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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、昔の夢を見る

「アレオン!」


 唐突に名を呼ばれて、レオは眠りの縁から意識を引き戻された。

 なんだろう。この旅の同行者に、自分をその名で呼び捨てにする者などいなかったはず。それにこの声……。レオは違和感を覚えて、ゆるりと重たいまぶたを持ち上げた。


 するとテントで寝ていたはずの自分が、どこかの部屋のベッドに横になっているのだと気付く。一瞬だけそれに混乱したが、この灰色の天井に見覚えがあったレオは、すぐにこの場所に思い至った。


(ここは……俺が幼少期に押し込められていた部屋……?)


 当時の記憶は曖昧なところが多いけれど、さすがに毎日見ていた天井くらい分かる。病弱だったアレオンの自室……つまり、迷宮の最奥の部屋だ。

 寝る時に腕に抱いていたはずのユウトは見当たらず、代わりに生意気そうな子供がこちらを覗き込んでいた。


 こちらも一目で誰だか分かる。

 少年期のライネルだ。具合が悪い弟のことなどお構いなしにやって来て、好き勝手に過ごして帰るわがまま王子。まだ性格が変わる前の、高慢さが表情に見える。

 ここに来て、レオはようやく状況を把握した。


(もしかして、俺は昔の夢を見ているのか……)


 当時の病弱な身体、酷く重怠い腕を持ち上げて見ると、自身の幼い手のひらが視界に入る。

 これは間違いなさそうだ。

 曖昧だったはずの当時の世界が妙にクリアに見えるのは、今いるゲートが過去を再現することに特化している影響かもしれない。


(これは、ゲートが見せているものなのか? それとも、さっきのユウトとの話がトリガーになった、実際の過去の記憶……?)


 首だけを緩く動かして周囲を確認する。

 今そばにいるのはライネルだけだ。まあそうだろう。ここは彼にとって秘密基地に等しいらしく、当時は誰もいない時を見計らって、一人で来るのが常だった。


 時にはアレオンに声を掛けることもなく、ただここに隠してある内緒の宝物をいじって帰ることもあったが、今日はどうやら弟に自慢したいものがある様子だ。

 考え事をして反応の薄いアレオンを気にせずに、ライネルはニヤリと笑った。


「アレオン、見て。面白い卵を手に入れたんだ」

(卵だと……!? まさかこれは……!)


 その一言で、意識の全てが一気にライネルに向く。もしかしてこれは、記憶の断片にあったあの時の再現なのか。

 明らかに強い興味を示した弟に、兄は満足げに鼻を鳴らして、傍らに置いてあった布包みをベッドの上に乗せた。小さなアレオンが両腕で抱えられる程度の、身体を丸めた赤ん坊ほどの大きさのそれ。


 ライネルがその包みを解くと、記憶と同じ神々しい光沢のある卵が姿を現した。

 間違いない。ユウトの入った卵だ。

 当時の自分がここで何を思ったかなんて覚えていないけれど、今の中身はレオである。思わず手を伸ばすと、ライネルがすんでのところでそれを取り上げた。


「勝手に触るなよ。これは僕のだ」


 弟が卵を羨んだと思ったのだろう、兄は嫌悪感ではなく優越感を滲ませて口端を上げる。ああ、そうだ。昔のライネルはこういう奴だった。

 ついぶっ飛ばしたくなるが、さすがに今の身体では無理だ。

 そこは子供相手だからとぐっと堪えて、レオははっきりと意識のある今こそが好機と思考を切り替え、慎重に質問をした。


「……兄さん、その卵どうしたの?」


 当時の自分の口調を思い出しながら、ライネルに不信感を与えないように訊ねる。本人の不興さえ買わなければ、この兄は弟の言葉が父に漏れないことを分かっているから、結構簡単に秘密を暴露してくれるのだ。

 それは今回もそうで、ライネルはあっさりと答えをくれた。


「父上に内緒で持ってきた。王宮の魔法研究機関の職員が、魔物の卵だから処分しろって父上に命じられたらしいんだけどさ。見るからにきれいで普通の卵と違うし、孵ったら面白そうだろ。だから僕のにしようと思って。生まれた時から育てれば、ペットになるかもしれないし」


 こうしてきっちりとレオの質問に答えたライネルを見るに、どうやらこれは自分の中にある記憶のワンシーンというより、過去の再体験をしているようだ。

 つまり夢を見ているのではなく、ゲートの影響で過去のやり直しをさせられている。おそらくレオが忘れている過去の中から、何かを掘り起こすために。


「……父さんはこの卵をどこから?」

「さあね。でもジアレイスと一緒に出掛けてたみたいだから、どっかの家から徴収してきたんだろ。どうせ卵を処分させようとしてる大元はあの男に決まってるし、父上はこの卵がちゃんと処分されてなくても気付きもしないよ」


