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兄、もう一つの賢者の石の欠片の在処を思い出す

 予想だにしない内容だったのか、クリスは一瞬固まった。しかしその単語を数度反芻し理解した途端、目に見えてテンションが爆上がりした男は身を乗り出してくる。目の輝きが引くほどすごい。


「け!? けけけ、賢者の石……!? そ、それは本当かい……!?」

「俺が思ってる敵なら多分な」

「ん? でもちょっと待って。レオくん今、欠片って言った……?」

「ああ。砕かれて使われてるらしい」

「……賢者の石を砕いた奴がいるの!? 何て罰当たりな!」


 さらりと告げたレオの言葉に、珍しくクリスが憤る。

 まあ賢者の石といえば人間界の知識の宝庫、虚空の記録(アカシックレコード)にアクセスする唯一の鍵。その知識に触れたいこの男にとって、石の破砕は許しがたいことなのだろう。


「ここにいる敵がその罰当たりな奴なのかい!?」

「いや、砕いた張本人はいない。その罰当たりが賢者の石の欠片を使って作ったアイテムが、ここの敵だと思う」

「……アイテムが敵?」

「正確には、アイテムにたまったエルダール王族の怨念だがな。このフロアの敵は、復讐霊の力を借りるためにエルダール初代王の頃から契約に使われてきた王家の呪いの剣。そこに賢者の石の欠片を埋め込んであって、封入した術式で制御して怨念を実体化するらしい」

「ってことは、賢者の石を砕いたのは復讐霊か……! この愚行、許すまじ……!」


 クリスの背後で怒りの炎が燃えさかっている。欠片とはいえ賢者の石に出会ったことを喜ぶかと思ったのだが、予想に反してこの穏やかな男の逆鱗に触れたようだ。

 まあそれはそれで、怒りでもってこのフロア攻略に集中してくれるから良しとしよう。


 そんな二人のやりとりを黙って聞いていたネイが、怒るクリスを横目で珍しそうに眺めながら口を開いた。


「レオさん。賢者の石って、欠片だと虚空の記録にアクセスする鍵としては使えないんですかね?」

「多分無理だろ。砕いたことで賢者の石自体の力も分散されたみたいだし、おそらく記録を呼び出すための能力も足りなくなってる。そもそもそれが可能なら、復讐霊がこの欠片を人間の手に預けておくはずがないしな」

「あ、そうか。虚空の記録には、復讐霊の倒し方が記録されてるかもしれませんもんね。万が一にも、人間がそれを手に入れられる状況にはしないかあ」

「欠片を全て集めればアクセスできるかもしれんが、結局そのためには欠片を悪用している復讐霊を倒す必要があるからな。あてにするのは本末転倒だ。復讐霊の倒し方についてはエミナの遺産に期待するしかない」


 賢者の石の欠片は、とりあえず復讐霊討伐の中で手に入る副産物程度に考えておくべきだろう。レオとしては虚空の記録に対する興味も無い。

 ただ、あらかじめ術式を封入した上で魔力を注ぐことで、高度な術式も比較的容易に発動できるのは大きな利点。クリスや、あるいはジードあたりに持たせれば、強力なサポートアイテムになるかもしれない。


「まあクリス的には賢者の石が砕かれているのが腹立たしいんだろうが、悪いことばかりじゃない。こうして復讐霊の力がいくつかに分散している分、俺たちにとっては戦いやすいからな。呪いの剣をぶっ壊して欠片を手に入れれば、使い勝手の良い魔法アイテムにもなるだろうし」

「でもレオさん、その呪いの剣って復讐霊の力の一部なんですよね? このまま行って普通に倒せるもの? それこそエミナの遺産とやらで倒し方を調べないといけないものじゃあ……?」

「それについては問題ないだろ。分散しているのは魔力であって、意識体としての本体はどこか別の場所にいるはずだ。そこから賢者の石の欠片を通して、術式を操ってるだけだろうからな」

