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弟、兄をぶっ飛ばす決意をする

 憑依とは、一時的もしくは永続的に、肉体所有者の魂を押しのけて別の魂が入り込み、その者に成り代わることである。

 精神体を持つ敵が時折仕掛けてくることがあるが、それが成功するのは基本的に被術者が格下のランクの場合のみ。それも当然戦闘中の一時的なものだ。


 ゆえに、ランクSSSの実力を持つレオに憑依できる者は、ほぼいないと言っていい。おまけに、この兄は魔王に隷属している。隷属は重複することのない契約で、他者が介入できない状態だ。つまり現状、魔王以外にレオに憑依できる者はいない、はずだった。


「敵は剣に宿った父さん……魔王の自我がないことを利用して媒体に使い、レオ兄さんへの憑依を可能にしたんです。わざわざ復讐する死者に変化したのは、おそらく……人間のままでは自身の肉体が邪魔で、憑依ができないから」

「元々の狙いが、レオさんを倒すんじゃなくてその身体を奪うことだったってことか……。確かに前王はレオさんの力に強い劣等感を抱えてたもんなあ」


 他にも判然としないところはあるが、これが目的の一つだったことは間違いあるまい。何となく敵の狙いが不可解で剣はユウトが引き受けると告げたのだけれど、結局こうなってしまった。

 もう少し早く、この狙いに気付いていれば。

 こういう考察に長けたクリスが、こちら側にいなかったのがやはり痛い。


「……ククッ、クハハハハ! とうとう手に入れたぞ! 何者にも脅かされることのない強さを持った身体を! 行く手を阻む邪魔者を排除できる力を!」


 ユウトとネイの目の前で、憑依されたレオが悦に入った様子で高笑いをする。普段の兄なら絶対にしない表情だ。それに嫌悪感を覚えて顔を顰めたユウトと同じく、近くまで下がってきていたネイがひどく不愉快そうに舌打ちをした。


「……レオさんの姿形で、小物臭ぷんぷんさせた下卑た笑い方しやがって……許しがたいな、これは」

「ふん、どう許さないと言うのだ? この身体の記憶によれば、貴様は死神との契約によるバフを失って弱体化したカスだろう。その上、手元に得物もない男が、どうやって私に勝てると?」


 レオの姿をした男はそう言いつつ、剣を収めると足下に落ちていた憎悪の大斧(ヘイトアクス)を拾い上げた。……敵は兄の身体だけでなく、クリスの魂の素養も再び取り込んだのだ。

 執拗に憎悪の大斧にヘイトを溜めていたのは、最初からこうして憑依したレオに使わせるためだったのだろう。結局こちらの戦力をまんまと利用されたということ。


 これは、だいぶ旗色が悪い。

 敵はレオとクリスの力を取り込んだ上に、上空を飛んでいるドラゴンたちのこともレオを通して支配下に置くことになる。

 一方こちらの戦力は聖魔法が封じられているユウトと、主となる武器が手元にないネイ、ユウト(と意識のないクリスの身体)を守りながら戦うことになるエルドワだ。明らかにこちらの方が不利。


 さて、この状況をどう打開したものか……。

 そう思案したユウトに、不意にレオの姿をした男が声を掛けた。


「ユウト、お前はこちらに来い」

「……は?」

「エルドワを連れて、この兄の方に来るのだ。我らは兄弟だろう」


 ……もしや、これは兄のカリスマで弟を引き寄せているつもり?

 口調すら寄せていないあまりにも適当でなおざりな誘い文句に、ユウトは一瞬ぽかんとする。しかし次の瞬間、一気に怒りが込み上げてきた。


 レオの姿で、レオの声で、全く弟に心を傾けない言葉を発する男。そんな偽物の分際で、口先だけで己を兄弟だなどと呼ぶなんて。何なのこいつ。人を馬鹿にするにも程がある。

 ユウトはすっくと立ち上がり、男を睨みつけた。

 本当ならカリスマに掛かったふりをして上手く立ち回った方が賢いのかもしれないけれど、とてもじゃないが許容できない。


「……あなたなんかに従うわけないでしょ。レオ兄さんを返して」

「何だ、その目付きは。貴様、全然可愛くないな。この容姿、どこからどう見てもお前の兄だろうが」

「ぜ、全然可愛くない……!?」


 これまで一緒にいて、レオに一度も言われたことのない言葉だ。それを兄の声で発せられて、ユウトは強い衝撃を受けた。もちろん自分を可愛いと思っているわけじゃないけれど、レオがそう思ってくれていることだけは確かで、それはこの弟の拠り所でもあったのに。


(こいつっ……、こいつ、こいつこいつーーーーーー!!)


