兄、カリスマへの対抗策を話し合う
「俺以外が全員敵に回る、だと……?」
その言葉に、レオはひどく渋い顔をした。
まあクリスやネイ、エルドワたちが敵に回るのは厄介だがまだいい。問題は、ユウトまで敵に与する可能性があるということ。
この弟が兄よりも他の誰かに味方する状況など、その場で発狂しそうなのだが。
ユウトも納得が行かないようで、困惑気味に眉根を寄せた。
「僕がレオ兄さんと敵対するなんて考えられないですけど」
「んー、敵に回るって言うとちょっと言葉が強すぎるかな。厳密に言うと、敵の味方になっちゃうんだよ」
「……それは、何が違うんですか?」
「つまり、レオくんが敵に攻撃しようとしたら、ユウトくんが敵を庇っちゃう感じだね。ユウトくんの人格が変わるわけじゃないから、レオくんを攻撃することは絶対ないと思うけど」
「うわ、それってめちゃくちゃまずいんじゃない? 敵を攻撃してもユウトくんが完全回復しちゃうだろうし、レオさんの攻撃を封じる盾にもなっちゃう」
ネイの危惧はもっともだ。当然だが、レオは絶対にユウトに手を上げることなどできない。この弟が敵に与して兄の前に立ちはだかったら、大きな障壁となるに違いなかった。
と言っても、実際はユウト一人だけならひょいと抱えて避ければいい。しかしそこにはおそらくこいつらが付くのだ。簡単には近付かせてくれないだろう。
「もしも敵のカリスマのスキルが発動されて私たちも敵側に与することになると、ユウトくんをレオくんに渡さないように動くと思うんだよね。私たちもレオくんに攻撃することはほぼないだろうし、これがレオくんを御するには一番って分かってるから」
「ユウト以外は全員蹴散らすが」
「レオさん、多分それが一番悪手だわ~。レオさんが俺たちに一方的に怪我をさせたら、どうなると思います? ユウトくんに『レオ兄さん酷い! 大嫌い!』とか言われますよ。耐えられます?」
「うぐっ……!」
「レオくんにダメージを与えられるのはユウトくんしかいないって、私たちは分かっちゃってるからねえ」
苦笑をしたクリスに、ネイとエルドワも頷く。ユウトも自分でその予想が付くのか、困り顔で小さく唸った。
「うーん……、でも、僕たちが敵の味方に回ってもレオ兄さんに攻撃することがないなら、レオ兄さんも攻撃を放棄すれば戦闘自体が成立しないのでは……?」
「残念ながら、そうはならないね。私たちだって攻撃はしなくても、レオくんの動きを止めたりはできるから。そうなれば呪いの剣で、敵がレオくんを仕留めることも可能になるでしょ。レオくんはそんな私たちに一人で対応することになるわけで、多分だいぶ不利な状況になるよ」
「面倒臭え……」
「で、でも敵がレオ兄さんを攻撃しようとしたら、僕たちはそっちも止めると思うんですけど」
「それまで私たちが正常でいればね。……カリスマって能力者本人の意思でどれほど他人をコントロールできるのか分からないしなあ。私たちだってレオくんと相対するとなると、敵への注意はおろそかになるでしょ? その隙に何かを仕掛けられれば、レオくんより先に私たちが戦闘不能になる可能性だってある」
「……何も知らずに行くよりマシとはいえ、不確定要素が多過ぎだろ、クソ」
「正直、絶大な力押しでくる魔物や魔族より、限られた能力を駆使して、知恵を絞って搦め手でくる人間の方が厄介なんだよねえ。まあそれこそが強みで、故に私たちは彼らにとって厄介の極みなんだろうけど」
クリスはそう言ってにこりと笑うと、ユウトに向き直った。
「そんなわけでユウトくん。これらの面倒を回避するために、魔法を込めた腕輪をレオくんに貸してあげて」
「え、レオ兄さんに? ……あ、そっか。僕がカリスマの影響で使用の判断ができなくなるかもしれないから、影響のないレオ兄さんが『沈黙』を使えばいいんですね」
「そうそう。何だかんだ言ったけど、結局カリスマの基本はまず声だ。それさえ聞かなければいい。……ただ魔法の回数に制限がある分、全ての言葉を封じるのは不可能。沈黙を発動するタイミングの判断はレオくんにしてもらうしかないね」
「……もう俺以外の全員が耳栓して行った方が早くねえか」
「さすがにこのランクの敵と戦うのに聴覚を差し出すのは、かなり危険だからおすすめしないなあ。私一人の時ならそうするだろうけど、今回はみんながいるし」
