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兄、魔工翁一族の特異性を怪しむ

 この檻は何故か一度燃え上がると、鎮火するまで手を放すことができない。何か理由があるのだろうか。

 魂が燃え尽きるまでひたすらじっと待っているのがとにかく面倒だけれど、それでもすぐ見えるところにユウトがいるだけで、さっきよりずっとマシだ。レオは燃える檻だけ腕で遠ざけて、弟の方を向いた。


「ユウト、魔力の残量はどうだ?」

「ん、もうあんまり残ってない。思ったより使っちゃったかも。聖属性の魔法って威力や効果が優れている分、魔力消費が激しいみたい」

「ゲートの中では寝て回復するだけじゃ間に合わないかもしれんな。だったら一応魔力回復薬も飲んでおけ」

「うん。ご飯食べ終わったら飲んでおく。……ねえ、レオ兄さん。そういえばこの魔書、どうする?」


 これ、とユウトが指差したのは、ヴァルドが解呪をしていったまま放置された魔書だった。

 開いているページはすでに白紙になっている。


「触って平気かな?」

「そのまま閉じてしまう分には大丈夫だろう。念のため、他のページは開かないようにしろ。まだ制御術式なんかは記されたままだからな。……解読できれば術者やその目的が分かるかもしれん。クリスと合流したら読ませてみよう」

「クリスさんでも、魔書を開くのは危なくない?」

「問題ない。あいつは新たな呪いには掛からないし、鑑定研究用のアイテムも持ってるからな」


 あの男はどうやって手に入れたのか、王宮の術式研究所で管理されているはずの鑑定用手袋やルーペを持っている。それを咎めない代わりに、きっちり役に立ってもらわねば。


「クリスさん、今はどこにいるんだろうね? 初撃無効の魔法を消費してたんだから、敵と最低でも一回は遭遇してるはずだけど、無事かなあ?」

「単独だから苦戦はしただろうが、まあ、あいつは死なない加護がある。俺はそれほど心配はしていないな。……心配があるとしたら、どこかで文献の詰まった書庫でも見付けて、それを読みふけっている場合だ」

「あー……確かにそれだと合流するのも難しそう。日付が変わって魔石が使えるようになったら、招集掛けてみる? キイさんとクウさんとも合流できてないし」

「もったいないから止めておけ。キイとクウは後で俺が召喚すればいい話だし、クリスはそのうちゲートから排出されて再入場してくるだろ。そうしたら自動的にお前のいるこのフロアに辿り着くはずなんだ」


 クリスの運の悪さを考えれば、そのうち絶対に排出に引っ掛かる。飛ぶ手段を持たない人間が空中に放り出されるのは危険だが、彼は機転の利く男だ。レオよりも多く持っている転移魔石で地面近くに飛ぶか水上に飛ぶかすれば、落下ダメージで死ぬようなことはない。


 敢えて問題があるとするならば、クリスがフロアに入場した場合、どこに出るかということだ。

 最悪なのはレオたちが迷宮の奥に行く方法が分からないうちにあの男だけ敵の真ん前に出てしまうことだが、このフロアに限ってはユウトの幸運が勝り、クリスの不運を弱めるはず。そう考えれば、わざわざ招集の魔石を使う気にはなれなかった。


「とりあえず今晩は休んで、ユウトの魔力が回復したらフロアにサーチの魔法を掛けてみよう。その頃にはこの迷宮のどこかに到着しているかもしれん」

「うん、分かった」


 そんな話をしているうちに、煉獄の檻の炎は小さくなってくる。これでグリムリーパーの魂が輪廻に戻れるのだろう。やがて炎が完全に消えるとカランと音がして、檻の中にある黒い塊がまた少し大きくなっていた。


 まるで周囲の光を吸収しているような、光沢もない漆黒の塊。これが何なのか気になるが、それを知っていそうなヴァルドはしばらく呼び出せない。クリスあたりは知っているだろうか。

 何にせよ、ヴァルドの話ではレオ以外がこの檻に不用意に触ると危険らしいから、すぐにポーチにしまい込んだ。ユウトに浄化の炎が引火でもしたら大変だ。


 そうして今日の仕事を終わらせると、エルドワを降ろした弟が駆け寄ってきた。


「レオ兄さん、大丈夫? 本当に手にやけどとかしてない?」

「ああ、平気だ。ほら」


 煉獄の檻を持っていた方の手をユウトに差し出して、好きなだけ確認させる。レオの腕を撫でたり袖をまくったりして変化がないことに納得した弟が、ようやくほっとしたように肩の力を抜いた。


「さっきの炎で、グリムリーパーの魂が輪廻に戻ったの?」

「そのはずだ。確かめる術はないが、このゲート自体が世界の救済に繋がるアイテムや事象で形作られているとすれば、信憑性は高い」

「そっか、良かった。レオ兄さんを待ってる間にヴァルドさんに聞いたんだけど、死神の一族って本来は人間や半魔に友好的なんだって。転生したら僕たちを助けてくれるかもね」

