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兄、脱出法を探る

『願いとは何だ?』

「できれば今日の、立皇嗣の儀式からこちらの記憶を丸々……消すというよりは、封じていただきたいのです。あなたは人の記憶に干渉できる力をお持ちのようですし」

『父親に操られた記憶も、殺されそうになった記憶も、全て封じ込めるということか。それはもちろん可能だが』

「では、是非お願いしたい」


 父王に強い憤りを感じているライネルは、確かに少しその憎悪を削ぐ必要があるかもしれない。助かった経緯や剣の術式から逃れた手段を忘れたからといって、父に対する不信と敵意が薄まるわけではないのだ。

 ……しかし記憶を消すのではなく封じるということは、いつかその記憶を取り戻すつもりなのか。


『……封じた記憶はその後どうするのだ?』

「五年後の今日、僕の十八歳の誕生日に解けるようにして頂きたい」

「十八歳ってことは、兄貴が王族として何の制限も受けず政に参加できるようになる時か」

「そうだ。……今の僕では、この感情を抱えたままであの父に付き従うなんて無理だからね。だったらこの怒りは棚上げしておいた方がいい。……今日のことがなくても、僕はいずれ父上を王位から追い落とすつもりだったし」


 ライネルはそう言って一旦肩を竦めた。


「さっきアレオンが言ったように、僕には圧倒的に味方が少ない。そこを固める際に、感情に振り回されて焦りから人選を見誤ってしまうようでは駄目だ。僕は十八になるまでは、地道に足下を固めることに尽力しようと考えている」

「ああ、俺もそれがいいと思う。今の腐った王宮内に、兄貴に与してくれる奴なんて数えるほどもいないだろうしな」


 この選択によって、兄はルウドルトやオネエたちを傘下におさめることができたのだ。

 そういえばルウドルトを使いによこすことでアレオンと接触を密にし始めたのは、ちょうどライネルが十八歳になった頃だったか。ごく稀に顔を合わせた時に、父への憎悪を濃くしていたのも。

 その頃には感情を制御することにも長け、面では従順な父の息子を演じていたけれど、内心はぐつぐつと煮えていたわけだ。


「そのようなわけで、記憶の封印はしてもらえるだろうか?」

『……まあ良かろう。本来はあまり人間に干渉したくないのだが、お前自身の魔力を使って記憶に時限の鍵を掛けるくらいなら問題ない』

「ありがとうございます」


 魔王に恭しく頭を下げて礼を言うと、ライネルは再びアレオンに向き直った。


「アレオン、お前が王宮に戻った後は、おそらく僕と会わせないようにされるだろう。父上は僕とお前が力を合わせることを恐れているからね」

「分かってる。俺はどうせまた閉じ込められるんだよ。王宮の地下……王族の抜け道にある、非常用の隔離部屋に」


 この地下迷宮を出た後は、ユウトと会って王宮を出るまでの間ずっとそこにいたのだ。すでに分かっている事実、それを当然のことのように言うと、ライネルはもはや詮索することもなくただ苦笑をする。


「お前は不思議な子だね。あそこの抜け道は僕だって通ったことがないのに、まるでそれを知っているかのように言う」

「……まあ何にせよ、俺を気遣う必要はない。今ここで言っても忘れてしまうだろうが、俺とは仲が悪いふりをしていた方が警戒されにくいからな」

「その辺りは大丈夫だ。以前の僕がアレオンを見下していたことは周囲の者ならみんな知っているし、卵に浄化されてからは父上の意識を向けないために、努めてお前に興味がないふりをしていたからね」

「ならそのままでいい。兄貴は次期の国王になるべく地盤固めをしてくれ。俺は俺で、勝手に強くなるからな」

「そうか。それは頼もしい」


 夢の中の出来事が、現実の今に繋がっていく。

 この後王宮に戻れば未来への道が開けて、この夢からの脱出ができるのだ。ライネルとのやりとりでその手応えを感じつつも、レオは最後の難題に向けてさてと腕を組んだ。


 さっきは話が中断してしまったけれど、一番の問題はここからどうやって地上に出るかということなのだ。

 ここは隔離された空間で、ゲートのように出口が設定されていたりはしない。外に出るとなると、場所は卵が物理的に存在するこのアレオンの部屋しかないのだ。しかし、さっき魔王が言ったように地下はすでに崩落している。もしも少し空間が残っていたとしても、そこから地上に出るための転移魔石もない。


