兄、解決策を考える
「待て、俺の生殺与奪権はその子供に与えたんじゃなかったのか!?」
『お前の命はこの子に委ねたが、術そのものを掛けたのは我だ。当然、お前は我の支配下にある』
やはり、うまい話ばかりではないらしい。
レオはそれに内心で舌打ちをしつつも、あえて反発することはしなかった。なぜなら、現実世界で実際に魔王からの隷属的扱いを受けた覚えなどなかったからだ。
だがそうなると逆に、この支配にどんな拘束力があるのかが気に掛かる。
「……あんたに隷従すると、俺にはどんな影響があるんだ?」
『お前の場合、通常の隷属とは異なる。魔力がないせいで、術式と魂の紐付けが複雑だからだ。この隷属術式によって、お前は依り代の能力ゆえに器が我の影響を如実に受け、同化しやすい形態に変化する』
「……それは、あんたに似るってことだろ?」
『単純に言えばそうだ。だが見た目だけではない。厳密に言うと細胞単位で、我が器にするに足る身体に変化するということだ』
「あんたの器に足る……!? 待て、それだと『神のようなもの』がしようとしていたことと変わりないんじゃないのか!? 力を注いだだけじゃなかったのか……!」
返ってきた答えは、思ったよりもずっと隷属的だった。もちろん復讐霊に憑依されるのに比べたら、世界の危機的なリスクは低いかもしれないが、それでも。
レオは自身の自我の存在を脅かされる事態に、思わず殺気立つ。
しかし魔王はその殺気を、涼しい顔で手をかざすだけでいなした。
『先ほども言ったが、我が一介の人間に憑依することは世界の禁忌だ。そういう身体になるというだけで、我がお前の人格を乗っ取ることはない』
確かにこれまでの記憶の中で、レオが魔王に乗っ取られたことはない。というか、これ以降魔王の行方すら分からないのだ。ならば心配する必要はないのかもしれない。
だからと言って、安心もできないのだけれど。
「……あんたの支配下になった今、俺に同化できるのはあんただけなのか?」
『無論、そういうことになる。依り代には精霊や霊魂などの精神体が宿りやすいが、この状態になったお前には我以外に適合できる者はおらぬ』
「俺のキャパシティに限界値がないなら、他の奴の介入も受ける余地がありそうだけど」
『上限がないのは誰の支配も受けていない時だけだ。我の力を受けた時点で、与えた能力に添ったある程度の限界値は発生している。もしもその辺の霊魂にでも憑依されていた場合は、能力の上限がかなり低くなるところだったのだ。我に隷属したことをありがたく思うがよい』
なるほど、依り代という能力がいくら稀少でも、そこに宿る主の能力が低ければただの役立たずなのか。そう考えるとレオが魔王の力を受けたことは、やはりユウトを護る上でこれ以上ない幸運。
もちろんこの支配に対して「ありがたい」などとわざわざ口にしたりしないけれど、レオはひとまず心の内で自身の幸運に感謝した。
その上で、ひとつ疑問を投げかける。
「魔力の上限は、あんたに力を注がれてもほとんど上がらないのはなぜだ?」
『我のこの精神体は魔力のかたまり。我が魔力を注ぐということは、自我を乗っ取る憑依と同じことになるのだ。ゆえに我の魔力は注いでいない。お前に流れている最低限の魔力は、お前を生かすためのこの子が繋げているものだけだ』
「……ってことは、俺の魔力の上限はまだ決まっていないのか」
『そういうことになる。だが、我の支配下となっている以上、他の者の魔力の介入を受けることはない。……この子を除いて』
魔王はそう言うと、また眠る子供の頭を撫でた。
大精霊もそうだが、どうやらこの魔王もユウトには父性愛のようなものを向けているらしい。無愛想ながらもどこか誇らしげに赤子の頬を撫で、魔王はレオを見下ろした。
『この子は我の魔力を分けた特別な愛し子。世界で唯一、我と術式を共有できる者。その上実体と魂を持つ身ゆえ、お前の自我に影響することなく魔力を与えることができる。もしもお前に魔力の上限を与えるとしたら、この子だろう』
「俺の魔力の上限が、この子で決まる……」
