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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、初代王の思惑に戸惑う

 過去を全て思い出したユウトは、呪いの剣がどういうものかをある程度把握していた。……昨晩レオと夢で追体験した過去とは別の、本来の当時の記憶も持っているからだ。

 忘れないように封印していた、あの頃の。

 ユウトはその記憶を脳内でさらった。


 まず、悪魔の水晶(デモン・クリスタル)が使われているせいで、あの剣に半魔や魔族が触れると某かの罠が発動すること。

 エルダール王族に影響を及ぼす、さらにはレオに害を為す術式が刻まれていること。

 そしてその剣を鞘から抜けば、この殻の空間を維持できないほどの魔力の反発が起きること。


 つまり問題なく剣に触れられるのは、純然たる人間でありエルダール王族でもないネイだけとなる。だからユウトは彼に剣を抜いてもらい、この空間を破壊してもらうつもりだったのだ。

 おそらくこの黒い殻さえ無くしてしまえば、聖属性の魔法が使えるようになるだろうから。


 しかし、そう考えたユウトを制するように、初代王が入っているというクリスがネイを止めた。


「そこのお前、鞘を抜くのは待て。現時点では得策ではない」

「えっ? ちょ、どうする、ユウトくん!?」


 その口調と雰囲気で、クリスの中にいるのが本人じゃないということはネイも分かったようだ。その上で、ユウトに判断を仰ぐ。彼にはどちらにしても、その後に何が起こるか分かっていないからだ。

 もちろん、ユウトにだって今後の予想が付いているわけじゃないのだけれど。


(……鞘を抜いたら何が起こるか、この人は知ってる?)


 現時点では抜くな、ということは、別で鞘を抜くタイミングがあるということだ。

 これは助言か空言か。

 この初代王からは嫌な気配は感じない。それでもさっきは明確に、ユウトたちの敵だと自称していたのだ。この言葉に従っていいものだろうか。


「……あなたは敵じゃないんですか?」

「今の私は、誰の敵でもない」


 彼の発した端的な言葉は、するりとユウトたちの身体に入ってきた。これは、最初にカリスマに掛かった時と同じ感覚だ。こちらに心を傾け、嘘も悪意も乗っていないからこそ直接心に届く。つまり、初代王の言葉は真実だということ。王族の怨念から来る瘴気も、ありはしない。


(……この人、もしかして……)


 本能的に理解する。初代王は、呪いの剣から完全に切り離されているのだと。その確信を得て、ユウトはすぐさまネイに声を掛けた。


「ネイさん、ひとまず鞘は抜かずに!」

「了解! てことは単純に、こいつをぶっ飛ばしていい? 得物は取り戻したし、中身がレオさんじゃないなら負ける気ないんだよね」

「ククッ、笑止! 私をぶっ飛ばすなどと……貴様などこの斧で真っ二つにしてくれるわ!」


 どうやらネイはレオを奪われた鬱憤を直接晴らしたかったらしい。自分の短剣を取り戻したことで、殺意に満ちた好戦的な笑みを浮かべる。

 どうすればレオの魂を身体に取り戻せるのかなんて分かっていないが、とにかく中にいる王族の怨念をボコりたいのだろう。大口を叩く偽レオに、ネイはフンと鼻を鳴らした。


「馬鹿か。レオさんは斧を扱ったことがないんだぞ。もちろん中身があの人ならすぐに身体を合わせられるだろうが、てめえらにできるわけないだろ。その上、大振りが基本の大斧じゃあ俺の速さに対応するのも不可能だ。俺はレオさんよりもクリスよりも速い」


 言うなり、ネイは目にも留まらぬ速さで偽レオに肉薄した。そのまま短剣を、振りかぶることもなく最小の動きでまっすぐ胴体に差し向ける。武器で捌くのは非常に難しい角度だ。しかし浴びせ掛かった一太刀を、敵は反射的に斧の柄で受け止めた。

 反射的に、だ。つまりレオの身体能力が無意識に対応している。


 そして次の瞬間には、反射的にカウンター攻撃が繰り出された。

 短剣を弾き飛ばし、剣でなぎ払おうという動き。だが得物が大斧なせいで、偽レオの動きが一拍遅れる。それを見越したネイは、上手にその場を離脱した。


「さっすが、レオさんに染みついた動き。中に入ってるのがポンコツでも、この攻撃はいなすんだな。……だが、遅え。慣れない斧から剣に持ち替えなくていいのか? 扱いづらいだろ」

「そんな虚言で、この威力ある大斧を手放させようとしても無駄だ! 少しでも掠れば、貴様など容易く吹き飛ばせるのだからな!」

「やれやれ、せっかくの助言なのにそれは残念」


 そう言いつつ、猜疑心を煽ったネイはしたり顔をする。敵が斧を得物としている限りは、攻撃に当たらないという自信があるのだろう。

 だがその表情の底に、怒りが渦巻いているのがユウトにも分かる。レオの身体でありながら、酷く浅慮で高言が見苦しいからだ。おそらくその姿は、ネイの持つレオ観に著しく反しているに違いない。


 ユウトだってあれがただのレオの偽物であれば、紅蓮の柱(バーニング・ピラー)で焼き払いたいくらいだ。しかしその身体が本人のものであると思えば、思いとどまるしかない。いくら自分と繋がっている限り兄は死なないとしても、損傷は残ってしまうかもしれないし、髪の毛がちりちりパーマになったら申し訳ないのだ。


 何よりレオの身体に、闇魔法の痕跡を残すことはしたくなかった。


(聖属性魔法が使えるようになれば精神体に対する攻撃ができるかと思ったけど……今はネイさんの物理攻撃に頼るしかないか)


 すぐにネイと偽レオの攻防が始まったが、ユウトはその間にとエルドワを伴って上体を起こしているクリスのところに向かった。

 その中にいる初代王は、きっと現状の打開策を知っているに違いないからだ。だってこんな状況を眺めながら、この事態が予定調和だとでも言わんばかりに落ち着いている。


 彼は「今は誰の敵でもない」と言っていたけれど。

 ただ、”こうなること”を仕組んだのはきっとこの人。

 ……いや、この人だけじゃない。現状がその思惑通りだとすれば、もしかするとユウトの父である魔王も手を貸しているかもしれなかった。


「……初代王、さん? 色々訊きたいことがあるんですけど……」

「うむ、気持ちは分かるが、済まぬ。私には先にやらねばならぬことがあるのだ。……あの男との約束なのでな」

「あの男って、父さん……魔王ですよね?」


 訊ねたユウトに、初代王は答えず軽く笑って見せた。

 それは無言の肯定。つまり、この事態には魔王も加担しているということだ。それも、魔王が呪いの剣と合わさってしまう前からの示し合わせということになる。一体どういうことだろう。

 この人たちは何を画策していて、どこまでが彼らの思惑通りになっている?


 不可解ではあるけれど、それでもなぜか不信感が湧かないのは、またカリスマに掛けられてしまっているからなのだろうか。ユウトには初代王がどうにも敵だと認識できない。だが味方なわけじゃないのも確か。

 だって彼自身、『エルダール王族の怨念』の敵ですらないと言う。


 ではこの人は、切り離された魂で、クリスの身体で現れて、今から何をしようというのか。

 そう困惑したユウトに、男は穏やかな口調で囁いた。


「お前も力を貸してくれ、世界の希望。私が『虚空の記録(アカシック・レコード)』を書き換えるために」



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