 これは、どう考えても八方塞がりだ。

 ……だが、過去のアレオンたちはここから脱出を果たし、王宮に戻っている。何かあるはずなのだ、その手段が。

 レオはとりあえず望みが薄いと思いつつも、魔王に問い掛けた。


「なあ、あんたなら俺たちのことを地上まで転送できないのか?」

『できないことはないが、人間に肩入れしすぎると、世界への過干渉として我がペナルティを食らうことになる。そうなると結局、剣を閉じ込めておく力が弱まってしまうぞ』

「……それは得策じゃないな」


 この剣が野放しになっては意味がない。

 ……となると、この状況を打開する可能性があるのは、もはやこれしかないのだろう。

 レオは魔王の腕の中で眠るユウトを指差した。


「……ではその子供の魔力で何とかならないか?」

『この子の魔力だと?』

「『神のようなもの』の呪いを浄化するほどの力があるし、俺たちを助けてくれるんじゃないかと思うんだが」


 ユウトは二人の創造主の力を受け継いでいて、なおかつ実体を持つため世界に自由に干渉できる稀有な存在だ。もちろんそんなことを知っている素振りを見せるわけにはいかないが、ライネルの浄化を引き合いに出してその力を借りられないか打診する。


 それに対して魔王が少々渋い顔をしたのは、可愛い我が子を便利に使われたくないがゆえだろう。逡巡が窺える。

 しかし彼が答えを出す前にユウトが身動ぎをして、小さな身体が愛らしい伸びをした。少しだけぐずるような仕種を見せつつ、ゆるりと目が開く。

 その大きな瞳が自分を抱く魔王を捉えて、ぱちりと瞬いた。


「とーたん」


 ……いきなりの父さん呼びか。

 それにレオは目を丸くしたが、考えてみればディアたち不在の間は、卵の中でこの男に護られていたのだ。記憶が戻っているなら魔王を父と認識していても不思議はない。


 そしてその呼称を聞いた途端、明らかに魔王の顔の筋肉が緩んだ。レオと同様に笑顔を見せない質のようだが、自分には分かる。これはだいぶデレデレ顔だ。今なら魔王が赤ちゃん言葉を発しても驚かない。引きはするけれど。


『う、む。め、目覚めたか、我らが希望よ』


 しかしさすがにレオたちの前では矜持を崩すわけにはいかないようだ。妙にわざとらしい硬い言葉で繕い、ユウトを撫でる。その言葉遣いに不思議そうに首を傾げる子供の様子で、二人でいた時はもっと鬼デレだったのだろうなと窺えた。


 ……まあ、それはそれとして。

 レオが気になったのは、我らが希望という呼称だった。その呼び方ひとつで、この小さな赤子がどれだけ創造主たちに特別視されているかが分かるというものだ。そこに掛かる役割の重さに気持ちも重くなるが、同時に何よりも近くでこの子を護る責務を与えられたことに誇らしさもある。


 まあ創造主のお墨付きを頂いたところで、結局我ら兄弟はこれまでもこれからも一蓮托生なのだ。

 ユウトが目を覚ましたからには、魔王が多少渋ったところで事態はゴールに向けて傾くだろう。

 レオがそう確信を持って見つめていると、やがてこちらに気付いた子供がぱあと笑顔を見せた。


「レオにいたん! ライネルにいたま!」

「えっ? か、可愛……っ。僕のこと、ライネル兄様だって……」

「その萌え、分かるぞ、兄貴。あの子の可愛さは天使だからな」


 唐突に名前を呼ばれてライネルが萌えている。そういえばこの兄は人を容易に信用しない質でありながら、ザインで初めてユウトに会った時から可愛がっていた。もしかするとこの頃の、奥底に沈んだはずの記憶が影響していたのかもしれない。


 そんなことを考えつつユウトの可愛さを自分のことのように誇っていると、ライネルがおもむろにレオの方を向いてにこりと笑った。


「僕にとってはお前も可愛い弟だよ」

「きしょっ」


 即座に切って捨てた弟に、兄は苦笑して肩を竦める。

 ……この雰囲気、この感じ。大人になってからとまるで同じだ。ライネルの感情も、正しく収まっている証拠。

 首尾は万端。もはやここに長居する意味はない。


 レオは魔王を無視し、こちらに意識を向けているユウトに直接話しかけた。


「なあ、この隔離された空間から地上に出る方法はあるか?」

「ん、ぼくととーたんでできゆ!」

『あっ、こら、簡単に請け合うでない!』


 記憶の戻ったユウトは、ここからの脱出方法も覚えているのだろう。めちゃくちゃ軽く請け合った赤子を魔王が窘めたがもう遅い。


「じゃあ脱出に力を貸してくれるか?」

「はーい!」


 良い子の返事をするユウトに、魔王はすごく渋い顔をした。


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