 ライネルの言葉はどこか父を馬鹿にした響きがある。

 まだ齢十二才ではあるが、ジアレイスの傀儡のような父を語る声音は冷めていて、かなり見下しているようだ。……しかし殺したいほど憎んでいる様子は、まだない。

 そういえばライネルの父王に対する憎悪が増したのも、性格が変化した後だったように思う。それも少し気になるところだが。


 まあ、ともあれ。

 結局このユウト卵は、ディアが行方不明になっている隙に、ジアレイスと父が盗み出してきたということなのだろう。

 自分より遙かに優秀だったディアに激しい嫉妬心を抱いていたジアレイス、きっと彼女の不在に乗じて研究書類や蔵書も根こそぎ奪ったはず。卵だけは、得体が知れないから専門機関に処分させようとしたというところか。


 それを横から掻っ攫ってここに持ってきてくれた、ライネルには感謝するしかない。未だに自分のものと言わんばかりに卵を独占しているのがムカつくけれど。


「兄さん、その卵どうするの?」

「僕の部屋だと父上に見付かる可能性があるから、ここに置いていく。機関職員の話だと魔物の卵を孵すのは難しいらしいけど、何となく生まれそうな気がするんだよ」


 そう言いつつ、ライネルは再び卵を布で包んだ。おそらく卵を冷やさないためだろう。だが正直、この頃の兄がそんな繊細な気を回すイメージがなくて、レオはなんとなく違和感を抱いた。

 しかし、もちろん悪いことではない。

 ユウト卵を大事に扱うのは良いことだ。その様子を見、レオはとっさにライネルに提案をした。


「だったら、俺がその卵を温めておくよ! ベッドで毛布に包んでおけば、いつでも温かいし!」


 つい、この頃のアレオンにはあり得ない声量を出してしまった。けれど弟自身にあまり興味を持たないライネルはさして気にした様子もなく、ただその内容に気を向けたようだ。今はこの無頓着さがありがたい。


「ああ確かに、ただ置いておくよりはその方がいいかもな。……ベッドから落として割ったりするなよ? 僕もたまに見に来るからな」

「それは大丈夫、だよ!」


 大事な大事なユウトの眠る卵、そんな粗相をするはずもない。


「医者や世話係が来る時はちゃんとベッド下に隠しておけよ。あいつら、僕がここに持ち込んだ物に気付いたら絶対父上にチクるからな」

「うん。……でも、突然来られたら隠すのは難しいかも……どうしようかな」


 基本的にアレオンの元を訪れる人間は毎日同じ時間に部屋に来る。しかしたまに父から抜き打ちの監視を命じられて、思いも掛けない時間に来たりするのだ。来訪回数が増えることもある。

 それを危惧して思案していると、ライネルがぱちりと目を瞬いた。


「何、アレオンもしかして知らないのか? そこの扉のところに掛かってるランプあるだろ? あれで誰がここに向かってるか分かるんだぞ」

「ランプ?」


 そう言われて、以前兄からここに来るためのヒントがランプにあると聞いたことを思い出す。

 そうだ、あの答えをもう一度引き出せれば。

 この夢から目を覚ました後、ここに来るのに迷うことがなくなるはず。


「そう言えば、兄さんたちってここに来るとき、必ずランプを持ってくるよね。何か意味があるの……?」

「ああ。仕組みはよく分からないけど、入り口のところにランプ用の着火台があってさ。そこで、この扉のランプに繋がる導きの魔力の火をもらう必要があるんだ。これがないとここには来れないし、出て行くこともできない。お前は魔力がないから、そもそも出て行けやしないけどな」


 この科白だ、聞いた覚えがある。

 当時は説明されたところで理解もできなかったが、レオとしての知識がある今だからこそ分かる。

 入り口とはこの迷宮に入ったばかりのあの場所。今現実世界でテントを張っているところだ。あそこにこの扉のランプから繋がる、魔力の炎をもらうための着火台があるということだろう。

 おそらく、その炎を魔法のランプに灯せば、ここに導いてくれるのだ。


「入り口のところで誰かがランプに火を灯すと、こっちの炎に色が付くんだ。その色はそいつの属性を表しているから、今から誰が来るのか分かるんだぞ。世話係は風属性の緑、医者は水属性の青だ」

「そうなんだ」


 なるほど、ライネルが好き勝手にここに来ていながらこれまで使用人と鉢合わせをしなかったのは、このランプで誰かが来るのを察知して、ここに来る前に部屋を後にしていたからなのだ。

 ランプさえ持っていれば、意図的に別の通路に入って鉢合わせを回避したところで、すぐに正しい道に戻れる。


「入り口からここに来るまでは、カートを転がしながらのあいつらは大体十五分くらい掛かる。その間に卵を隠せばいい」

「分かった。……兄さんの魔力属性は土だったよね?」

「僕の属性色は黄色だ。でも属性色が同じ人間もいるから、一応僕を含めて誰か来そうな時は卵隠しておけよ」

「うん」

「よし。じゃあ、これな」


 そうして示し合わせると、ようやくライネルが腕の中の卵を包んだ布ごと、こちらに差し出した。


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