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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、クリスから戦利品の話を聞く

 畳みかけるように質問したレオに、クリスはネイから受け取ったサンドウィッチに齧り付きながら答えた。


「私が行ったフロアは、在りし日のエミナの研究所内部だったよ。それで、着いた途端に敵とエンカウントしちゃってさ。ユウトくんの初撃無効がなかったら、今頃身体が一センチくらいの厚さになってたかも」

「……まあ、そのあたりはおおよそ思った通りだな。で、敵は倒したのか?」

「うん、どうにかね。魔法生物系だったんだけど、このもえす装備のおかげで状態異常や魔法のダメージを大幅に減らせたのが勝因かな。あと、トレント戦で憎悪の大斧(ヘイトアクス)のヘイトの上限値が分かってたから、攻撃の面でだいぶ助かったよ。手っ取り早く数打ってヘイトを溜めて、渾身の一撃を放って辛勝って感じかな。力込めすぎて、同等の返りダメージ食った時は死ぬかと思ったけど」

「は!? あんた、また無茶を……!」

「あ、これユウトくんには内緒ね。怒られちゃうから」


 クリスがこっそりと、しかしあっけらかんと告げた事実は正直、リスクがでかすぎて開いた口が塞がらなかった。

 この男、単独の戦闘で他人からの回復フォローも見込めない中、極限まで憎悪の大斧を振るったのだ。それで倒しきれなかったらどうする気だったのだろう。

 ヘイトが溜まりきると、所持者に返りダメージが来るユニーク武器。戦闘中にHP1になると分かっていながら、よくもまあそんなぎりぎりの戦闘で使ったものだ。


 これをユウトに聞かれたら、おそらくクリスは一時間くらい説教を食らう羽目になるだろう。


「HPが一気に1になると、やっぱりとっさに自分で回復アイテムを使うのは難しいね。外傷がなくてもダメージが来てるんだから当然と言えば当然だけど」

「……あんた、リスク上等はいいがもっと慎重にやれよ! せめて使うのは最後の一撃寸前までにして、とどめは他の武器にしろ!」

「えー、それじゃせっかく溜めたヘイトがもったいないじゃない。心配しなくても大丈夫だよ、ちゃんと定期回復魔法(リジェネレイト)の魔石の回復のタイミングも計って攻撃したから」


 悪びれない様子の男に、レオはまたも頭が痛くなる。

 性格も実力も申し分ないのに、このリスクに対するスタンスだけはなぜこうも破天荒なのか。……まあ、言っても無駄か。


「……まあいい。敵を倒したなら、宝箱から何か戦利品は手に入れてきたのか?」


 レオは突っ込むのを諦めて、次の話を促す。

 するとクリスは、途端に目をらんらんと輝かせた。


「宝箱って言うかさ、もう研究所自体が宝の山だったんだよ! 見たことのない魔道具や研究書類が、そこかしこにあってさあ! あ~、ユウトくんにエミナ語の翻訳眼鏡を借りて行けば良かった! そしたら二晩くらいあそこに滞在したのに!」


 危ねえ。

 そんなことになったら困るから、レオはユウトからクリスに眼鏡を渡させなかったのだ。どうやらこれは英断だったようだ。


「せめてユウトくんに会った時に眼鏡を借りて読もうと思って、鞄いっぱいに書類を詰め込んだんだけど、その最中にゲートから排出されちゃって」

「一度ゲートから出ると、ゲート内で宝箱以外から手に入れたアイテムは全部消えるな」

「そう! そうなんだよ! 詰め込んだ書類が全部消えて、私の鞄の中すっかすか! ああもう、もったいないことしたなあ~」


 クリスは大きくため息を吐いて大仰に落胆してみせる。そのわざとらしさで、レオはこの男が言うほど残念に思っておらず、別に手に入れるべきものは手に入れてきたのだろうと察した。

 もちろん書類が消えてもったいないという気持ちは本当なのだろうが、それ以上の何かを手に入れてきたのだ。


「で? 結局戦利品は?」


 書類の喪失に共感する気もないレオが次の言葉を促すと、クリスは落胆の表情から一転、ころりと笑顔を見せた。


「預けてもらったカードキー、やはり私が持ってて正解だったよ」

「研究所の重要機密資料室の鍵か。あんたで開けられたんだな」

「うん。入り口の妙なパネルで身体を解析されたけど、普通に開けてくれた」


 リインデル研究所の所長に連なる者しか開けられない鍵。クリスは本当にその血を受け継いだ人間だったのだ。


「どうやらこのゲートは俺たちに所縁のあるフロアに飛ばされる仕様になっているようだから、きっとあんたはリインデル研究所関係に行っただろうと思っていた。……それで、そこで何を手に入れた?」

