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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、弟と通じ合う

 ベッドの下を見ると、そこにはきちんと毛布に包まれたユウト卵がある。それに安堵して、レオは手を伸ばした。

 こんな身体で、こんな棒きれみたいな腕で、卵を持ち上げることができるだろうかと一瞬心配になったが、卵に触れると不思議と力が湧いてくる。レオは慎重にそれを持ち上げると、包みを解いた。


(……何だ? これまでと少し様子が違うな……)


 毛布の中から現れた卵が、妙につやつやして輝いて見える。よく見たらその原因は、殻が薄くなり透明度が上がったからのようだった。

 完全に不透明だった時と違い、うっすらとだが中に小さな人影らしきものが見える。


(……これは……どういう兆候なんだ?)


 魔力の供給がされないことで殻を保持する栄養が不足している? それとも順調に育っていて、もうすぐ生まれる?

 抱きかかえるとほんわりと温かく、中の赤子が身動ぎしているらしく少しだけ重心が移動するから、弱っている様子はないけれど。


「……ユウト」


 何にしろ、命より大事な可愛い弟が入った卵だ。その様子の変化が気になって、名を呼んで卵を撫でてみる。まあ、この時点では名前など無いか、あってもディアたちが付けた名前だろうが、気にしない。

 レオにとって、ユウトはユウトなのだ。


「ユウト」


 そうして再度名を呼ぶと、不意に卵の殻の内側にモミジのような赤子の両手のひらが浮かび上がった。ユウトが手を伸ばし、中から殻に手を触れたのだろう。

 それに気が付いて、レオはとっさに殻の外側から手のひらを合わせる。このタイミングが、まるでこちらの呼びかけに応えてくれたようだったからだ。


 途端に身体に何か温かいものが流れ込んできて、重怠さが抜けていく。

 もしや、ユウトが回復をしてくれたのだろうか?

 偶然や気まぐれだとは思えず、レオは卵の中の赤子に声を掛けた。


「ユウト。ありがとう、お前のおかげで身体が軽くなったよ」


 そう告げると、今度はユウトが殻に顔を寄せたようだ。磨りガラスを通したように薄ぼんやりとだが、弟の顔の輪郭が見える。ぱちりと瞬く大きな瞳がこちらを覗き込んでいるようだった。

 全く子供好きではないレオでも、それがユウトであれば話は別。小さくて目がくりくりの丸っこいいきものに、つい目元が緩む。


「くっ……、クッッッッソ可愛いなユウト!」


 病弱なアレオンの身体では考えられないような声が出た。仕方がない、弟が可愛すぎるのだ。叫んだだけで体力を削られたが、そんなことは気にしない。

 それよりもどうやら自分の声が届いているらしいことに、レオは俄然テンションを上げた。


「ユウト、気分は悪くないか? 寒くないか? 腹減ってないか? くそっ、直接抱っこしたい……!」


 自分が七才の子供になっていることも忘れ、いつもの口調で畳みかける。赤子のユウトが言葉を理解しているかどうかは定かではないが、それでもこの声から好意や親愛のニュアンスは伝わるだろう。


「ああ、もっと殻に寄って顔を見せてくれないかな、ユウト。それだけで俺の気力が三〇〇%くらい復活するんだが」


 卵を撫でつつ、ほとんど独り言のように呟く。

 すると、レオが望んだように赤子が顔を殻に寄せてきた。おかげでさっきよりずっとはっきりと表情が見える。兄に向けられたその視線は、天使のごとき汚れなさで超絶可愛らしい。ああ、やはり可愛いは正義(ただしユウトに限る)。気力が回復する。


 まあ、それはそれとして。

 どうやらユウトは外界の声が聞こえているのはもちろん、言葉の意味も理解していると考えて良さそうだ。もしすでに知能も自我もあるのなら、いつ殻を破って生まれてきてもおかしくない。それこそ、今日明日にでも。

 ……だとすると当時のライネルとアレオンは、ユウトの誕生まで見届けていたのだろうか?


 そんなことを考えながらユウトを見つめていると、不意にその小さな口が言葉を紡ぐように動いた。

 これは……弟が何かを言っている。当然声は聞こえないが、しかしレオはすぐにその言葉を読み取ることができた。読唇術の心得があるわけでも何でもない、それでも分かる。なぜならその口の動きは兄が一番見知った形だったからだ。


『レオ兄さん』


 ユウトの唇がそう呼んでいるのだと気が付いて、レオは目を丸くした。アレオンではない。確実にレオを呼んだ。


「……ユウト!? お前、俺が分かるのか!?」


 訊ねると、赤子はこくこくと頷いて見せる。これは、間違いない。今レオがアレオンの中にいるように、赤子の中にユウトがいるのだ。


(ということは、ゲートが俺の夢に介入してきたというよりも、ゲートが用意した過去の世界に、俺とユウトの精神が引っ張ってこられたと考えるべきか……)


