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兄、ライネルの変化を感じる

 ユウトの卵を受け取った瞬間、ずっと重怠かった身体がふうっと軽くなった。まるで憑き物が落ちたようだ。突然視野が広くなり、世界が明るくなった気すらする、感動ものの劇的変化。

 ……待て、この感覚、知っている。そうだ、当時もアレオンはこの卵に触れ、同じ気分を味わったのだ。そう、覚えている。ただ記憶の中から見失っていただけ。


(これだけの衝撃、自ら忘れるような軽いものではない。やはり俺の記憶は、何か原因があって閉じられているのだ)


 その答えを、ここで見付けることができるかもしれない。そこには期待以上に不安も感じるけれど、きっとこれは己とユウトにとって必要なこと。ならば進むしかないだろう。

 レオは卵を大事に腕の中に抱き込んだ。


 そうした次の刹那、唐突に目が眩み、周囲の世界が消え失せる。しかしそれからすぐに視界の中に戻ってきたのは、同じベッドの上からの景色だった。

 ……ただ、たった今までここにいたはずのライネルが消えている。よく見れば、自分が掛けていた毛布も着ている寝間着も色が違っている。どうやら過去の時間軸が飛んだようだ。


 ふと扉のランプを見ると黄色に灯っていて、これからライネルがまた来るところなのだと分かる。どうやら再体験するこの過去は、必要箇所だけのいわゆるダイジェスト版らしい。

 一体どのくらい時間が進んだのかと暦を見るが、考えてみたらさっきの日にちを見ていないから意味がなかった。まあ、ライネルに確認すればいいか。

 レオは兄を待ちながら、一応卵を布に包んでベッドの下に隠した。


「アレオン、具合はどうだい?」


 五分も掛からず現れたライネルは、開口一番で弟の具合を訊ねる。

 それにレオは小さく眉を顰めた。

 ……おかしい。弟に興味がなく自分第一だった兄が、どうしてアレオンの様子を訊ねるのか。

 さっきの場面と今、この間に何かあったのだろうか。


 レオは密かにライネルを観察する。

 兄はさっきよりもずっと落ち着いた雰囲気で、その瞳には知性のようなものが見て取れた。そしてよく見れば、手には本の束を持っている。以前のがらくたばかりをここに持ち込んでいたライネルとは、明らかに何かが違っているのだ。


 ライネルは黙ったままのレオのベッドに近付くと、その下から隠したばかりの卵を取り出した。


「あれから色々調べたが、この卵の正体はまだ分からない。……だが、間違いなく僕たちにとって必要なものだ。アレオン、今後もこの卵はお前に頼むよ」


 言いつつ、兄が卵を一度撫でた後、弟に差し出す。

 さっきは「僕のもの」と言い張っていたのに、どういう変化があったのだろう。

 しかし返してくれるならもちろん大歓迎。レオは卵を受け取ろうと寝たまま手を差し出す。

 すると、袖から覗いた自分の腕がさっきよりも細くやつれていることに気付いて、レオは内心で驚いた。


(……俺は昔、ここまでやせ細ったことがあったか……? 確かにベッドから起き上がれないことは何度かあった気がするが、これも記憶から消えているのか……)


 だとすれば、やはり情報収集が必要だ。今のライネルはさっきの時間軸よりもだいぶ話が通じやすそうだし、その雰囲気も大人のライネルに近付いている。

 つまりは、弟の味方に近いということだ。

 これなら、失われた過去を取り戻す助けになってくれるだろう。


「……兄さん、この卵がここに来てからどのくらい経ったかな?」

「もう三週間ほどになるな。お前は数日昏睡状態で生死をさまよっていたこともあるから、日にちの感覚がおかしくなっているかもしれないね」

「昏睡状態……」


 やはり覚えがない。身体が弱くずっとベッドにいた記憶はあるけれど、死にかけた覚えはなかった。

 この三週間でここまでやつれたのも、そのせいだろうか。

 そう考えていると、ベッドの横に椅子を引っ張ってきたライネルがそこに座って、アレオンの抱えている卵に触れながら呟いた。


「お前の具合もそうだが、この卵が来てから良くも悪くも状況がだいぶ変わってきている」

「お、俺の具合が悪いのは卵のせいじゃない……よ!」

「分かっている。逆に、この卵のおかげでお前はこれ以上の悪化をせずにいられるんだ。僕も……」


 ライネルは卵に触れていた指先で、自身の眉間を押さえる。そこにふっと風のようなものを感じて、どうやら兄が卵の魔力をもらったのだということが分かった。


「……僕も、このままだったら父上のようになるところだった。今はこの卵が、僕たちのお守りになってくれているんだ。……すまないアレオン、もう少しこの状況に辛抱してくれ。僕が全ての手はずを整えるまで」

