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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、父とライネルの目論見を知る

 扉をノックすることもなく入ってきたのは、まさしくライネルだった。儀式を終えてからそのままやって来たのか、国儀の正装姿だ。

 その腰にレオの見たことのない剣を佩いている。それは柄にいくつもの魔法石がはめ込まれた、祭祀用の剣らしかった。


 ライネルはアレオンがベッドに起きていることに気付くと、一瞬だけ忌々しげに眉を顰めた後、すぐに殺気を薄めて口を開いた。


「やあ、アレオン。起きていたのか。眠っていれば良かったのに」

「……兄さん。今日は大事な立皇嗣の日なのに、こんなところに来てていいの?」

「問題ないよ。今日はお忍びじゃない。父上のすすめで来たのだからね」


 にこりと笑ったライネルはいつもの笑顔のようだが、醸す空気が全く違う。柔和な気配はなりを潜め、禍々しい負の感情が滲んでいた。

 明らかに微笑みの裏でアレオンを嫌悪している。


 しかし、弟に悪感情を向けながらも普段通りに振る舞おうとするのは、こちらを油断させるつもりなのだろうか。もしくはこんな非力なアレオンなどすぐに殺せるという余裕なのだろうか。

 まあどちらにせよ、一応会話が成立するのはありがたい。

 いきなり斬りかかってこられたら、このアレオンの身体では対処のしようがないのだから。


「……父さんは、兄さんと俺を会わせたくなかったんじゃないの?」

「父上が快く思わないのは、僕とお前が仲良くなることだ。それ以外の理由で顔を合わせるのは別の話だろ」

「じゃあ……今日の兄さんは何のためにここに来たの?」


 レオがそう訊ねると、ライネルは問いには答えずにただ見下したような笑みを浮かべた。

 そして、意味ありげに腰の剣に手を添え、柄を揺らす。

 多少察しが良ければすぐにその意味に……弟を手に掛けようとしていることに気付くだろうが、レオはわざとそれに気付かぬふりをした。今の様子で、兄がアレオンの無力さ、不遇さ、愚かさを楽しんで、優越感に浸っているのだと気付いたからだ。


 その態度から、少し前にライネルが言っていたことを思い出す。

 王宮にいると心の中に『悪いもの』が生まれる。心がよどむ、と。虚栄心、選民意識、疑心暗鬼、排他的な考え、そういうものに囚われてしまうのだと。

 今のライネルは、そういう『悪いもの』を宿しているのだ。


(……これは、立皇嗣の儀式のせいか? さっきユウトも頷いていたし……本来の兄貴の意思でないのは間違いなさそうだ)


 エルダール王家の直系であり、それなりに魔力も備える兄は、復讐霊との血の契約から逃れられないと言っていた。ではこの立皇嗣の儀式が、その復讐霊との繋がりを強くするものだとしたら。

 結局歴代の王と同じように、ゆくゆくは国を食い荒らす愚王になり果ててしまう。


(……だが、この先の未来ではそうならなかった。兄貴の『心の中の悪いもの』を、ここで追い出すことができたからだ)


 ここまで来れば、さっきのユウトの「僕が頑張るから大丈夫」の意味が分かる。過去、この場面でこの赤子が、ライネルを浄化して悪心から解き放ったのだ。

 となれば、そこに至るまでを間違ってはいけない。


 ユウトはまだ腕の中にいるが、毛布に包まっているためライネルは未だ卵が孵っているとは思っていないだろう。

 それを明かすタイミング、浄化をするためにライネルにユウトを預ける見極めが重要になる。


 レオは努めて無知を装い、その機会を窺った。


「……兄さん、その剣は?」

「父上に託されてきた王家の秘剣だ。国王になる者は代々この剣に血を捧げ、『我らの絶対神』に忠誠を誓う」


 我らの絶対神……まあ復讐霊のことで間違いない。以前は『神のようなもの』と言っていたのに、ずいぶん格上げされたものだ。


「……兄さんも、剣に血を捧げたの?」

「いや、僕はまだ国王になる段階ではないからね。これはあくまで父上の剣だ。今日はただ、それを預かって皇嗣としての初仕事をしに来ただけだよ」

「初仕事……?」

「そろそろ気付け、愚かな弟よ。お前を殺すことだよ」


 アレオンの鈍さを鼻で笑ったライネルが、とうとう剣の柄を握りしめて引き抜いた。その刃は毒々しい紫色の魔力の光をまとっている。宝剣というより呪いの剣だ。

 それを見て、いつものレオなら怯みもしないところなのに、つい怯えを見せてしまった。今のアレオンの身体では、腕の中にいるユウトを守れる自信がないからだ。この子を守り切れないことは、レオの最大の恐怖。つまりは自身の非力を恐れてしまった。


