表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

756/765

兄、当時のエミナの状況に疑問を持つ

「エルダール初代王であるあなたについて、多少お訊きしても? できれば歴史資料の残っていない最終戦争ハルマゲドン前のことから知りたいのですが」


 レオが静観に入ったことで探究心に火が付いたクリスは、無遠慮に切り込む。この男はカリスマに掛かったからといって、相手に配慮して質問を控えるような質ではないのだ。

 そんなクリスに、初代王は鷹揚に笑った。


「その自身の知識欲に忠実な性質、本当にルイスにそっくりだな。……だがそれを知ったところで何になる? 歴史は何も変わらん。そもそも敵である私の主観で語った話に、公平性などありはしないだろう」

「公平性などいりません。私は納得したいだけなので。あなたがなぜ復讐霊と手を組み、エミナを滅ぼすに至ったのか。そしてなぜ私の祖先であるリインデル研究所の所長だけを生かしたのか。……私はあなたが単に私欲で世界の王に君臨するためだけに最終戦争を起こしたとは、思えないのです」


 確かにクリスの言うように、こうして初代王と対峙すると、我欲のみで国を滅ぼすような粗暴な人間には見えない。復讐霊に操られ結果的に最終戦争を引き起こしたのだとしても、そのきっかけとなる何かがあったはずだ。クリスはそれを見極めたいと思っているのだろう。


「言いづらいことがあるのなら、多少の捏造が入っても気にしません。逆に言えばそれは今のあなたが何かに操られているのではなく、自身の意思を持っている証になりますから」

「……残念だが、わざわざ捏造までして己の過去を語るほど、私は酔狂ではないな。事実として私はこの剣に支配されているし、逆らうこともできん。お前たちの敵たることは揺るぎない、それ以上の事実が必要だろうか?」


 しかしさすがに初代王も、何でもかんでも答えてくれるわけではなさそうだ。苦笑しつつ肩を竦め、クリスの質問を一蹴した。

 まあ実際、敵である彼がこの男の知的好奇心に付き合う謂われはないのだ。これは当然の結果か。

 けれど、これで引き下がるクリスではなかった。


「ではこうして敵たる我々と会話しているのは、あなたの意思ではなく剣の意思だというのでしょうか? それがカリスマを効かせるための罠だというのなら、あまりにも間怠っこしい。本来なら耳目を喜ばせるだけの甘言を弄すればいいのに、なぜわざわざ『敵』という言葉を使って我々を近付かせないようにしているのでしょう?」

「私がお前たちの敵であることは事実だからだ。そこを無視した口先だけの甘言では、カリスマの効果は格段に落ちる。人の心に刺さるのはいつだって真実だ。お前とて、私が最初から偽善的な言葉を並べて誘いを掛けていたら、今ほど私の言葉に耳を傾けなかったろう? お前は間怠っこしいと言うが、結局私の懐柔策は成功しているということだよ」

「た、確かに……! くっ、どうしようレオくん! この無駄のない行動理念に理屈の通った語り口、私この人好きかも!」

「いきなりときめいてんじゃねえよ!」


 ああ言えばこう言う、説得力も兼ね備えた初代王の頭の回転の速さは、どこかクリスに通じるものがある。元々が知恵者好きの男だ、自分の持たぬ知識を持ちそれを飄々と語れる相手に、惚れ惚れしてしまったのだろう。

 ……なんとなくだが、クリスの先祖であるリインデル研究所所長も、こんな感じで初代王に傾倒していたのではと察してしまう。


 クリスは妙に昂揚した様子で顎を擦ると、目の前の男の言葉を反芻しながら頷いた。


「なるほど、カリスマを効かせるには真実の言葉が必要。発言の信頼性もまた求心力に繋がるわけですか。……つまりあなたの言葉は信用に値する」

「待て、クリス。真実の言葉なんて、そう思わせるための詭弁かもしれないだろうが」

「いや、実際ライネル陛下の演説もそうだったんだよ。国民に語る公約なんかに関して有言実行な方だとは思っていたけど、カリスマを効かせるには嘘が御法度だというならその誠実性にも得心がいく。……そう考えるとカリスマって、スキルというより人の上に立つ資質みたいなものかも」


 レオの突っ込みを否定したクリスが、ふむふむと一人で納得している。しかしすぐに、はたと何かを思い立ったように目を瞬くと、初代王に質問を投げかけた。


「そういえば、カリスマってエルダール王族にしか継承されませんよね? ……もしかして、これって人心を掌握するために復讐霊から与えられた、能力ギフトだったりするのでは?」

