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弟、聖なる領域を使う

 当然だが、高位魔族であるグリムリーパーを封じるほどの術式を解除するとなると、一筋縄では行かないようだ。同じ公爵位で魔眼持ちのヴァルドでもそれは変わらず、途中で構文をいじる指を止め、考えることがさっきよりも増えた。


 残り時間も少なく、その美麗な眉が顰められている。


「……その術式、あんたでも解くのが難しいのか?」

「ええ。……魔書を組み上げるほどの本格的な術式は魔界の爵位持ちの系統で作られる事が多いのですが、私の知るどこの家系の構文とも当てはまらないもので……。よくぞここまでセオリーを無視した、命知らずで大胆なアレンジができるものだ」

「つまりその魔書を作った奴は、代々の術式構文を受け継ぐような家柄の術士じゃないってことか。独学でぽっと出の魔族……?」

「……魔族とは限りませんよ。この多面的で挑戦的、一方で荒削りでどこか無知な感じ……おそらくこの魔書を作ったのは人間です」

「人間が魔書を作っただと!?」


 人間も術式は使うし作るが、基本的にはこれまで魔界や精霊からもたらされた知識を組み合わせた簡便なものだ。これは人間界自体がそもそも然程魔法に頼り切っておらず、魔界に比べて世界の魔力の内在量も低く、これ以上の魔的発展を必要としないのが理由。


 それでも人間界に無い魔書や魔導書、魔法アイテムを欲する者が少なからずいて、そういう輩は魔界から魔族を呼び出したり契約したりして手に入れる。代償は高く付くが、それが一番確実だからだ。


 そもそも人間が術式の構文を理解し、さらにそれを駆使して高位の術式を生成する方法は未だ確立されていないのだ。過去、リインデルにおいて術式は研究され、理解は進んでいただろうが、それでも生成方法を確立するには至っていなかった。だから結局、魔書のような複雑で高度な術式を作るなら、魔族を頼みにするしかなかったはずなのだ。それなのに。


「……過去に、人間でこれほど高度な術式を生成できる者がいたというのか?」

「あり得ないことではないですよ。ごく稀にですが、人間という種の不完全で不確定な特異性ゆえ、ときにセンスだけでそれをこなしてしまう者が現れることがあるんです。もちろん、ベースとなる知識は必要ですけどね」

「当時、そんな人間がいたと? それも復讐霊側に付いて?」

「うーん……そこなのですが、実は私、今少々違和感を覚え始めていまして」


 ヴァルドは術式に目を向けたまま、小さく唸って軽く首を傾げた。


「違和感?」

「さっきの不可侵の術式は然程引っ掛かりなく解けたのに、こちらの術式は酷く引っ掛かる。構文はすごく似ているのに、解法の展開が違う……。もしかすると、別の者が手を加えた魔書なのかもしれません」

「別の者……あ、そういやこの魔書自体を人間だけで作ったんなら、本を閉じるギミックに悪魔の水晶(デモンクリスタル)を使うわけがないな。……もしや、後から魔族が手を加えたってことか?」

「その可能性は十分あります。不可侵の術式は魔界のルールに沿った解法だったので、引っ掛かりがなかったと考えられますし」

「となると、最初から暗殺ギルドで使うために作られた魔書だったわけじゃないのか……?」


 そこには何か意味があるのか、他の術式はどうなのか。

 そもそもグリムリーパーをリッチや死霊術士と合成したのは誰なのか。

 詳しい考察を聞きたいところだけれど、ヴァルドは時間内にこの術式だけでも解こうと集中している。危急でも無い、これ以上の話は後回しだ。


 ヴァルドが慎重に指先を滑らせる中、そわそわと時間を気にしたユウトが術式を覗き込んだ。


「ヴァルドさん、時間、間に合いそうですか?」

「術式解除は時間内にどうにかしますが、その後のフォローは無理そうです。……ユウトくん、どうか無理はしないようにして下さいね」

「それは大丈夫です、レオ兄さんたちがいるし」

「レオさんたちがいるからこそ、無理をしそうで心配なんですけど……。さて、そろそろ封印が解けそうです。聖なる領域(ディバインサークル)の準備は」

「はい、いつでもどうぞ」


 どうやらぎりぎりでグリムリーパーの解放は成されそうだ。

 ユウトが意気込んだのに合わせて、レオも剣を抜く。

 その段になってヴァルドが一度指を止め、ひとつ息を吐いた。


「……ユウトくん、聖なる領域を放つタイミングは一瞬です。私がこの構文を消した瞬間に行動封印が解け、実体化からの自爆に繋がります。そのわずかな術の移行の隙を狙って下さい」

