兄、条件を飲む
「……それはつまり、俺たちがあんたを起こしに来るまで、この隔離した空間で呪いの剣を預かってくれるってことか」
『そういうことだ。その間、エルダール王家と彼奴の血の契約は無効となる。一時的だが、お前の兄の呪いを外すことができる』
「一時的か……」
この魔王の話を当時のアレオンが受けていたとすれば、今のライネルは呪いの剣の復活と共にまた操られて、愚王になる可能性があるということだ。
ならばいっそ剣共々、魔王を起こさずにおきたいところだが。
「……剣だけを新たに作った別の空間で隔離しておくことはできないのか?」
『できないことはないが、我の手を離れると隔離の術式は時間と共に劣化し、ほころびが起きる。特に閉じ込めているものの反発が強いほど保持できる時間は短くなる。そのほころびの危険を回避するには、我が直接預かっておくしかないのだ』
「あんたが預かっていてくれるなら、ほぼ永久に閉じ込められるってことだな?」
『そうだが逆に言えば、我が彼奴の力の一部を永続的に保護しているとも言える。もしもお前が「神のようなもの」をエルダールから消し去ろうとしても、その一部を我がここで匿っている限り、その消滅はありえぬ』
「それは……つまり『神のようなもの』は力を世界のあちこちに分散させてるわけだな。完全にエルダールの呪いを解くためにはその全てを消滅させなくてはならないから、結局剣をどうにかしないといけないのか……」
となると、魔王を起こさずにずっと剣を閉じ込めておく、というわけにはいかないようだ。
その思惑を察していたらしい魔王は、ふんと鼻を鳴らした。
『そも今後、我があの剣を閉じ込めれば、彼奴はまた別の手を考えるだろう。その際にこの世界の主も我もいない状態が続けば、いずれこの世界は彼奴に荒らされ滅ぶ。……ここで剣を隔離したくらいで、安心するところではないぞ』
確かに呪いの剣の影響がなくなった後、復讐霊はエルダール王家を一旦見限り、対価の宝箱を使って国の転覆を謀り始めた。あれも分散した力のひとつだとすると、まだ復讐霊は別の場所にも余力を残しているということだ。
大精霊と魔王がいなかった頃、魔力量が減少している世界に魔尖塔まで出現させられたことを考えれば、剣の隔離だけで安心するところではないというのも正にそう。
現在は大精霊の復活で持ち直しているものの、魔王の復活も急務。やることは目白押しだ。
……結局、我々に楽はさせてくれないということか。
レオはため息と共に魔王に訊ねた。
「……で、あんたが剣を隔離してくれる条件は何だ?」
『そうだな、世界最強となって、この子と共に我を起こしに来ると誓うことだ。お前にはそれだけの地力を与えておる。再びここに来るまでの間、お前は技を磨き訓練と実践を重ね、戦闘勘を身に着けるのだ』
「世界最強……」
一応『剣聖』の肩書きはそれに見合うものだ。ならば条件を受け入れることに何ら問題は無い。
だが、なぜそんなことを言うのか?
そこにある思惑に、レオはすぐに気が付いた。
「もしかしてあんたを起こしに来た時、同時に俺たちに剣の破壊をさせようと考えてるのか?」
『然様。彼奴を世界から消すには、あの剣の破壊は必須。しかし生半可な力では返り討ちに遭うだけだ。先ほども言ったが、剣の破壊には相応の力が必要となる』
「……返り討ちって何だ? 剣に物理反射でも掛かってんのか?」
『そんな簡単なものではない。……あの血の契約の剣は、文字通り数多のエルダール王族の血を吸ってきた。時には今回のように同族の殺害にも使われ、それらの血によって、剣の中に潜む彼奴の欠片の強化が図られているのだ』
そう言った魔王は、忌々しげに眉を顰めた。
『あの剣はエルダール王家に渦巻く憎悪を糧に、彼奴の禁忌の力によって怨念の実体化を可能にする。おそらく破壊するには戦闘が必要になるのだ』
「つまり、剣と戦うって事かよ……」
なるほど、だから世界最強になってこいというわけだ。
その剣自体壊せる者がほとんどいないという代物な上に、一部とは言え創造主に匹敵する復讐霊の力が宿っているとなれば、常人が対応できる範疇を超えている。
ならばやるしかないのだ、自分たちが。