「あー、特殊な倒し方が必要なのは、その本体をこの世界から消す時だけってことですか」

「そうだ。だから今回は難敵には違いないが、倒せないわけじゃない」


 復讐霊の力の分散については詳しく聞いたわけではないけれど、魔王がレオを剣の怨念と戦わせようとしていたことから、ある程度物理攻撃で破壊可能だと判断できる。

 おそらく剣自体は、賢者の石の欠片に封入された術式を発動するために稀少金属で作られたただの導体なのだろう。触れない限り術式に支配されることがないのはそのせいだ。


 ライネルのように魔力のあるエルダール王族の血が入っていると触れなくてもその術式の伝播を多少受けてしまうようだが、自分たちならば直接触れなければ影響はない。

 条件は悪くないと、レオは考える。

 その話を眉根を寄せながら聞いていたクリスは、表情はそのままに、だがいくらか不満を飲み込んだ様子で息を吐いた。


「……まあ、戦いやすいというのは確かにそうかもね。それに逆に考えると、復讐霊を追っていれば最終的に賢者の石が確実に手に入るわけだし、悪いことばかりじゃないか」

「復讐霊の分散した力は一つでも残っていると世界から消し去ることができないという話だからな。自ずと欠片は全部集めることになるだろう」

「うええ、ちょっとやるべきこと多すぎません? 集めるにしても、賢者の石の欠片って何個くらいあんだろ」

「……さあな」


 ネイの面倒そうな愚痴を受けて、レオも眉根を寄せた。

 と言っても、別に欠片の数を考えてうんざりしたわけではない。その分散した欠片のひとつに心当たりがあることを、唐突に思い出してしまったからだ。


 つい、ちらりとユウトを見る。

 弟は未だ半魔たちと和やかに話をしていた。こちらの話を聞いていないことに、兄はひとまず安堵する。

 できればその思い当たった欠片を回収する際には、ユウトを立ち会わせたくないのだ。それはレオの過去の汚点の一つだから。


 表立っては言いたくない、レオの思い当たった賢者の石の欠片の在処。ここでわざわざ口にする必要もないだろうと、自分の中だけで完結する。

 そうだ、今言っても意味がない。欠片が、『対価の宝箱』に付いていたなどと。 


「……他の欠片について今から四の五の言っても仕方あるまい。まずはこのフロアで呪いの剣を破壊するのが肝要だ」


 レオは自分の意識すらも逸らすように、今ここに目を向ける。それに対してクリスも頷いた。


「まあそうだね。敵がどんな姿形をしているかも分からないし、十分用心して、コンディションも整えて集中して当たらないと」


 その言葉はもっともだ。しかしそれを聞いたネイが、クリスに対して突っ込んだ。


「俺やレオさんたちは寝たし食ったしその辺は万全。どっちかって言うと、クリスさんの方がやばくね? もしかしなくても、ここまで休んでないでしょ」

「私は平気だよ、昔はゲートで三日完徹とかよくやったし」

「ほほう、ここに到着した時にぐったりしてたおっさんが何言ってるんでしょうね。ねえ、レオさん?」

「……確かに、多少の休息はとってもらわんと戦闘効率が落ちるかもしれんな」

「えー、早く敵のとこに行って賢者の石の欠片剥ぎ取りたいんだけど」

「あんたの場合、ユウトのいるフロアでないと無事に休めるかも分からないんだから、おとなしく三時間くらい休め。この先、ゲートの深度がどれだけあるかも不明だしな」

「……まあそれは、確かに」


 どうせ今日はすでにレオたちの寝坊で予定より遅い出立になるのだ。ここで三時間程度遅れても問題あるまい。ゲート攻略にあまり日数を割けないのは事実だけれど、戦闘が長引いて苦戦するよりずっといい。

 そう正論で諭せば、クリスは素直に納得する。


「じゃあお言葉に甘えて、三時間だけ眠らせてもらうよ。君たちはその間どうするの?」

「俺は次の戦闘に使えそうな道具や武器を整理しておこうと思いますけど、レオさんは?」

「俺は……ユウトと少し話がある」


 レオは再びユウトに視線を向けた。

 時間の余裕ができたのは偶然だが、ちょうどいい。レオは夢の中のやりとりのことで、いくつかユウトに訊きたいことがあったのだ。

 弟が思い出したという当時のこと。

 魔王とのこと。アレオンとのこと。


 どこまで認識しているのか、心境に変化はなかったのか。表向きの態度は変わらないけれど、確認しないと落ち着かないのだ。

 ……あれをきっかけに、まさかその先、魔研でのことまで思い出していないといいのだが。


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