 やはりこのゲートは、過去の記憶を二人に思い出させようとしている。同じ世界に放り込んだのは、きっとレオとユウトの認識の齟齬を生まないためだろう。……つまり、ここには「兄弟にとって」何か重要な記憶が眠っているということ。


 ……一体、何があるんだろうか。

 レオには不安しかない。ユウトが自ら封じていた記憶、それが心浮き立つようなものであるとは到底思えないからだ。弟が言ったように「わざわざ残しておいた記憶」なのだろうが、あまりにも予測がつかなくて心配なのだ。

 出来うる限り、ユウトの心に負担を掛けたくない。

 もちろんこの過去の世界を変えることはできないだろうけれど、せめて弟だけは辛い思いをさせたくないと考える。


 唯一安心できることがあるとすれば、それは「死なないと分かっている」ということくらい。まあ最悪の場合は、この身を挺してユウトを護ろう。


 そう決意したところで、突然部屋の扉がガチャリと開いた。

 それに慌てて顔を上げる。

 すっかりユウトに気を取られて、扉のランプが色を変えたことに気付かなかったのだ。当然卵を隠す暇などなく、とっさに自分の毛布の中に匿う。


 しかし顔を出したのはライネルで、レオは胸をなで下ろした。


「……兄さん」

「アレオン。身体を起こしてるなんて珍しいね。……ああ、卵を温めてたのか」


 やはり毛布の中に入れたくらいではすぐに見付かってしまう。今回は来たのがライネルだったから助かったが、次は気を付けよう。


「……アレオン、卵をこちらへ」

「うん」


 請われて卵を毛布から取り出し、素直に兄に差し出す。先日のライネルがこの卵を「僕たちのお守り」と言っていたのは、おそらく彼にとっても何か特別な効果があるに違いないからなのだ。もちろん悪い効果であるわけがなく、ならば今は拒むところではない。

 今日のライネルはどこか硬い表情をしていたけれど、ユウト卵を抱くとすぐにその雰囲気が和らいだ。


「……常々思うが、この卵は不思議だな。触れると心の悪いものが浄化されるみたいだ。父上はこれを魔物の卵と言っていたけど、僕は精霊の卵じゃないかと思っているよ」


 さすが、鋭い。しかしほぼ正解だなどと言えるわけもなく、レオは曖昧に頷いて見せてから、ライネルの言葉が気になって問い掛けた。


「……心の悪いものって何?」

「虚栄心とか選民意識とか疑心暗鬼とか排他的な考えとか。僕が物心ついてからずっと抱えてたものだよ。……父上の心に巣くっているのと同じ」

「それが、卵のおかげで解消された?」

「ああ。今はとても思考が明瞭だ。だが、王宮に行くとまた心の中によどみができていく。おそらくこれは……」


 そこまで言って口を噤んだライネルは一度小さく息を吐くと、にこりと微笑んで話を切り上げた。


「……お前にはまだ難しい話だ。王宮のことは僕に任せて、ゆっくりと養生しておくれ」


 子供らしからぬ大人びた言葉、知識、思慮。まだクソ生意気なガキだった頃から足かけ三ヶ月ほどしか経っていないというのに、この変わりようはすごい。すでにその雰囲気などは、元の世界のライネルと遜色ないほどだ。

 おそらく兄の言う「心の中の悪いもの」をユウトが浄化して以降、本来の自分を取り戻した兄は、正しき王になるために自ら猛勉強をしたのだろう。彼なりに、今のエルダール王家に対して何か思うところがあるのかもしれない。


(そんな兄貴の心をむしばむ、王宮に巣くう悪いもの……)


 そう考えて、脳裏に浮かぶのは復讐霊だ。エルダール王家の人間を操って世界を滅ぼそうとしていた敵。もしかするとライネルはその存在に気付いて、対抗策を探るために知識を漁っているのだろうか。

 復讐霊にそそのかされたエルダール初代国王、それが行った悪辣な真実は王位継承者だけが知ることができる。ライネルがアレオンにその話を伝えないのは、弟を巻き込むつもりがないからだ。


 過去、エルダールに生まれた兄弟は皆敵対し、王位を巡ってどちらか片方がもう一方を殺す結果になっていたけれど。

 ライネルはユウトの浄化によって明らかにその呪縛から外れ、アレオンを護ろうとしている。


「あともう少しの辛抱だ、アレオン。僕は二日後、正式に皇嗣として役職に就き、政務にかかわっていくことになる。そうすれば、今よりできることはずっと増えるんだ。お前のこんな境遇も何とかしてみせるから」

「……俺をここから出そうとしたら、父さんが怪しむんじゃない?」

「その辺りはおいおい考えるさ。今の僕ではお前の病名すら教えてもらえないが、医師や世話係の人事もそのうち僕が引き継いでやる。……もちろん、王位も」


 そう言ったライネルは不敵に笑った。


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