兄、グリムリーパーの核を見付ける
東北に厳しい季節がやってきました……
師走の忙しさと大雪のせいでしばらく更新遅れがちになります
首を切り落とされたグリムリーパーは、もはや魔法を唱えることはできない。
しかし、だからと言って後は楽勝という状態でもなかった。
頭は敢えて切り離してエルドワに食わせたことで蘇生できないが、ただ単に切り裂いてもあっという間に修復されるのだ。そして身体のどこに核が存在するか見付けるのも難儀で時間が掛かるというのに、確実に機能しない状態まで破壊するのはさらに気を遣う。
もちろん、厄介だというだけで負けるつもりはないけれど。
それでも時間が掛かった分だけユウトに負担を掛けるとなれば、気が焦るのも仕方がないだろう。レオは素早く指示を出した。
「エルドワ、お前は攻撃に行かずにユウトを護っておけ! もし俺たちが『破片』を出した場合だけ、すかさず食ってくれ!」
「ガウッ!」
エルドワの攻撃だと、レオたちの刃物による攻撃と違って細かい破片が出やすい。身体を噛み千切る際にどうしても屑が出てしまうからだ。
ならばユウトの護衛に徹してもらった方がいい。そして、万が一破片が出た時にはすぐさまエルドワに食べてもらえば、ひとまず継続しておく聖なる領域は二つまでで済む。
後は自分たちがいかに早く核を破壊できるかだ。レオは頭を失って闇雲に暴れ始めたグリムリーパーに対峙した。
「狐! こいつの核を探せ! 身体は極力切り離すな!」
「はいはい、頑張ります」
魔書の中から解放された敵は一所に留まることはなく、中空を飛ぶように移動しながら大鎌を振り回す。その動きはだいぶ無軌道ではあるが、聖なる領域による強力な魔法封印が掛かっているおかげで瞬間転移や形態変化がない分、かなりありがたい。迷宮の天井が低く、飛んでいても手が届かないほどにはならないのも助かるところだ。
頭がないせいで大振りをしていた鎌をレオが剣で受けてやれば、こちらの存在を認知して怒濤のごとく向かってくる。その隙にネイがグリムリーパーの身体を刻んで、核の在処を探した。
それを何度も繰り返す。
「おい、早くしろ!」
「早くしたいのは山々ですけど、魔法が封じられてるせいで魔力が偏った場所も分かりづらくなってるんですよ! う~ん、怪しいところは大体刺してみたんだけどなあ」
「ネイさん、ネイさん。このグリムリーパーが誰かの手によって合成されているなら、意図的に核が身体の外に配置されてるかも」
「身体の外?」
「以前ゲートで人為的に作られた魔法生物と戦った時、狙われないようにわざと核を体外に置いていたことがあったんです」
そういえば、以前ユウトからそんな報告を聞いたことがある。
ヴァンパイア・ロードのゲートでレオとネイがユウトたちと分断され、別々の敵と対峙した時の話だ。
確か彼らは魔法耐性のある魔物と戦って、ユウトの機転で手の届かないところにあった核を破壊して倒したと言っていた。弟はそれを思い出したのだろう。
「でも身体の外って言っても、解放されて魔書から出てきたのはこいつだけだし……あ、いや、待てよ。もしかして……レオさん!」
「……もしや、こいつか!」
二人ははほぼ同時にアタリを付けた。
レオはここまでは敵の気を引くための攻撃しかしていなかったが、一転してぐっと足を踏み込み、渾身の力で大鎌をなぎ払う。
するとその勢いに圧されて体勢を崩したグリムリーパーの片手が鎌から離れ、その柄の握りの一部分に宝石のような魔鉱石がはめ込まれているのが見て取れた。
無骨な死の鎌の装飾としては明らかに似つかわしくないそれ。用途は一目瞭然だった。
「やはり……! こいつの存在を成立させている核はこの大鎌にあったか!」
昔、まだユウトと会う前、魔研に出入りしていた頃にジアレイスから聞いたことがある。人為的に魔物を生成する場合、精神体を扱うことは非常に難しく、どうしても依り代となる宝石や魔鉱石が必要なのだと。
その素材を調達するために何度も依頼をされていたから、一目で分かる。あれはアダマンタイトだ。
「クソ、よりによってアダマンタイト……! 破壊対象が大鎌じゃ不死者特効の剣も効果がないし、エルドワに食わせることもできん!」
「うわあ、鉱石の中でも最高硬度を誇るアダマンタイトかあ~! 基本的にこれを砕けるような道具って、もえすや魔工爺様のとこでしか見たことないんだけど!」
アダマンタイトは、最強の防具を作るには欠かせないほど硬度の高い鉱石。それゆえ、加工できる道具も人間も一握りなのだ。
レオがもえすでミワに作らせた剣でも、おそらく割るのが精一杯。
これを核として維持できない状態まで割って破壊しようとすると、グリムリーパー自体も邪魔をしてくるだろうし、どれだけの『破片』が出るか分からなかった。
やるのなら、一撃で核を破壊する攻撃でないといけない。
がむしゃらに攻撃を仕掛けてくる敵を相手しながら、レオとネイはその一手を考える。
「エルドワ、食えないまでもアダマンタイトを噛み砕けないかな!?」
「確かにエルドワの顎は強力だが、万が一にも牙に損傷が出たら後々の戦力ダウンだぞ、却下する! それに、もし手違いで飲み込んでしまえば、排泄されるまで破片全部を聖なる領域で護らねばならなくなる!」
「でも他に、アダマンタイトを砕くほどの硬度を誇るアイテムなんて……あ、待てよ、そういやあれ、Unknownの……」