「……人間の魂を刈る死神が友好的だって?」


 少し意外に思ったが、そういえば魔界の魔族は高位になるほど人間界との関係性を重視し、互いの重要性を認めているのだ。それを理解し、広い視野で下位魔族や魔物を束ねられる者でないと、上に立つ資格がないのだと以前ルガルに聞いた気がする。


 その点で、公爵位を持つ死神一族がすぐに人間や半魔を排斥するような浅はかな魔族であるはずがなかった。


「本来の死神は無理矢理魂を刈って連れ去ることはほとんどなくて、死せる魂を輪廻に正しく導いたり、待っているひとのところに連れて行ったりしてくれるんだって」

「……そういやヴァルドも、さっきのグリムリーパーは刈った魂を治癒したりする能力があると言っていたか。死を司るからと言って、それが悪意だとは限らないわけだな」


 もしもグリムリーパーの一族が助力をくれるなら、ジラックの墓場に詰め込まれた死兵たちを輪廻に戻してやることも可能かもしれない。そうなれば、敵の戦力を削ぐことができる。


 さて、このグリムリーパーはどのくらいで復活できるだろうか。

 魔物の輪廻転生は人間のそれと違って別の規則性があるらしいが、それもやはりヴァルドかグラドニあたりに訊いてみないと分からない。ならば考えるのは後回しだと、レオはユウトの手を取った。


「とりあえず、今は休んでこのゲートを攻略することだけを考えろ。お前の魔力を頼りにしているからな」

「うん。僕にしかできないこともあるかもしれないし、頑張るよ」


 その手を引いてネイのところに戻ると、すでに簡易テーブルの上にハムエッグサンドと干し肉で出汁を取った野菜スープが乗っている。相変わらず手際が良い。今は湯を沸かし、リンゴを剥きながらコーヒーを淹れているところだった。


「わあ、ネイさんすごい! 美味しそう!」

「このゲートは、ひとまず落ち着いて食事や休息を取れるのがありがたいよね~。普通のゲートだと食事の煮炊きの煙や匂いで敵に勘付かれるから、敵を全滅させた後でないと安心できないし。ユウトくん、イチゴも食べる?」

「ありがとうございます! エルドワも食べるよね?」

「食べる! ネイ、エルドワ干し肉もっと欲しい!」

「はいはい」


 いつの間にかエルドワが人化してテーブルの前でお座りしている。

 さっき魔物を食ったのはやはり食事に入らないのだろうか。


 その隣にユウトが座ろうとするのをレオはやんわりと制して、ポーチから円座クッションを取り出した。一応屋内ではあるが、埃っぽい通路だ。可愛いユウトを直で座らせるのはありえない。

 クッションを敷いてから弟を座らせると、レオはエルドワも後ろから抱えて持ち上げて、その下にクッションを差し込んだ。もちろん自分とネイの分も用意する。そうしないとユウトが他の仲間にクッションを譲ってしまうからだ。


「レオ兄さん、ランクSSSゲートに入るからアイテム厳選するって言ってたのに、こんなの持ってきてたの?」

「ユウトに不足のない休息環境を与えるのは、俺にとって最重要事項だが?」

「あれ、レオさん、これって魔工爺様にオーダーメイドで作ってもらってたキャンプセットの一部? 確か、セットとして組み上げることでアイテム容量をひとつしか使わないってやつ」

「そうだ。テントや寝袋、簡易かまどや鍋のほか、充実したキャンプ生活をするのに十分な道具のセットになっている」

「えっ、すごい! それでアイテム容量を一しか使わないなんて! 魔工のお爺さんって、確かオリジナルでアイテムに術式組んでるんだよね?」

「ああ。あそこの一族は魔工翁を筆頭に、本当に桁外れの術式センスの持ち主……」


 そこまで言って、はたとさっきのヴァルドの言葉を思い出した。

 人間の中には、センスだけで高位の術式を操る者が現れることがあるのだと言った、そのことを。


 だがヴァルドの言い方だと、それは本当に稀なことのようだった。少なくとも、同時代に何人も現れるような確率の話ではない。

 ……なのに今、その桁外れな術式を組む人間が、少なくとも四人はいる。

 魔工翁は当然ながら、ミワ、タイチ、そしてタイチ母。ミワの祖父も名工ではあるが、彼は術式より鍛冶技術の人間だから除外しよう。


 同じ一族に四人。これが偶然だろうか?

 人間界では未だ高位術式を生成する方法が確立されていないはずだけれど、もしもあの一族に密かにその方法が引き継がれていたとしたら。


(その発現の稀少性からして、あの魔書を組み上げた人間と魔工翁たちに繋がりがあっても、何らおかしくはない。……その人間のことを、何か知ることができるかもしれん)


 もちろん今の魔工翁たちが復讐霊と繋がっているとは思わないけれど、術者があの魔書を作った当時に何があったのか、探る手掛かりになるかもしれない。


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