「魔書の方は?」

「自爆が発動してしまえばもう取り消しもできませんし、放っておいて構いません。それよりも倒しきるまでグリムリーパーを爆散させないことが肝要です。……さて、レオさん」

「何だ」


 ヴァルドの視線がこちらに来る。

 ユウトに向けていたのは気遣わしげな瞳だったが、レオに向ける目は厳しい。自分の主を護るため、しっかり働いてもらわなければという意思が見える。

 もちろん、弟を護るのは兄の権利なのだ。そんなことは言われるまでもないと、レオはそれに目線で返した。


「やることはお分かりだと思いますが」

「ユウトが聖なる領域の魔法を掛けたら、速攻で首を落とせばいいんだろ」

「はい。そしてネイさんと共に急いで体内の核を見つけ出して倒し、グリムリーパーの魂を煉獄の檻に捕らえて下さい。そこで始めて自爆の術式が止まります」

「……つまり、それまではずっと自爆のリスクがあり、ユウトが聖なる領域を使い続けないといけないってことか」

「そうです。それから……ああ、駄目だ、もう時間がありません」


 体感で召喚の終わりが分かるのか、ヴァルドは再び術式に向き直った。そして最後の構文を消すために指を動かしつつ、口も開く。


「レオさん、最後に。グリムリーパーと戦う際、なるべく『破片』を出さないようにして下さい。……では、行動封印を解きます! ユウトくん、皆さん、気を付けて!」

「はい、ここまでありがとうございました、ヴァルドさん!」


 ヴァルドが術式を解いたと同時にその場から姿を消す。

 それに一拍だけ遅れて、魔書から封印解放の光が立ち上った。


 刹那、レオの背中にぞわりとした感覚が走る。実体のグリムリーパーが現れた、その多大なる魔力に身体が勝手に反応したのだ。幻影の時とは桁が違う、存在感と威圧感。


 しかしその魔圧に対抗しうる魔力の持ち主、さらには殺気や圧力に鈍感なユウトは、一切怖じ気づくことなく手を掲げて魔法を唱えた。


「聖なる領域ディバインサークル!」


 そのタイミングはグリムリーパーが実体化を終え、魔書が次の術式に移行するために光の色を変えた、まさに自爆一歩手前。

 途端にうっすらと白みがかったシャボンのような膜が、ぐるりと敵を包み込む。これが聖なる領域か。サークルというよりボールだが、そこに突っ込むのは後だ。

 兄として、その弟の働きを無駄にするわけにはいかない。


 レオはグリムリーパーが動き出す前に、すぐさま剣を振るった。

 その切っ先は確実に敵の首を狙い、頭を切り離す。


「エルドワ!」

「ガウッ!」

「えいっ」

「……ん? ユウト?」


 エルドワにグリムリーパーの首を食わせようと声を掛けたところに、なぜだかユウトも横から参戦してきた。さっき指輪に込めていた魔法を放ったのだ。

 その魔法はエルドワが食べようと飛びつく前に敵の頭部に当たり、それを球体の膜で覆った。何の魔法を込めていたのかと思ったが、どうやらこれも聖なる領域だ。


 エルドワが気にせずそのままバリバリと食べると、今度はエルドワ自体が聖なる領域で囲われた。発動しているだけで魔力が消費されていくはずなのに、ユウトが味方に掛かったそれを解く気配はない。

 ……何でこんなことを?

 そう思ったレオだったが、ふとさっきのヴァルドの言葉を思い出してその意味を覚った。


『グリムリーパーと戦う時、なるべく『破片』を出さないように』


 つまりその『破片』にも、自爆の術式が適用されているということだ。そして『破片』の自爆を防ぐには、ユウトがそれにも聖なる領域を掛けるしかない。


 そう考えると今まさにその首が、本体から切り離されて聖なる領域の外に出た『破片』と言える。それが爆発しないようにユウトは新たに聖なる領域の魔法を掛けなくてはならず、さらにエルドワの体内に入っても実質破片は存在しているのだから、魔法を解くことはできないのだ。解けばエルドワの体内で自爆が起こる可能性があった。


 なるほど、動きを封じようと無駄に攻撃をして『破片』が出ると、ユウトの聖なる領域を使わねばならず、弟の負担が増す。

 そしてこれは、レオがグリムリーパーの魂を煉獄の檻に捕まえるまで終わらない。


 つまりここからは最低限の攻撃で、速やかにグリムリーパーの核を壊さなければならないのだ。


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