 しかしそれを自分への恐れだと勘違いしたライネルは、自身の優位を感じて悪く笑む。武器もなく抗う体力も能力もないアレオンになど、何の脅威も感じないのだろう。

 剣を抜いたもののすぐに襲いかかってくることもなく、勝手に語り出した。


「父上がお前を『神』の目から隠してここに閉じ込めたのは正解だった。そうでなければ、『神』がお前を殺したことにお怒りになっただろうからね」

「……父さんは俺を神の依り代にするためにここに閉じ込めていたんじゃないの? どうして父さんが、兄さんに命じて俺を殺そうと……?」

「馬鹿だな、お前を『神』の依り代にするつもりなら、王宮のもっと良い場所に部屋を構えるはずだろ。父上は、ここでお前が死ぬのを待っていたんだよ。……それなのに、お前があまりにもしぶといから僕が引導を渡しに来たのさ」


 おそらく、ライネルはアレオンにショックを与え、精神的に痛めつけて優越感を得るためにこれを暴露したのだろう。

 しかし当のレオはなるほどと納得しただけだった。元々父に対しては何の感情も持っていないのだ。せいぜい目障りな害獣程度。


「もしかして最近俺が昏睡状態になったりしたのも、父さんの仕業……?」

「直接は聞いていないがそうだろうな。僕が持ち込んだ魔物の卵のせいでお前の体調が一時回復してきたから、医師に命じて何かしたんだろ」

「そう……」


 ここまで来れば、父王が非力なアレオンをなぜ恐れていたのか薄々分かってくる。

 父はアレオンに復讐霊を降ろすことを良しとせず、その前に死んで欲しいと思っていた。なぜなら復讐霊の魔力を手に入れれば、アレオンは確実にエルダール王国の支配者になるからだ。

 それはつまり、選民主義で権威主義の父が国王の座を追われることを意味する。あの愚王はそれを恐れていたのだろう。


 そして、同じ思想を植え付けられたこの兄も、弟がいると次代の王の座を失うと考えている。故に二人は結託したに違いない。

 復讐霊に差し出す前に、アレオンを病死と見せかけて葬ってしまおうと。


(……だが、あの復讐霊との血の契約の証の剣で俺を殺して、復讐霊がそれに気付かないなんてあり得るか?)


 その裏にある父王の思惑に、本来のライネルなら気付かぬはずはない。

 なのに分かっていない様子なのは、つまり兄がその思考からして立皇嗣の儀式によって淀み、判断力を阻害されているからだ。

 まあそれを今指摘したところで、この状態のライネルには無意味だろうが。


「さて、先にその卵を僕に返してもらおうか。アレオン。それは僕のだ」


 レオが黙り込んでいると、怖くて口がきけないとでも思っているのか、特に気分を害したふうもなくライネルが卵の所有権を主張した。

 どうやらすぐに斬りかかってこなかったのは、ユウトがアレオンの腕の中にいることもあってのようだ。

 その口ぶりに、「ユウトは俺のだが!」と反論をしたかったがさすがに自重する。

 ちらと赤子に視線をやると、ユウトは大丈夫とばかりにこくりと頷いた。そして、わざとむずかるように腕の中で身じろぐ。


 それを見たライネルが、目を丸くした。


「アレオン、それは……?」

「……卵が孵ったんだ、兄さん」


 毛布を払ってユウトの姿を見えるようにし、抱き込んでいた身体を兄に向ける。卵だと思っていたそれが赤子だと分かった兄は、途端に気分が昂揚したようだった。


「そうか……そうか! 見た目は貧弱で魔物らしくないが、まあいい。魔物をペットにしているとなれば、貴族どもから一目置かれるからな。これから僕がしつけてやろう。アレオン、それを僕に返せ」


 ……言いぐさがいちいちレオの癇に障るが、我慢だ。これは本来のライネルではない。

 ギリギリと奥歯を噛みしめつつもどうにか不愉快さを押し殺して、レオはユウトを抱いている手を緩めた。


「……この子はまだ生まれたばかりなんだ。ひどいことはしないで」

「稀少なペットだ、簡単に殺しはしないさ。……従順でいる限りはな」


 言いつつ、ライネルは何の警戒心もなく近付いてくる。

 まあ、武器は抜き身で持ったままであるし、アレオンに対して完全なる優位を疑わないからだろう。諦念を装ってここまで反抗らしい反抗を見せていないのも、この兄を油断させるに十分な効果があったようだ。


 ライネルはレオが差し出したユウトを、何の躊躇いもなく受け取ろうと手を伸ばす。

 するとそれを迎えるように、赤子も小さな手をライネルに向かって差し伸べた。


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