、転移魔石を持っていることがバレるだろう。今回は正式な拠点移動の届けも出しているし、宿駅にも履歴を残さないといかん」
「転移魔石を持ってるとバレたら駄目なんだ?」
首を傾げたユウトに、レオは頷いた。
「転移魔石は冒険者はもちろん、商売人や貴族たちも喉から手が出るほど欲しがるものだ。バレると襲われたり売買を求められたりするし、事情を知らない憲兵に目を付けられることもある。面倒臭いことこの上ないぞ」
「1回使うと魔力が溜まるまで3日掛かるしね。緊急の時以外は使わないに越したことはないんだよ」
横からネイも補足をする。
どうやら転移魔石とは、ユウトが思うよりずっと稀少なものらしい。人前で出したり使ったりしないように気を付けよう。
「王都には歩いてどのくらい?」
「今日途中にある宿駅で泊まって、明日も早朝から歩けば夕方には着く。実質2日だな」
「ユウトくん、足は平気? 一応途中で何度か休憩入れるけど」
「今のとこは平気です。『もえす』で作ってもらったブーツ、全然疲れないんですよね」
「……あそこは装備の性能だけは間違いないからな」
そんなことを話しながら、3人は街道を進んだ。
整備された道は歩きやすく、魔物などが出ることもなく、とても平和だ。自然溢れる景色も良いし、気分も良い。
そうして差し掛かった小川の近くで、先頭を歩いていたネイがこちらを振り返った。
「そこに涌き水があります。ちょうどお昼を回ったところですし、一休みしましょう」
「わ、嬉しい。冷たいお水欲しかったんです。水筒の水はもう温まっちゃったから」
「ユウト、川に落ちないように気を付けろよ」
「ん、大丈夫」
先導するネイについて行き、水筒の中身を涌き水に入れ替える。ついでに手で掬って飲むと、冷えた水が心地よく喉を通り抜けた。
「さて、水分補給の次はエネルギー補給かな。ルアンくんがお弁当作って持たせてくれたんだ。みんなで食べようよ」
ユウトは近くにあった木の切り株をテーブルに見立てて、ポーチから出したルアン特製弁当を置いた。
大きさの違う3つの器の蓋を取る。
一番大きな器にはおにぎり、2番目に大きな器にはおかず、最後の器には果物が入っていた。
彩りも見栄えも良く、すごく美味しそうだ。
「うわ、想像以上のクオリティ……。いただきます」
まず卵焼きをつまむと、その絶妙な甘さに思わず口元が緩む。あーコレ、延々と食べれるヤツだ。
「料理上手とは聞いてたけど、ほんと美味しい……! 僕ふわふわで甘い卵焼き大好きなんだよね」
レオとネイもおにぎりとおかずに手を出す。
「確かに美味いな」
「ルアンはどんな料理も美味いんだよなあ。あんな男みたいななりをしてるけど家事全般完璧だし、良い嫁さんになるわ」
「ルアンくん、性格も良いですもんね」
「親の育て方が良いんだろうな」
3人とも手が止まらず、あっという間に器の中身が空になる。最後に果物を食べきって、みんなでルアンに感謝した。
「あー、すごい元気出たわ。これで後半も頑張れる」
「ザインに帰る時、ルアンくんに良いお土産買っていこうね」
「そうだな」
エネルギーをすっかりフルチャージした3人は、再び街道を歩き始めた。
そうして道中は順調に進み、やっと辿り着いた宿駅。
ちょっとした集落になっているそこは、何軒もの宿屋があった。部屋代はピンキリで、安めの宿はすでに満杯になっている。
レオはその立ち並ぶ宿屋の中から、迷うことなく高級宿を選んだ。
「い、一泊ひとり金貨2枚……!? 高っ……!」
「その分、待遇は良い。部屋は広いし風呂も付いてるし、今日の夕食と明日の朝食も付いてる。ユウト、2人部屋でいいか?」
「レオさん、ひとり忘れてるんですけど。3人部屋でしょ俺入れて」
「……何故貴様と同室になる必要があるんだ」
「あれ? 俺、仲間だよね?」
「とりあえずこっちの都合で連れて来た手前、金は出す。だが貴様は1人部屋だ。俺とユウトの癒し空間に入って来んな」
レオはネイをしっしっと手で追い払うようにすると、宿屋のカウンターへ向かった。
それに気付いた宿の受付がこちらに向かってお辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
「宿泊したい。2人部屋をひとつと1人部屋をひとつなんだが」
レオが希望を伝えると、受付は少し困ったような顔をした。
「大変申し訳ございません、お客様。本日キャラバンの団体様がいらしていまして、空いているのは3人部屋がひとつだけなのです」
「……何だと……?」
「あ、はーい、それでいいです! 3人部屋! ね、ユウトくん」
「うん、良いと思います」
3人いて、3人部屋。何の問題もない。
「貴様! 勝手に決めるな!」
「いやいや、今ちゃんとユウトくんに許可もらいましたー」
「レオ兄さん、仕方ないでしょ部屋がないんだから。せっかくだし仲良く泊まろ。ね?」
「そうですよ、レオさん。仲良く泊まりましょう。ね?」
「くっ……ユウトを味方に付けおって……!」
「では3人部屋のお手続きをいたします。こちらがお部屋の鍵になります」
レオは納得がいかない様子で、怒りに震える手で鍵を受け取った。