「この男に民を煽動させるために、カリスマは復讐霊が後付けした能力ってことか? 確かにそのスキルが王族以外に発現しないってことは、何か意図を感じるが……。能力自体、この血に紐付いているんだろうし」

「……まあ、カリスマが後付けで与えられた特殊な能力だというのは間違いではない。だがお前たちの言う『復讐霊』が私のカリスマで人を支配させようと考えていたら、その発動にこれほど制約を設けると思うか?」


 男の言葉はもっともだった。

 そもそも人を一時的に惹き付け煽動するだけならば、混乱を伴う魅了を仕掛ける方が遙かに手っ取り早かったはずだ。

 しかしカリスマの制約は今レオが知っただけでも、『言葉に悪意を乗せてはいけない』『嘘を吐いてはいけない』『意識を向けて言葉を尽くす』と面倒なことこの上ない。そこにかなりの教養と人間力も必要だ。

 つまり、知性と揺るぎない信念を持つライネルのような人間でないと発動は難しいのだ。


 そこまで考えると、カリスマの資質のある者は復讐霊とすこぶる相性は悪く、簡単に御することなどできないと分かる。人をそそのかして操りたい復讐霊が、わざわざ精神性の高い人間にカリスマの能力を与えたとは考えづらい。

 そうだ、どちらかというとこれは、人の上に立つ者の自覚を促しその言動を律するような制約。


 だとするならば、それをこの初代王に与えたのは。


「……もしやあんたにカリスマの能力を与えたのは、大精霊か」

「そういうことになるな」

「えっ? 待って下さい、つまりあなたは大精霊から能力を与えられながら、復讐霊とも手を組んだ……?」

「……まあ、結果的にそうなったということだ」


 クリスの問いに、男は軽く肩を竦めて苦笑する。

 その様子だけでレオたちは、この結果が初代王の望んだことではなかったのだろうと察した。それでも余計な弁解をしないのは、結局過去がどうあろうが、この男が復讐霊に支配されている敵であることに変わりはないからだ。


「……あなたのような思慮深い方が、なぜ復讐霊などに与することになったのですか?」

「なぜも何も、私は当時その『復讐霊』とやらの存在を知らなかったからな」

「えっ……? 以前は復讐霊の存在が知られていなかった……? いや、でもだったらなぜエミナが……」


 そう呟いたクリスは、途端に眉を曇らせた。

 当時の初代王は復讐霊を知らなかったと言うが、エミナではその討伐のための研究がなされていたのだ。……つまり復讐霊は、元々エミナ王国の方のみに関わっていたということ。

 この男はその時点で、完全な部外者だったわけだ。


 ならばこの初代王は復讐霊をそうと認識する前にはめられ、自分の意思とは関係なく支配下に置かれた可能性がある。おそらくその取っ掛かりは、『対価の宝箱』だ。

 エミナが自分を倒すための研究をしていることを知って、復讐霊はカリスマを持つこの男に取り入ったのだろう。


(……だがそういう前提になると、色々別の疑問が出てくるな)


 そもそも復讐霊に対抗するのなら、大精霊はその研究をしていたエミナにいる誰かに力を与えるべきではなかったのか。

 いや、それよりももっと根本的な話として、どうしてエミナは復讐霊討伐を計画していた?


 レオたちはてっきり、復讐霊の力を得て自国を滅ぼそうとする初代王の軍勢に対抗するために、エミナがその研究をしていたのだと考えていた。だがエミナが復讐霊を滅ぼそうとしていて、それに対抗するために初代王がそそのかされたというのなら、話は全く逆だ。


 クリスが飛ばされたリインデル研究所フロアでは大量の研究資料があったというし、研究自体はだいぶ長いことされていたはず。つまり、エミナは全く別の理由で復讐霊と関わっていたということになる。それはどのようなことなのか。


 もちろんそれが分かったところで、初代王の言うように敵対する現状が変わるわけではないのだけれど。


(……飄々として見えるが、強烈な念いを残しているからこそ、この男は剣によって具現化している。それが何か判明すれば、この面倒な状況を打開できるかもしれん)


 それを知るためには、クリスにもうひと頑張りしてもらうしかあるまい。レオは注意力を切らさぬように努めながら、悪気なく初代王に切り込む男の次の言葉を待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新嬉しいです。何度も初めから読み返してます。 漫画化してほしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