「……兄さん?」


 何か考えを巡らす兄の顔は、十二才とは思えない思慮深さを窺わせる。明らかに彼の性質が変わっているのだ。……おそらくその要因は、ライネルが言うように、このユウトの卵。

 滲み出る聖なる魔力と浄化の力が働いているのだろうか。

 世界の創世主二人の魔力を分けられた卵が、代々復讐霊に操られていたエルダール王家の血の呪縛から、レオとライネルを切り離してくれたのかもしれない。


 だとすれば、このライネルこそが本来の彼の性質なのだろう。


「……とりあえず、今日はアレオンに教本を持ってきたんだ。お前は簡単な読み書きしか教わっていないだろう? だがここを出ることになれば、何をするにしても知識は必要になる。分からないところは次に来た時に僕が教えてやるから、一通り読んでおくといい」

「……俺が、ここを出る?」

「そうだよ。僕にできることは少ないけれど、大丈夫。今まで通り勉強嫌いのわがまま王子を装っていれば、好き勝手動いてもそうそう怪しまれることがないからね。……弟に会うのに隠れて来るのも面倒だから、お前をここから連れ出すことにしたんだ」


 にこと悪戯っぽく笑った兄は、弟の枕元に本を置いた。

 そう言えばこの頃は全く将来を期待されていなかったから、数字と簡単な単語くらいしか読み書きを教えてもらっていなかったのだ。そうだ、本を読める程度の知識や一般的な計算式などは、こうして密かにライネルに教えてもらっていた。


 この記憶は卵に直接かかわらないせいか、フックが掛かればすんなりと先まで思い出せる。

 兄はこれ以降この面倒な迷宮に、本を届けにまめに通ってくれるようになったのだ。元々護衛をまいてあちこちで悪戯やわがまま三昧をしていたライネルは、王宮の敷地内であれば少し姿を消したくらいでは怪しまれなかったらしい。その時間をアレオンの部屋に来ることに当てていた。


 そうして弟に本を読ませ、その間に自分は何か書類に目を通しながら書き物をする。その内容をアレオンに明かしてくれることはなかったけれど、それが父に秘密裏で行動をするための何かの計画であったことは間違いないだろう。

 しかしこの段になってもライネルは父王を軽蔑こそすれ、まだ憎悪を抱いている様子はなかった。


「アレオン、大容量ポーチを持ってきたから、読まない本や僕が持ち込んだアイテムはそれにしまっておくんだよ。父上に僕と会っていることがバレるとまずい」

「……ここを秘密基地にしていたことを叱られるから?」

「いいや、もっと根本的な話だ。父上は、僕とアレオンが交流することを嫌がってる。僕だけに金を掛けることで優越感を植え付け、アレオンをさげすむように仕向けているんだ。……そしてアレオンを不遇にしておくことで、その格差でお前の僕に対する悪感情を煽ろうとしている」

「……わざと兄弟仲を割こうとしてるってこと? 何のために……?」

「僕が愚王の資質を持っていたからだろう」


 そう言ったライネルは苦笑をすると、アレオンの髪の毛をくしゃりと撫でて立ち上がった。

 その発言がどういう意味かと訊ねたかったのだが、見れば扉のランプが青色に変化しているのに気が付いて思いとどまる。これは引き留めるところではない。もうすぐ世話係がやってくるのだ。

 ライネルは扉からの死角に大容量ポーチを掛けて本をしまい込むと、アレオンの持つ卵を毛布に包んでベッドの下に隠し、自身も身を隠すべく扉に向かった。


「また来るよ、アレオン」

「うん」


 弟が見送る視線の先で、兄がそう言ってドアの取っ手に手を掛けた時。

 再び周囲の景色が消え、やはりベッドの上で視界が戻って来た。

 また時間軸が飛んだのだ。


 今度こそ確信を持って目線だけで暦を見れば、さっきの日付から二ヶ月経っていた。

 中秋の月、八日。あと二日でライネルの誕生日という日だ。何か意味があるのだろうか。


(卵は……ユウトは無事か?)


 まあそれよりも何よりも、とりあえず卵の確認が先。

 レオは身体を起こしてベッドの下を覗き込もうと試みる。……しかし、どうにも身体が重い。さっきよりも更に筋力が落ちているのが如実に分かった。……病状が悪化しているのだ。


 それでもレオはベッドの縁を掴んで、どうにか寝返りを打ってベッド下を覗き込んだ。

執筆環境が回復してきたので、少しだけ更新速度上がるかな?

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