ふと、何か思い当たるものがあったのか、ネイが一旦飛び退いて片手でポーチを探り、別の武器を取り出した。見れば、これも以前もえすで作らせた短剣だ。
その素材は確か。
「それは、ジャイアント・ドゥードルバグの大顎で作った剣か……!」
「そうです。前例がないので正直アダマンタイトが砕けるかは分かりませんけど、その硬度はミワのお墨付きです」
ジャイアント・ドゥードルバグは、いつだかのウィルの依頼で行ったゲートで戦った、討伐履歴のほぼなかった巨大アリジゴクだ。巨石を軽々と持ち上げて放り、砂糖菓子のように砕く、強靱な大顎を持っていた。
アダマンタイトを割ることのできるレオの剣をもってしても、傷一つ付かなかったその硬度。元々の素材に付いている効果は腕力+だったが、あのミワがネイを最強に仕立て上げようと作った剣だ。おそらくその素材の硬さと力を最大限に引き出しているはず。
「……よし! その剣なら行けるだろう! ……ユウト!」
「うん?」
「これからグリムリーパーの腕ごと大鎌を切り離す! もう一つ聖なる領域を掛けられるか!?」
「ん、大丈夫だよ。腕輪に弾込してるおかげで魔法発動に集中する魔力が必要ないから、まだ平気」
「そうか、では頼む! エルドワ、俺が大鎌を切り離したら邪魔な腕が修復される前に食ってくれ! 狐はエルドワが腕を引っ剥がしたらすかさず、その剣でアダマンタイトを砕くんだ! 分かってるだろうが、一撃でだぞ!」
「ガオッ!」
「はいはい、任せて下さい!」
レオの指示で、全員が自分のやるべき事を明確に理解し、それだけに集中する。
この流れの初動はレオだ。速やかにかつ正確に、タイミングを計る必要があった。
ユウトの魔法が当てやすい場所、エルドワが飛びつきやすい距離、ネイの狙う場所にエルドワが重ならない角度。それを吟味する。
(一度グリムリーパーの身体から大鎌を取り上げてしまったら最後、俺の剣でこいつを牽制することはできないからな……)
今は物理的な大鎌があることで身体ごと弾き飛ばす事ができるが、本体だけになってしまうとレオの剣が不死者の身体を容易く切り裂いてしまう。つまり、『破片』が出てしまうのだ。それはユウトの負担を増やすことを意味し、避けなければならないこと。
故に、レオの攻撃からネイのアダマンタイト破壊まではこの一回、数秒で片を付けないといけなかった。
そのままタイミングを探って数度切り結び、そうしながら全員の位置関係と自分の立ち位置を調整すると、レオはふぅっと息を吐く。
ここだ。
こちらの一呼吸に呼応するようにユウトたちにも緊張が走り、それを感じながら、レオは剣を振りかぶった。
「行くぞ!」
「うん!」
「ガウッ!」
「いつでもどうぞ!」
掛け声と共に、グリムリーパーの腕を落とす。その後はまさしく数秒だった。
ユウトが聖なる領域を掛け、邪魔な腕をエルドワが引き剥がし、ネイが核を破壊する。その勢いで、砕けたアダマンタイトが散って聖なる領域を飛び出したけれど、それがさらに爆ぜる様子はなかった。
「やったか!?」
「よっしゃ、完璧に粉々です! ユウトくん、どう?」
「どうだろ……自爆、もうしない……ですよね?」
ユウトが恐る恐るという感じで、大鎌に掛けていた聖なる領域を解く。途端にアダマンタイトの破片が煙となって消えてしまったが、自爆の危険はもうなくなったようだ。
レオの目の前では、動きを止めたグリムリーパーが聖なる領域を外されて、同じように煙となって消えた。
「……ふう、どうやら上手くいったみたいだな。ユウト、ご苦労さん」
「良かった、じゃあエルドワに掛けた聖なる領域も消すね」
「ガウ!」
万が一を考えて、エルドワに掛けた魔法は完全に安全だと分かるまで解除しなかったのだろう。最後にエルドワの聖なる領域を消し、変化がないことを確認するとようやくみんなの緊張した空気が緩んだ。
今日の探索はこれで終わりの安堵感。
そんな中、レオだけ一人で少し離れた場所に行く。
そう、レオには最後の最後に仕事が残っているのだ。
「今日はここで一旦休息を取る。狐、食事と寝床の支度をしておけ。ユウトは動かず、魔力回復に努めろ」
「レオ兄さんは? どうしてそっち行くの?」
「俺にはまだ肝心な仕事が残っているんだ。気にせず休んでおけ。危ないから近付くんじゃないぞ」
こちらに寄ってきそうな弟を押し留めて、ポーチから煉獄の檻を取り出す。このためにわざわざグリムリーパーを魔書から解放して倒したのだ。きっちり魂を回収しなくては。
どこを魂が漂っているのか分からないが、レオが檻を適当に空中にかざしていると、それは勝手に中に入って来て燃え上がる。おそらく自然とこの檻に誘引されるのだろう。
途端にレオの腕まで巻き込むような大きな炎が上がって、ユウトが驚いて駆け寄ろうとするのをネイが引き止めた。
「レ、レオ兄さん!? 大丈夫!?」
「ユウトくん、レオさんは平気だから。俺たちにとってはヤバい炎だけど、レオさんは熱さを感じないんだって」
「ユウト、心配しなくていい。何故か知らんがこの炎は俺を燃やすことはないし、すぐに消える」
「ほ、本当?」
ハラハラとこちらを見ているユウトだが、レオが平然としているおかげで落ち着いたのか、言いつけを守って近付かないようにしているようだ。
子犬に戻ったエルドワを抱き上げて、そのまま不安げに兄の炎が消えるまで待っていた。




