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兄、自身の秘められた特異体質を知る

「とりあえずは明後日の立皇嗣の儀式と、父上から担う権利と義務の移譲が行われる。それが終われば年齢など関係なく、執政のタヌキ親父たちと同等かそれ以上の権力は手にできるんだ。……もちろん大っぴらに動くにはまだ僕の力が足りないが、しばらくはあいつらを利用して地盤固めをしようと思う」

「……地盤固め?」

「そうだ。まずは信頼できる部下と、力を行使するための戦力、そして情報と知識が必要。父上や上級貴族の傍若無人ぶりに不満を持つ者は多いからね。最初はそういう者の中から良い人材を引き抜いていくつもりだ」


 どうやらライネルの頭の中には、すでに今後のエルダールの青写真が描けているようだ。

 おそらくはここにいる間にまとめていた計画書がそれだろう。今日も持ってきている書類と本は、兄にとっての機密情報。幼い弟にはそれが何か分かっていないと思っているのか、ライネルはそれを隠すことなくテーブルの上に置いた。


 まあ、今のアレオンの体力ではそのテーブルに辿り着くのすら難儀なのだから、心配など無用なのか。


「優秀な人材がいるのは貴族諸侯ばかりでもない。市中の者も父上に内緒で登用しようと思っている」

「市中の者……? 兄さん、街中に知り合いいるの?」

「いや、いない。だが、魔法研究機関の所長や王宮書庫の司書長から情報をもらっている。この二人だけは王宮の中で、家名のコネでなく実力で役職を得ている者だから、情報が信頼できるんだ。おかげですでに何人か、あたりをつけることができている」


 二日後に十三歳になるばかりだというのに、何という手腕。

 ……しかし、いくら相手が病弱な弟とはいえ、ここまで赤裸々に計画を明かしてしまっていいのだろうか。現時点で生きるか死ぬかも分からぬようなアレオンが、ライネルにとって情報を共有するほどの利用価値があるとも思えないのだけれど。


 もちろん、ここが唯一父の目の届かないところだというのは分かる。しかし、ならば勝手に来て帰るだけでいい。弟に構う必要などないはずだ。

 将来的なことを考えれば長男にとって次男の存在など、王位継承の火種にしかならない厄介なもの。

 なのにライネルは、まるで同志でもあるかのようにアレオンに語る。それがレオには少々不可解だった。


「……兄さんはどうして俺を構うの? ここから連れ出したところで、兄さんの役に立つこと何もできないと思うんだけど……」


 実際、政には全く興味がないし、剣の腕だってこの時点ではあてにされているわけもない。ただの死にかけの弟だ。

 しかしそう訊ねたレオに、ライネルはニヤと笑って見せた。


「アレオン、お前は自分がどれだけ重要な人間か分かっていないだけだ。……実はね、以前は疑問にも思っていなかったけど、最近になって父上がなぜ病弱なアレオンをここに閉じ込めたのか気になってさ。王宮の記録史を遡ってみたんだ」


 王宮の記録史……国王の側近や執事が書く日誌のようなものだ。その日起きた王宮での出来事や、国王の下知や主立った言葉、行動を記録してある。

 日々増えていくその記録量は膨大。そこから、アレオンに関する記述を拾っていったらしい。もちろん司書長の手も借りたようだが、物好きな。理由など、もう分かっているのに。


「……父さんは以前、『王家に病弱な息子など必要ない。地下にでも閉じ込めておけ』と言ってたよ」

「……それを、お前のいるところで言ったのかい? ……全く、どうしようもないひとだ。だが、それは本当の理由じゃない。父上はアレオンを恐れていたんだ」

「父さんが、俺を恐れる?」


 父王がレオを恐れていたのは事実だ。しかしそれはもっと後、剣聖として向かうところ敵なしの戦闘力を身に着け、王位の簒奪を為し得る歳になってからだろう。

 まだこんな非力で病弱で、それこそ剣など持ったら骨折しそうな子供のアレオンを、どうして恐れるというのか。


 怪訝に思って首を傾げたレオに、ライネルは苦笑した。


「まあ、意味が分からないよね。僕もその記述を見付けた時に、なぜ父上がアレオンをそれほど危険視するのか理解できなかったんだけど。色々調べるうちにお前が特別な人間だと言うことが分かった」