それはつまりユウトの膨大な魔力量と同等か、それに倣う量の魔力がレオの上限に設定されるということだ。剣聖の力に加え、修行次第で大魔術師並みの魔法を使える魔法剣士になれるということ。
……これは一見とても素晴らしいことに思えるが、レオにとってはあまり魅力を感じられなかった。
攻撃の選択肢が増えすぎると、判断に迷いがでるからだ。それでなくとも判断材料が増えれば、コンマ数秒単位で反応に遅れが出る。
さらに直接攻撃に集中力を使いながらの魔法では、精神的にも疲弊が出るのは明白。おかげで魔法剣士というのは上位職業にもかかわらず、突出した旨みがないのだ。
攻撃は特化した方が強い。それがレオの持論だ。刹那の判断力が物を言うランクS級以上を相手するなら特に。
となれば、いっそ魔力などないままの方がいい。
「……魔力の上限は、別に決めなくても問題ないんだろ?」
『さほど問題はない。……が、依り代としての間口が完全に閉じていない分、憑依先を求める精神体が寄ってくる確率は上がるやもしれぬ。お前の精神を操れば、我の与えた最強の力が手に入るのだからな』
「あんた以外には俺の自我は乗っ取られないんだから、大丈夫じゃないのか?」
『乗っ取りはされなくとも、精神を操られることはある。魔力のある者ほど巧妙に近付いてくることを、努々忘れるな』
そう言われて、はたと思い出したのは以前精神を囚われかけた『対価の宝箱』だ。もしかして、ジアレイスのような野心など持っていなかったレオの前にあれが現れたのは、王弟だからというだけでなく、依り代の能力を持っていたのも一因だったのか。
復讐霊にかかわっていた宝箱。あのまま付き従っていたら、今頃一体どうなっていたのか。今さらながら肝が冷えた。
『まあ、魔力を持たないことには利点もある。好きにするがいい。……特に今は、お前に魔力がないおかげで王家の呪いから弾かれているのだしな』
「……王家の血の契約か」
『この空間の外では、未だその呪いに囚われたお前の兄が待ち構えている。まずはあれをどうにかせねばなるまい』
魔王との遭遇にすっかり時間を割いてしまったが、今一番解決が必要なのはこれだった。
この状況を正しく展開させて夢から覚めるには、あの呪いの剣をどうにかしなくてはいけないのだ。そこに対して魔王という強力な助っ人を得、レオは期待を込めて男を見上げた。
「あの剣に掛かっている術式をどうにかできるのか?」
『我は何もせぬ。この空間の外……物質世界に我が直接干渉することは禁忌である』
……そういやそうだった。肩すかしを食って思わず不機嫌に顔を歪める。
そんなレオに、魔王はふんと鼻を鳴らした。
『今のお前なら、あの兄を倒すことなど造作ない。この子を連れて行けば魔力のランプを使っての脱出も容易いはずだ』
「ふざけんな、兄貴は殺さない。あの人はエルダールを正しく導く賢王だ。俺は王家に呪いを掛けている剣の方をどうにかしたいんだよ」
『……あの剣は創造主に近い存在が作り上げたもの。お前のような小さき者が破壊することは不可能だ』
「いや、何か方法があるはずなんだ、絶対」
ライネルもレオも健在の未来は、確かに存在している。だから間違いなく、その方法はあるはずなのだ。
「……もしも俺が呪いの剣を破壊しようと思ったら、どうなれば可能なんだ?」
『ふむ。もしもという話なら、まずもってその小さき身体では力が足らぬ。壊すための武器もない。それを振るう技術もあるまい。あれは魔力によって強化されているから、相当の能力が必要だ』
「つまり、身体が大きく力があって、相応の武器と技術があれば壊せるということか?」
『この世界に物質として存在している以上、壊せぬことはない。……と言うのは簡単だが、実際にそれが可能な人間などほとんどおらぬ』
ほとんどいない、というのは、少しはいるということだ。
そしてそれは剣聖であり、最大品質の武器を持ち、魔王の能力を与えられたレオならいけるかもしれないということだ。……もちろんこのアレオンの姿ではなく、現実世界のレオのことだけれど。
さて、どうするか。