『ちなみに我を起こしに来るのは、この世界の主が復活してからにせよ。我だけ起こしても世界の魔力バランスは崩れたままだ』
「……それって遠回しに、俺に世界の主も助けに行けって言ってないか?」
『別に他人に委ねても良いが、お前が行く方が早いだろうな。疾くエルダールの因縁を解消したいのなら、そうすべきだ』
いっそ命令すればいいのに、魔王は回りくどい言い方をする。レオを隷属している立場のわりに、あまりこちらの心証を悪くしたくないのだろうか。もしかすると、大事な子供を預ける相手だからかもしれない。
まあいい。命令されようがされまいが、どうせすでに向こうでは大精霊は復活させている。この夢が覚め、現実世界に戻ったらすることも、ここまで来ればもう察しがついている。ひたすらゲートの地下迷宮フロアの奥に進み、魔王を起こし、剣を破壊すればいいのだ。
……こういう状況になることをこの時の魔王がどこまで分かっていたのかは謎だけれど。本来なら現地に向かい掘り起こさなければならなかったはずの卵と、ここで再開できるなら単純にありがたい。
レオはうむと頷いた。
「……条件を飲もう。取引成立だ。俺たちはそのうちあんたを起こしに来る」
『そうか、よろしい。では、呪いの剣を預かろう。この空間の中に持ち込むといい』
「ん? ……持ち込むといい?」
『我が預かるからここに剣を持ってくるのだ。お前の力で』
そういえば魔王は外の世界で直接的な力の行使はできないのだった。つまりレオが襲ってくる兄の手から剣を奪って、卵の中に持ってこなければいけないのだ。面倒臭い。
『急ぐがよい。この構造物のあちらこちらにどんどん爆薬が仕掛けられておる。崩落してからでは遅いぞ』
「分かったよ。俺がやるから、せめてどうすればいいかやり方くらい教えてくれ。兄貴ごとここに連れてきてもいいのか?」
『まあそれが良かろう。この中にいれば崩落によるダメージは食わぬからな。やり方は簡単だ。あの剣を鞘に収めさせ、兄をこの卵に触れさせればよい。間違っても剣を抜き身のまま持ち込むな。力が反発しあってこの空間が破損する可能性がある』
「全然簡単じゃねえ……」
魔王はしれっと言うが、操られているライネルに剣を収めさせるのはかなり難しい。もちろん本来のレオなら力尽くで行けるから容易いけれど、今はアレオンの身体なのだ。魔王の力を受けて平時よりはだいぶ動けるといっても、限度がある。
だが、やらなければいけない。
アレオンはやれやれと立ち上がった。
「とりあえず何とかする。……だがその前に、子供を抱かせてくれ」
『子供を? ……まあ、良かろう』
ユウトに触れると、それだけで身体を蝕んでいた毒素が浄化される。だがそれ以上に、レオの精神的なテンションが上がるのだ。弟のために頑張る、その一念で兄のパフォーマンスはぐっと上昇する。
魔王も何か感じ取っているのか、意外にも特に理由も問わずにユウトを手渡してくれた。
そう言えばこの魔王、ずっと卵の中にいたのならレオとユウトのやりとりも見ていたはず。途中からアレオンとレオで人格(?)が入れ替わったことを不可解に思っているかもしれないが、子供を溺愛している様を見せたからこそあまり警戒していないのだろうか。
特にアレオンに寄せることをやめて、レオの素を全面に出し始めてから妙に友好的になった気がするが……まあいい、今はそこに気を割いている場合ではないのだ。
レオは腕の中の小さな赤子を柔らかく抱きしめる。
すると触れた部分から力が湧いてきて、身体がほわりと温かくなった。もちろん気のせいかもしれないが、この気の持ちようこそが今は重要。レオはそのもちもちのほっぺに自分の頬を押し付けて堪能すると、名残惜しく思いつつもユウトを再び魔王に預けた。
「よし、じゃあ行ってくる。ここから俺を出してくれ」
『承知した。では生き埋めになる前に、首尾良く事を成してくるがよい』
「ああ」
地下迷宮の崩落は不可避。アレオンが再びライネルの前に現れれば剣の術式が作動するが、結果と功を急ぐジアレイスはもはや爆破を止めないだろう。
ならばその最初の爆破の衝撃を、逆に利用してやる。何も知らないライネルが動揺した時こそが好機。
レオは頭の中でこれからの算段を立て、外に出ればすぐに来るだろうライネルの攻撃に対して、まずは身構えた。