 他人を罵る語彙をほぼ持たないユウトは、表現できない怒りを身体の中で煮えたぎらせる。

 以前ジラックに偽アレオンがいると聞いた時もだいぶ腹を立てたが、正直その比ではない。これまで抱いたことのないような激しい憤りにぷるぷると身体を震わせていると、ネイがユウトに代わって口を開いた。


「……てめえ最悪だわ、レオさんの口でそんなこと言いやがって。あー、殺してえ……。近くにレオさんの魂がいたら、今絶対てめえを殺してくれと思ってるに違いないわ」

「貴様ごときが最強の身体を手に入れた私を殺せるわけがなかろう。そもそもこの身体は、貴様が崇める主のものなのだぞ? それを傷つけようとは、カスには忠誠心もないようだ」

「うるせえ、俺をカス呼ばわりして良いのはレオさんだけなんだよ。てめえじゃねえ、クソ野郎」


 ネイの目が明確な殺意を乗せて眇められる。これは今までユウトに見せたことのない、『死神』と呼ばれた暗殺者の表情かお。粗暴な口調には、いつもの人懐こさは微塵も感じられない。本気で怒っているのだ。

 しかしそんなネイを、男は見下したように笑った。


「だが事実、貴様は力を失ったゴミくずの残りカスだろう」

「……見た目も声もレオさんなのに、中身が違うだけでこうも殺意が湧くもんかね。レオさんの顔で笑いやがって、怖気が走る」

「同感です、ネイさん! こんな人がレオ兄さんの身体を乗っ取っているなんて許せない!」

「貴様も、弟の分際で逆らうか。全く躾のなっていない小童め……。聖属性の封じられたこの場では、どうせ他人に守ってもらうことしかできぬくせに。このちんちくりんの役立たずが」

「ちっ……ちんちくりんの役立たず……!?」


 偽レオは、ユウトのことも悪し様に罵る。

 特にちんちくりんという言い種は、身体が小さく筋肉の付かないユウトにとって地雷とも言うべき蔑称。それを普段から弟に筋肉を付けさせたくないと阻止をしてくる兄の声で揶揄されて、ユウトの頭の中でプツンと何かが切れた。ゴゴゴ……と背後に見えない憤怒の炎が噴き上がる。


 おそらく今の状態を本来の兄が見たら、これまでにない怒りを顕わにした弟に竦み上がったことだろう。レオはユウトの心の機微にだけは敏感であり、弟に叱られることをひどく恐れる人だから。

 しかし目の前の男はそんなユウトに怯まない。こちらを侮り、見下した薄い笑みを浮かべている偽レオを、ユウトは怒りを込めて睨めつけた。


「……許さない、レオ兄さんの顔と声で僕をちんちくりん呼ばわりするなんて……! どうせ僕は筋肉のないへなちょこだよ! それでも僕だって戦える! もう、もう絶対! あなたなんかレオ兄さんの身体から叩き出してやるんだからーーーーーー!!」

「よく言った、ユウトくん! 俺たちでこのクソ野郎をレオさんから引っぺがすぞ!」


 ネイも加わり、二人の怒りが燃え上がる。その魔力と殺気がすさまじい。もはや二人とも力尽くでレオの中から敵を追い出すことに、ためらいはなかった。







 だがその様子を背後で見ていたエルドワは、少々困惑していた。


(……ユウトの匂いがまた変化してる)


 怒りに誘発されて、何か新たな力が目覚めたのだろうか。もしくは、封じられていた昔の力を取り戻したか。

 何にせよ、レオでは察知できない変化がユウトに起こっているのは確かだ。


(ネイの様子も何か変わった。……これって、どこまで意図的に状況が操作されてるんだろ。……おまけにあの人の魂の匂いが)


 エルドワはちらりと足下に横たわるクリスを見る。今はまだピクリとも動かないけれど。


(あの人……初代王の魂の匂いが、いつの間にかクリスに憑依してる)



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