弟、敵について衝撃の事実を告げる
「……いやいや、さすがに魔王がカリスマで操られるってことはないだろ」
「うーん……どうなのかな? 本物の父さんならそうかもしれないけど、このゲート自体がそもそも時間軸も場所もめちゃくちゃで、結局虚像の可能性もあるよね。実際さ、本物の父さんはまだ生きてるんだからここにいるはずないでしょ?」
「まあ、確かに……」
魔王が埋まっているのは王都エルダーレアにある王宮の地下だ。もちろん今でも魔王はそこの卵の中に存在するはずで、これまでのフロアに出現したような、過去に失われた者ではない。
だとすると、やはりこのゲートが作り出した偽物なのか。
「偽物の可能性があるならカリスマも効く、か……? ……まあ、とにかく少し留意しておこう」
「うん」
偽物だとしても、敵側にいるとなれば脅威には違いない。その能力を忠実にコピーされているなら、とんでもない強敵になるのだ。
現時点ではどういう状況になっているのか予想も付かないが、魔界の創造主が相手なんて何とも面倒臭いので勘弁して欲しい。敵と共闘などされたら尚更億劫だ。
(……だがまあとりあえず、魔王自体は十中八九偽物だろうな)
本物か偽物か、それだけを天秤に掛けるなら、ほぼ確信に近い精度でそう思う。ユウトの言葉とここまでのクリスの推論、その両方を聞いて、レオには分かったことがあったからだ。
魔王は復讐霊と同じ、精神体。つまり、エミナの特殊加工の施されたあの壁を、自力では通り抜けられない。となると、本物は現在もあそこにとどまっているはずなのだ。
構造物自体は崩れたが、あれは術式でなく壁そのものに加工が為されている。それが折り重なって件の卵の上に乗っているのだから、脱出は困難。
そこまで理解すれば、魔王が己に力を与え妙に協力的だったのは、親切心などではなく全てレオを利用するためのはったりだったと言うことも分かる。
レオはそのことに、内心で舌打ちをした。
十八年前のあの日、ライネルがアレオンの部屋に卵を持ち込んだのは、事実ユウトを外敵から護る点においては僥倖だったのだろう。しかし、魔王にとっては牢獄に捕らえられたも同義。そのため、自分が外に出るための手段も準備しておく必要があったのだ。
そこで折良く魔王のいる卵の空間に転がり込んだのが、当時のアレオンだった。『神の依り代』という体質だった子供は、魔王にとって非常に都合の良い人間だったに違いない。何しろ自分を救い出すに足る力を与えてまんまとその命も握り、大事な我が子を護らせるにも好都合な存在だ。
魔王という立場でありながらアレオンに強い態度で命令をしなかったのも、変に威圧的に出て反抗されると面倒なことになると考えたからだろう。
間に隷属を挟み込んだのだって、きっと万が一アレオンが逆らった時のための保証。
なるほど、ようやく得心が入った。
結局全てのお膳立てをレオにさせて、魔王が体よく復活を遂げるという筋書きに乗せられていたのだ。そう考えると何とも業腹ではないか。
もちろんおかげでユウトと出会うことができ、こうして癒されているのだから、相殺される部分もかなり大きいのだけれど。
……まあともあれ、文句を言うのは本物の魔王に会ってからだ。ひとまず今は、偽物の魔王をぶちのめすことで溜飲を下げよう。レオはそう自分を納得させて、進むことにした。
進むと言っても、すでに敵のいる部屋は間近だ。少し歩くと、とうとう奥まった通路の先に扉を見付けた。内と外で違いはあれど、幼少の頃に毎日見ていた扉だ。間違いなくアレオンのいた場所。
しかしだからといって、レオには特に感慨も何もない。とっとと敵を倒して終わらせたいところだ。
レオは扉の前で立ち止まり、キイとクウを振り返る。
「キイ、クウ。お前たちはここで待機してろ。どうせ召喚するんだし、部屋に入ってカリスマに掛かる危険を冒す必要はない」
「かしこまりました。キイたちはここで待機します」
「皆様、お気を付けて」
「ああ」
ドラゴンの二人に待機を命じたレオは、念のためユウトと手を繋いで、他の面々に準備はいいかと目配せをした。それに全員が頷いたのを確認して扉の取っ手に手を掛ける。