クリスは自分のことだとリスク上等のくせに、仲間が被るリスクには慎重だ。だが確かに、エルドワあたりが聴覚を封じられるとだいぶ支障があるのも事実。危機回避能力の低いユウトがさらに周囲の危険に鈍くなるのも怖いし、仕方がないか。
「やはり沈黙の魔法で対応するしかないのか……。しかし、敵が状態異常無効を持ってたらどうするんだ? つうか持ってるだろ、このランクなら間違いなく」
「うん、問題はそれなんだよね。いきなり沈黙を掛けても弾かれては意味がない。だから戦闘に入ったら、まずは敵のバフを取り除く必要がある」
「バフを取り除くだと? ……さらっと言うが、簡単なことじゃないだろ。敵の無効系のバフを消す方法はかなり上位の魔物のスキルか呪い系の毒くらいしかないんだぞ」
無効とされるものにいくら魔法を掛けたところで、相殺することは不可能。無効の効果を消すには別のアプローチが必要になる。
無効効果を構成する術式や魔法を、魔力以外の力で一時的にノイズを与えてジャミングするのだ。当然だがそのスキルも毒も所持ランクはボス級、持つものは滅多にいない。
状態異常無効が装備に付いているだけならば最悪引っ剥がしてしまえばいいけれど、それこそ簡単ではなく、そんなことをしている間にカリスマは発動されてしまうだろう。
魔物化した敵自体が無効を所持していたら、さらにまずい。
さてどうしたものか。レオはその対策を考えあぐねて、眉間を押さえる。すると今まで後方で黙っていたキイとクウが、おもむろに割り入ってきた。
「アレオン様、そういうことでしたらキイたちにお任せ下さい」
「お忘れですか? クウたちが『咆哮』スキルを持っていることを」
「……ああ、そういえば」
言われて今さらのように思い出す。過去に共闘した時の二人が、『咆哮』を使っていたことを。
そうだ、グレータードラゴンは竜族の中でも古竜に次ぐ上位種、まさにボス級。実際、ドラゴン系のゲートのボスはグレータードラゴンだった。同種族のキイとクウが使えるのも納得だ。
「レオ兄さん、『咆哮』スキルって?」
「ボス級ドラゴンが使う、バフ消しスキルだ。咆哮を食らうと一過性の魔法バフは吹き飛ぶし、装備なんかの恒久バフも一時的に阻害される」
「へえ、すごい! でもエルドワの持ってる『雄叫び』とは何が違うの?」
「雄叫びはステータスを下げるデバフスキルだ。それに一時的な恐怖と麻痺が付く」
「そうなんだ。似てるけど全然別物なんだね」
「うんうん、やっぱりキイくんとクウくんなら『咆哮』を持ってると思ったよ。このスキルは個体によって習得状況が変わるんだけど、レオくんの従魔ならその辺りは抜かりがないだろうし」
「はい、キイたちにお任せ下さい」
クリスは始めからキイとクウをあてにしていたようで、我が意を得たりと頷いている。
「何よりありがたいのは、レオくんが召喚すればドラゴンの二人はカリスマの影響を受けないということだ。支配レベルは召喚の方が上だからね」
「あ、じゃあレオ兄さんとキイさんとクウさんはカリスマに掛かっても問題ないってことですか」
「うん。これで幾分戦いやすくなるんじゃないかな。もちろん実際にはどうなるか分からないけど、いろんな想定と対策はしておくに越したことはないからね。ここまでくれば後はもう、現場で臨機応変に考えるだけだ」
確かに、この想定がはまるとも限らないのだ。ただの戦闘では終わらないことを常に考えておかなくては。
特にユウトを丸め込まれないように、カリスマは何が何でも阻止しよう。そう思って弟を見ると、クリスの話が終わったのを見計らってそそと寄ってきたユウトが、こちらに少し屈むように手で合図をしてきた。
「どうした、ユウト? トイレか?」
「違うよ! ……えっとね、ちょっと耳貸して」
請われて素直に耳を差し出す。すると弟は、内緒話をするように手を当てて、こそっと耳打ちした。
「あのね……この先の部屋に、呪いの剣の魔力を感じるんだけど……。部屋の中に、一緒に父さんの魔力も感じるんだ」
「……ん?」
「……もしかすると父さんも敵に与してるかも」
「んんん?」
ちょっと待て。魔王にもカリスマって効くのか?




