兄、黒猫の正体を暴く
リリア亭で猫を部屋に入れる了解を得ると、ユウトは黒猫を抱いたまま部屋に戻った。
レオもそのまま弟の部屋に一緒に入る。この猫が不思議な気配をまとっているのが気になったのだ。
害意はない。ユウトにとても友好的である。
その点においては間違いなさそうだから、引き剥がすのはやめた。
この手は無理に離すと、自分のあずかり知らぬところで接点を持たれる可能性がある。それは少々厄介だった。
「この猫、どうするつもりだ?」
ベッドの縁に座ったユウトの膝の上で、黒猫は丸くなっている。それを撫でる弟に、兄は椅子に腰掛けながら訊ねた。
「んー、まだ捨て猫だと決まったわけでもないし。ちょっとの間預かって、飼い主が見つからないようなら新しい行き先を探してあげようかなと思うけど」
「新しい飼い主か……」
これが普通の猫ならそれでいいだろう。しかしこの黒猫がそれを容易に受け入れるとは思えなかった。最初から明らかなユウト狙いだ。
そう、この黒猫は目的を持ってここにいる。
猫の視線、意識の移動、仕草を見れば、人間と同等の思考をしていることが推察できた。つまり、意図して弟に近付いているのだ。
こいつは一体何者なのだろう。
その狙いが何かを暴かなければ、このままユウトの側に置いておくことはできない。
猫から僅かに感じる魔物の気配も看過できなかった。
「……ユウト、その猫、今晩俺が部屋に連れて行ってもいいか?」
「え? 別に良いけど……にゃんこと寝たいの? そんなこと言うの珍しいね」
2人の会話に、弟の膝の上の猫がビクッと緊張する。やはり、人間の言葉も分かっているのだ。
「ちょっと確認したいことがあるんだ」
「ふうん? よく分かんないけど、はい」
ユウトは特に疑いもなく猫をレオに渡してきた。それを抱え、逃げないように首根っこを掴む。
にゃああ、と黒猫が頼りない声を上げた。
「……安心しろ、良い子にしてれば酷いことはしない。今後ユウトと引き離されたくなければおとなしくしておけ」
ぼそりと小声で囁くと、ぴたりと猫は静かになる。こいつは存外素直で小心者なようだ。
レオはユウトにおやすみの挨拶をすると、緊張に固まる猫を連れて自室に戻った。
「……さて、猫の姿のままでは会話もできまい。素直に正体を現すなら良し、反抗するなら相応の痛い目は見てもらうぞ」
部屋の鍵を掛けると、レオは床に猫を下ろして分かりやすく威圧した。
この状態が真の姿ということはないはずだ。人語を解する魔物はそう多くない。そしてこれだけ魔物の気配を消せるものも少ない。
間違いなく変身能力を持った高位の魔物。
こいつはどこでユウトの存在を知り、何故近付いてきたのか。それを白状させなければならない。
「お前が魔物だということは分かっている。だが、それを理由に排除はしない。ユウトに対する害意がないのなら、今ここで正体を明かしておけ。……そうしなければ、今後一切こんな機会は作ってやらんし、ユウトにも近付かせない」
最初にして最後通牒。
高位の魔物であれば、レオの実力も分かるだろうし、この言葉に嘘がないことも分かるだろう。
果たして、猫はレオの目の前であっさりと変身を解いた。
「ほ、本当に排除しませんか……?」
そこに現れたのは、漆黒の髪に赤い目を隠した長身の男。
ひょろりとしてオドオドと頼りなげな印象は、猫の雰囲気そのままだった。一見すると弱そうだが、この印象と実力はおそらく別だ。
レオは気を抜くことなく、片手を剣の柄に掛けたまま訊いた。
「排除するかどうかはこれからの内容による。……お前は何者だ」
「……私はヴァルドと言います。魔法植物ファームの農場主です」
「ああ……」
その答えに肩の力が抜ける。
なるほど、どこでユウトを見つけたのかと思ったら、『黒もじゃら』のお遣いクエストで偶然出会っただけか。どうやらレオが懸念していたこととは無関係らしい。
「魔物が、何で人間の街で農場なんかやってんだ」
「……魔物と言っても、実は私は半分だけで……同族の魔物からは忌み嫌われる存在なんです。ここなら、それを隠して生きていけるので」
「人間とのハーフなのか。……その能力、高位の魔物と見たが、もしかして吸血鬼か?」
「そうです。私は同族から半吸血鬼、ダンピールと呼ばれています」
ダンピールは、不死である吸血鬼を狩れる特別な人間だ。それを考えればまあ、同族に疎まれるのは当然か。
「そのダンピールが、ユウトに近付く目的は何だ」
「……救済者に契約をしてもらい、私を眷属として使って頂きたく」
「契約とは?」
「召喚契約です。私はどうしても彼と契約をしたい。それに特定の者と契約を交わせば、他の者に呼び出されることもなくなりますので……」
「……何だか、今現在誰かに呼び出されている口ぶりだな」
「実際、何度か呼び出しの兆候がありました。直前で逃れましたけど。……最近、降魔術式による高位魔物の強制召喚が増えている様子なんです。まさか半魔物の私まで巻き込まれるとは思っていませんでした」
「何!? 降魔術式だと……!?」
その言葉に、レオは顔を顰めた。
あれ以来なりを潜めていると思ったのに。
元魔法生物研究所の生き残りだろう奴らが、今も強制召喚を繰り返している。……一体どこで、何のために。