「これだよ」


 レオの問い掛けに、クリスは傍らのポーチを漁ってアイテムを取り出した。片手に収まる、思いの外小さい戦利品だ。

 男はそれをレオの手のひらに乗せた。


「……カードキー?」

「そう」


 それはクリスに渡したものと色違いの、カード型の鍵だった。


「私が持っていた最初のカードキーは排出された時に消えてしまったけど、これは固定宝箱から出てきたものだから無事だった」

「待て、カードキーなんてエミナでしか使われてねえだろ。持って帰っても何の意味もない気がするんだが……ゲートのこの先のフロアで必要になんのか?」

「どうかな、ゲートで使うものをわざわざ宝箱に入れるかなあ?」


 クリスは卵のフィリングが挟まった二つ目のパンにかぶりつきながら、妙に楽しげに首を傾げた。


「私は向こうの世界に、エミナの隠された扉があるのではないかと思うんだよね」

「……このカードキーを使って開けるような?」

「うん、そう。考えてもみてよ、一つ目のフロアの宝箱から、ユウトくんがエミナ語を翻訳できる眼鏡を手に入れたでしょ。でも、本来エミナ語の書物なんてこのゲートにしかないはず。……それなのに、なんでわざわざゲートから持ち出せる仕様になってるのかって話」


 そこまで聞いて、レオは研究所から書類が持ち出せなかったわりに、機嫌良さげなクリスの様子に合点が入った。この男は、その二つのアイテムからこの推論を導き出したのだ。


「……向こうの世界のどこか隠された扉の中に、エミナの極秘書類が置いてあるかもしれない……!?」

「うん。私はその可能性が高いんじゃないかなって思ってる」


 クリスが満面の笑みで頷く。

 なるほど、向こうに帰ってからエミナの重要機密の極秘書類を拝めるとなれば、この男はウッキウキなのだろう。

 口端に付いたフィリングを舐め取りながら、クリスは言葉を続けた。


「問題はその扉がどこにあるかってことだけど。私はリインデルのお爺さまの書斎にあった、本棚裏の扉の先が怪しいと思うんだよね」

「あの魔造鉱石で存在を隠されてた横穴か」


 ずっと昔の、魔界軍の居城跡地に作られたリインデルの村。そこで先日見付けた、からくり扉の先に隠された横穴。

 その先に何があるか、一切分からない場所だ。


「だが、あんたは嫌な予感がするから先に進めないと言ってただろ」

「うん。実際、あの奥には何か嫌なものがある予感がした。でも、わざわざリインデルの村をあの場所に作って、さらにエミナの遺産を隠すとなったら、あそこほどふさわしいところはないと思うんだよ」


 確かに、あの魔造鉱石でできた横穴の存在を知っていたなら、エミナの生き残りがあの場所にリインデルの村を作ったのも頷ける。

 瘴気が濃く、人間が住むにはあまり向かない場所。そこを選んだ理由が、その遺産を護るためだというのは十分考えられること。


「それにあの嫌な予感も、あのまま進んでいれば侵入者を排除する何某かの罠があったからじゃないかと思うんだよね。そこに至る鍵を持っているなら、話は変わってくるんじゃないかな」

「その鍵が、このカードキーか」

「何なら私が、一人で確認しに行ってきてもいいけど」

「却下だ」


 レオは受け取ったカードキーをクリスに返さず、自分のポーチに入れた。このままこの男に預けておくと、本当に勝手に忍び込みそうだからだ。

 このカードキーもまた使えるのはクリスだけかもしれないが、自分たちがいない時に単独侵入されるのは阻止したい。


 そうしてレオがしまい込んでしまうと、クリスは苦笑をした。


「試しに入り口に入ってみるくらいで、奥まで行く気はないんだけどなあ」

「駄目だ。あんたがエミナの極秘書類が奥にあるかもと思っていながら、途中で引き返して来るとは思えん」

「まあ、そこは臨機応変に、行けそうなら行っちゃうけど」

「却下」

「え~。じゃあせめて、ユウトくんから眼鏡を借りて、カードキーに書かれた文字の内容くらい見てみない?」

「このゲートを出たらな」

「信用ないなあ」


 他の様々なことにおいてはクリスを信用しているが、こと、リスク上等と知識欲に対するスタンスにおいては完全に信用ならない。こんなところでエミナの遺産への期待値を上げられては困るのだ。まずはゲート攻略が最優先。


 目に見えてがっかりするクリスに、レオはふんと鼻を鳴らした。


「今はあっちの世界にあるかもしれないエミナの遺産より、ゲートの敵を倒すことを考えろ。……このフロアの敵は、あんたのテンションが俄然上がる奴だしな」

「私のテンションが上がる……?」


 レオの言葉で、クリスの瞳が再び輝く。こういうところは実に簡単な男だ。こちらに興味を示したクリスに、レオは一番食いつくだろう内容を提示した。


「次の敵には、賢者の石の欠片がくっついてるらしい」


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