「……特別な人間?」

「お前には、神の依り代になる力があるんだって」

「神の、依り代……?」


 レオはそれを聞いて途端に顔を顰めた。

 この世界で神と言えば創造主である大精霊。だがあれとはウマが合わないし、そもそも向こうだってレオに憑依したいなんて思ってもいないだろう。

 それこそ、一時身体を借りたネイの方が相性が良さそうだった。

 うん、ありえない。

 レオが繋がったら、ご神託よりも嫌みばっかり言われそうだ。


「俺に神なんて降りないし、降りたとしても神職に就く気もないし、父さんが恐れる理由にならないと思うんだけど……」

「……残念ながらね、この場合の神というのは、この世界の神ではないんだ。……詳しくは話せないけど、遠い昔からエルダール王家と血の契約をしている、『神のようなもの』だ」

「!? それって……」


 その言葉を受けて、ライネルが指しているのが大精霊でなく、かつて別世界の神だったもの……復讐霊のことだと分かる。やはり兄はこの王家に巣くう悪しき存在を認識しているのだ。

 そして、よりにもよって弟がその復讐霊の依り代になると言っている。


「アレオンには魔力がないだろう? それこそ、生命維持すら危ういほどだ。そんな人間は普通赤子の時点で死んでしまう。しかしお前はそれでも生き続ける生命力を持っている」

「……俺くらい魔力がないのは珍しいってことは、知ってるけど……」

「そう、稀少なんだ。体内魔力という概念のない身体は。……通常、自分のキャパシティを遙かに超える魔力を手に入れると、人間は精神や脳、身体に異常をきたす。しかし、アレオンの身体にはそもそも魔力の容量というものが存在しない。つまり、どれだけ強大な魔力の持ち主でも憑依させることができるんだ」


 以前クリスから、レオは死人に等しいほど魔力がないと言われたことはあったが、この体質が復讐霊の依り代になり得るものだったとは知らなかった。

 ……ということは、父王がアレオンをここに閉じ込めて生かしているのは、育てて復讐霊の依り代として使うためだったのだろうか。

 だが、そうするつもりなら父王が次男を恐れる必要もないはずだ。


 どうもよく分からない。


 わからないと言えばライネルもだ。

 明らかに復讐霊を悪しきものと捉えている様子なのに、その依り代になるかもしれないアレオンを排除しないどころか気にかけて、ぺらぺらと情報を漏らしている。

 それに結局この話だけでは、弟が兄の役に立つ存在なのかという問いの答えになっているとは思えなかった。


「……今の話を聞くと、俺って生かしておくと危ないんじゃないの? おそらく身体を乗っ取られたら、俺の意思とか全くなくなるだろうし、……世界を滅ぼしたり、するかもよ」


 普通に考えて、アレオンを生かしておくのは危険だろう。

 実体を持てば復讐霊はこの世界に直接干渉することが可能になる。

 実際、もしもレオが復讐霊に憑依されていたら、とんでもないことになっていたはずだ。もちろん死ぬ気はないけれど、ライネルの真意が知りたくてそう訊ねると、兄は軽く肩を竦めた。


「僕が大事な弟を殺せるわけがないだろう? ……それにね、逆にその『神のようなもの』に対抗できるのもお前しかいないと思っているんだ。アレオンが味方でいてくれれば、これほど心強いことはない」

「俺が、『神のようなもの』に対抗……?」

「お前はエルダール王家の血が流れていながら、魔力がないおかげで血の契約に縛られていないんだ。お前ならきっと成し遂げられる。……過去から延々と続いてきた、我が一族の血の呪縛からの解放を」


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