この時点で部屋の中に強敵の気配がないのが逆に不気味だが、ユウトが魔王の魔力を感じ取っているのだから警戒するに越したことはない。
そのまま慎重に扉を押し開けて中に入ると、果たしてそこは紛れもない過去のアレオンの部屋だった。自分がいた頃の痕跡がそのまま残っている。だが見回しても誰もおらず、それがまた気持ち悪い。しかしベッドの上にシーツを掛けられてこんもりと盛り上がった何かがあり、その正体を察したレオは一旦肩の力を抜いた。
あの形は、間違いなく魔王のいる卵だ。どうやら戦いの場はここでなく、卵の中の空間らしい。
まあ、この狭い部屋で戦うのは困難。ドラゴンを召喚したら部屋の半分以上は埋まってしまうし、その方がありがたいか。
「あれ、レオさん、敵はいないんですか?」
「……ここじゃない。そこのベッドの上の卵の中だ」
「卵? どういうことだい? レオくん」
「……面倒臭え、説明は後でする。狐、そのシーツを取れ。まだ卵自体には触るな」
やはり卵とユウト、そして魔王の話は避けて通れないか。自身の過去や体質にまで言及しなくてはならないのが面倒だが、仕方あるまい。それでも今はその話を後回しにして、卵に掛かったシーツを外すようにネイに指示をする。
「はいはい、布だけ除ければいいんでしょ? ……結構大きいですね。何の卵ですか?」
「だからそれは後で……ん?」
ネイが卵の上からシーツをするりと引くと、その下から何故だか記憶と違う卵が現れてレオは目を丸くした。
どうしたことか、黒いのだ、卵が。
ユウトが入っていた時は、純白の殻だったはずなのだが。
「何で黒……? 偽物だからか?」
「……レオ兄さん」
首を捻っていると、弟に繋いでいた手を引かれてそちらを見る。するとユウトが、困惑した様子でこちらを見上げていた。
「どうした?」
「えっと……耳貸して」
どうやら魔王に関することで何か気付いたらしい。もうこの状態では他の仲間に聞かれたとしても仕方ない気がするが、それでも兄の思惑を尊重してくれているのだろう。なんて良い子なんだ、知ってたけど。
何にせよ、可愛い弟との内緒話はこんな時でも最優先である。レオは即座に身を屈め、ユウトに耳を差し出した。
「えー、レオさんとユウトくん、こんなとこで内緒話? 何かあるなら俺たちに教えてくれても良くない? 仲間じゃないですか」
「うるせえクソ狐。可愛いユウトの声を聞こうという時に汚えノイズ入れんな、潰すぞ」
「うお、こんな些細な突っ込みで仲間相手に本物の殺気を飛ばしてくるよ、この人」
「まあまあ、ネイくん。必要な情報ならレオくんも教えてくれるでしょ。ただ単にユウトくんから耳打ちされたいだけかもしれないし」
さすが年の功。クリスはよく分かっている。……いや、歳じゃなくて性格の問題か。ネイの場合、分かっていてわざわざレオの苛つくところを突っついてくるのだ。全くもって、ムカつく男だ。
まあそれは置いておいて。
レオは弟の耳打ちに意識を向ける。ユウトがそんな兄の耳に、不可解な言葉を告げた。
「……一緒じゃなくて、混じってるみたい」
「うん? ……何のことだ?」
「僕さっきさ、呪いの剣の魔力と父さんの魔力が一緒にいるって言ってたでしょ」
「ああ」
「それ、ちょっと……ううん、だいぶ違うみたいなんだ」
この弟は先ほど、その二者が一緒にいることで魔王が敵に与しているのではないかと懸念していた。だがその推論が違っていたということなのだろう。
しかし、一緒でなく混じっているというのはどういうことだ。
「……だいぶ違うっていうのは?」
「それぞれ別の存在としてそこにいるんじゃなくて、ひとつに混ざっちゃってる感じなんだよ」
「……は? いや、待て待て。それってつまり、魔王は敵に与してるどころか呪いの剣に取り込まれて、敵自体になってる……?」
だとすれば、攻略難度は思っていたより遙かに跳ね上がる。魔王の魔力に賢者の石によるブースター、さらにカリスマまでくっついてるとか、チートもいいところではないか。
さすがにレオでも青ざめるレベルだ。
そんな衝撃に閉口した兄に、弟はさらに思わぬ事実を告げた。
「その上、この感じ……多分ここにいる父さん、本物だと思う」




